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ここ数年のオレの焦りがどこから来ているかわからないが、たとえば「モノ造り」の復活が喧伝されているのに、大事なことがすっぽ抜けているような気がしてならないのだ。
モノ造りというのは、たしかに肉体労働的な側面もあるけれど、世界に対抗してモノを造ってゆくには、その背後に高度な理数センスが必要なはずだ。それなのに、テレビや新聞の報道を見ていても、その「根っこ」のところが完全に忘れられているように思えてならない。
一つには、科学ジャーナリストで理数系出身の人が極端に少ないことがあげられるだろう。
たとえば新聞社やテレビ局に数学科出身の人がどれくらいいるだろう? 物理学科出身の人などほとんどいないのではあるまいか。
理数系の「視点」を代弁する人がいないんだ。
それに対して、生物系の話は、(マスコミにおける代弁者の数も多く、)一般の興味を引きやすい。それは、日常言語で「わかる」ような気がするからかもしれない。(本当は、わからないわけだが! それは専門の人たちの話に聞き耳を立てていればすぐわかる(笑))
考えてみると、オレが書評の本を選ぶときも生物系の本は面白く感じることが多いよな。
とにかく、今あえて、理数系に的を絞って、教育や啓蒙活動のてこ入れをすべき時なのだと思う。
それが長年、コツコツと理数教育・啓蒙活動を続けてきたオレの偽りのない実感(危機感)だ。
ここ数年、何度も、生物系の偉い人から「物理はわからない=必要ない」というような評価をされたという思いがあって、それが「居場所のない」感覚につながってしまったように思う。まあ、裏の話なので、これ以上は書かないが、編集者ともそういった「流れ」の話をすることがあって、忸怩たる思いがある。
ようするに科学出版の世界には「理数応援団」が非常に少ない、ということだ。
なんとかがんばって世間の認識を変えていかないといけないのだが・・・。
なかなか拡がらないから苦しいのだな。
ま、気を取り直して、引き続きがんばるべ。
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