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mami 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 3月29日(水)09時12分41秒
返信・引用
  遅くなりましたが、天理教の土地漁りの実態を書かれた部分を投稿します。早川和廣著・天理教その腐敗と悲劇より抜粋。

●カネと力で土地漁り、「人を救う」はずの天理教が掲げる地上げ屋の看板
 地元民の心情を無視し、カネと力を使ったやり口は、三島神社移転問題ばかりでなく、いたるところに見られるものである。「宗教文化都市」あるいは「緑あふれる歴史と文化とやすらぎの町」という天理市のキャッチフレーズが泣く、地元を無視した天理教による町づくりの犠牲になった人は多い。
 いちいちあげていくとキリがないので、一例だけ紹介するにとどめておこう。教祖百年祭に当たって、天理教が周辺一帯を相当規模で開発した際の、白川台の臨時駐車場(約50ヘクタール)にからむ問題である。
 つまり、この駐車場の造成に当たって、天理教は隣接する土地の所有者に、一言のあいさつもなしに造ったばかりか、山の形状を無視したいい加減な開発をしたため、駐車場と隣接地の間にあった里道(幅約2メートル)が、雨が降ると水路と化し、車が通れなくなってしまったのだ。
 問題の隣接地の所有者は、昔からアマチュア・スポーツ界で活躍してきた森田正英氏(68)で、現在は奈良県ハンドボール協会会長の肩書きを持つ、地元の名士である。
以前に、奈良県柔道連盟会長を務めたこともあるため、柔道を通して前真柱とも親交のあった人物で、天理教の信者でもある。その意味では、それなりの手順を踏めば、何もこじれる必要のない相手のはずである。
 「開発する場合は、当然、隣接者の同意をえなければならないことになっている。私の土地と天理教の土地の隣接部分は、400メートルにも及んでいる。その隣接部分は、里道になっていて、三分の二は地図に載っています。周辺はみんな土地を売っているから、里道のところで隣接するのは私のところだけです。ところが、駐車場に隣接するこちらの同意もなしに、しかも周辺の事情を無視して勝手に工事を進めてしまった。
 彼ら天理教は、隣接者の意向など無視しても、カネをバラまいて、頭をおさえつければいいと思っている。つまり、高樋町自治会長が開発協力費として1300万円を受け取って、同意書を出しているんです。後に、このことは問題になって、自治会長はクビになったが、とにかくやり方がおかしい。しかも、天理教本部に問い合わせても、〝話はついている〟といって相手にしない」
 こう、森田氏は怒りをぶつける。
 当初から、駐車場というのは単なる名目で開発の目的は別のところにあるといわれていただけに、天理教側の動きには、かなりおかしな点があるようだ。
 というのも、昭和58年末に、岡田忠一自治会長が、自治会役員の知らぬ間に、天理教からカネを受け取ったとの話がささやかれ、翌59年2月の総会で、追及されたことがあったのである。
 そのとき、岡田会長は「天理教から1300万円をもらい、農協に預けてある」ことを認めたのだ。
 高樋町民の中から、「役員に相談もせず、会計にもいわずカネを受け取るとは何事か」「天理教からもらうカネとしては、他の町に比べて少額だ。理由の無いカネはもらうな」
 等々、様々な意見が出たが、結局、時間の関係もあって、役員改選に入り、その結果岡田氏は落選、新役員が選出されるといういきさつがあった。
 その後、同意書自体はいまさらしょうがないが、岡田氏が受け取った金額が本当かどうかが問題とされたため、岡田氏はその領収書の写しを持参、申し開きする一幕もあった。その領収書には、「天理、白川開発同意協力費」との但し書きはあるが、宛先に天理教の名前はなく、西本世仲雄という天理教出入りの不動産業者の個人名であり、収入印紙も貼ってないものであった。
 高樋町では天理教の土地と隣接する者は森田氏しかないだけに、直接、森田氏と交渉すればすむことを、天理教は出入りの不動産業者を使って、しかも自治会長に同意書を書かせ、協力費として1300万円を渡すのである。何のために、そんなことをするのか、不思議といわざるをえない。だが、何事もカネですまそうとの体質が行き渡っている天理教としては、開発の同意書さえ手に入れれば、それでいいのである。それだけに、中間に出入りの不動産業者を入れるのは、後々、面倒になったときの逃げ道を、最初から用意しているというわけである。
 その意味では、端から面倒な近隣者など相手にする気などないのだ。だが、森田氏はこうした外部の者の意見に耳をかそうとしない天理教のやり方に首を傾げる。
「近隣者として、こちらはなんぼ向こうが偉くても、人間としては一対一です。前の真柱は、間違っていることは指摘されると、『ああそうか、悪かった』という人だった。自分の知らない知識を持った人を大事にする人でした。そりゃあ、女はあちこちにつくったが、ま、英雄色を好むですよ。柔道の試合にも女連れできた。それでも前の真柱を悪くいう人は居ない。私も柔道をやっていたので、前の真柱は尊敬しているし、ウチは明治の代からの信者でした。だから、天理教に対してはいいイメージを持っていたんです。それが、こんなことをするもんやからね……。
 いまの真柱は耳を貸すどころか、逃げようとしている。部下のいうことばかり聞いて、外部のいうことに耳を貸さん。けど、それは失敗のもとや。
 里道にU字坑をつくるのでもいいし、アスファルト舗装するのでもいい。そのために私の土地を提供したっていい。開発するなら、そういうことを話し合いにくるのが筋やないか。それを逆に、天理教は森田をいじめたら、土地を売ると思っている。天理教は安い値だったら、どこでもかまわん。自分のものにしようとしている。実際、天理教の意向をくんだ不動産屋から、何遍も土地を売らないかという話はあったが、私は売るつもりはない。『人を救う』とか『助ける』とかを表看板にしている宗教が、都合の悪いことは〝見ざる〟〝聞かざる〟式の宗教産業化しているのに、ただ呆れています」
 確かに、天理教の土地漁りの実態は、最近、東京近辺をわがもの顔で跋扈し、世間を騒がせている地上げ屋の手口とほとんどかわらないようだ。

これを読んでいただいてお分かりのように、何でもお金で解決してきた教団に、人の心の有りようを説くなと言いたいです。三島神社移転問題で三島町民の方々を賛成派、反対派に二分しておいて、涼しい顔をしている教団が、人助けを標榜しているが、笑うというより怒りです。
ただ、天理教の凋落は、この書が発刊された約30年前ごろから顕著になってきたように思っています。この書を反省材料にしなかった当然の帰結です。
 
 

サンデー毎日の読後感

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 3月28日(火)09時16分8秒
返信・引用
   一般に市販されている週刊誌、特にサンデー毎日のように全国的にも著名な週刊誌は、天理教の機関誌や新聞のように特定の読者を対象としていません。大半の読者は天理教という一新興宗教には縁もゆかりも無い人達であろうと思います。そうした「社会一般の不特定多数の読者」にとって、今回のサンデー毎日の記事は、それなりに意味のあるものであったと思います。  

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月27日(月)14時14分33秒
返信・引用
  東風Z 様

ありがとうございます。
結果は少し前にネタバレしてますが、補足説明させて頂きます。

あくまでも「父が酔ってる時に何度も話す昔の話」ですから多少の脚色はあると思います。
話の中では、お供えさせる「手口」とか「方便」等と言い方が変わる事もありましたし、そこには触れずに話をしていたこともあります。

本筋は「それまで何も言われなかった土地建物名義を言われ、一筆書くように勧められた」であり、これが「本部の指示」なのか、「大教会長や古参会長が本部の意向を忖度して仕組んだ」のか、本当に「気が付かなかった」のかは不明です。

ともあれ、審査前日に話を持ち出し、精神的に追い詰めて一筆書かせようとした事が意図的に行われたなら、詐欺事件などによくある事例です。
もし、教会長就任の際に似たような体験をされた方がいらっしゃったら、「本部の差し金」が濃厚になりますね。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月27日(月)14時00分32秒
返信・引用
  (つづき・・・「父の武勇伝?その2」)

 審査の会場広くは、入り口から左手が上段になっていて畳敷きである。右手が下段で土足のままの土間のようだ。右手上段畳の方には座りテーブルが置いてあり、壁を背にいかにも「お偉い先生」風の人が教服で座布団に座っている。その「偉い先生」の前には「審査を受ける人用の座布団」と、更に下段の土間には普通のパイプ椅子がいくつか並び、控えの人が待機するようだ。そんな審査員と審査を受ける人がざっと10組くらい一度に出来る会場になっている。既に審査を受けている人もいるようだし、パイプ椅子に沢山の人が座っている組み合わせもあったし、空いているテーブルも幾つかあった。
(会場の様子は、私が父の断片的な話から想像したので正確ではないかもしれません。実際に教会長就任の承認を受けられた方の補足説明を願います。)
大教会長に連れられ、担当してくれる審査員の前のパイプ椅子まで進み、三人が座る。その審査員は机に向かって何か書き物をしていたようだが、間もなく時計を確認すると顔を上げて三人を見た。

審査員「〇〇大教会長さんだね?」
大教会長「はい」
と言って起立し、抱えていた書類を持って上段に上がり、馬鹿丁寧に書類を差し出す。
審査員と大教会長で何かの会話をしていたようだが、父には聞き取れなかった。
間もなく大教会長が上段から降りて来て、父に向って審査員の前に行くように言った。

靴を脱いで上段に上がり、審査員の前に進むと座布団に座るように言われたので、正座する。
近くで見ると、年齢的には30代(父からすれば子供の年齢)だが、いかにも利発そうな聡明そうな顔立ちの中年男性で、言葉使いがやや高圧的だ。
審査員は受け取った書類を見ながら、系統、教会名、氏名、事情運びの内容などを次々に質問する。父が答えると間をおかずに次の質問が来る。父も訊かれるままに正直に答える。

そして、いよいよ問題の質問が来た。
審査「土地と建物が個人名義のままだな。これ、あげられないか?」
父「は、それはご本部にお供えをしろという事でしょうか?」
審「とにかく、あげてしまえ。」

正面から審査員の鋭い視線が父の顔に刺さるように向けられている。
父はゴクリと唾をのみ、一呼吸おいてゆっくりと口を開いた。

父「先生(審査員)の仰ることは良く分かります。ですが、聞いてください。
 私の家は祖父(筆者の曽祖父)の代から信仰を始め、父、祖母と続いています。戦前は信者数もそこそこ多く教会も賑やかだったと聞いておりますが、今は世間のご多分に漏れず、信者が減り寂れる一方の有り様です。私には4人の子供がおりますが、子供達も天理教には直接つながっておりません。決して信仰心の無い子供達ではないと思いますが、寂れるばかりの教会では教会務めをさせることも出来ません。それでも私の子供ですから、時には実家に帰って来て欲しいとは思いますが、もし、土地建物を神様にお供えしてしまうと天理教に繋がっていない子供たちを入れてあげる事が出来なくなってしまいます。これも私の不徳の致す限りの事ではありますが、ここで私が会長になりましたら、誠心誠意神様にお尽くしし、教会を盛り立て、子供達にも安心して教会や信仰に繋がるようにしていきたいと思います。その時こそ、土地でも建物でもお供えさせて頂きたいと思いますが、今の段階ではご容赦頂きたいと思います。」
審「・・・・・」
腕組をしてジッと父の話を聞いていたが、表情は固く何かを考えているようだった。

静かに時が流れる・・・。

父の感覚では1分ほど経ったころ、審査の先生の表情が明るくなり、一言。
審「分かりました。そう言う事なら頑張ってください。」
と言うと、傍らにあったハンコを手に取り、書類にポンポンと押し始めた。
提出した書類に全て押印すると、重ねて父に手渡し、父はそれを恭しく受け取ってその場を辞した。

パイプ椅子に座って待機している大教会長と古参の会長は、父が書類を受け取って戻ってくる様子を、口を開けてポカンと見つめていたそうだが、父が戻ると
「〇〇さん、何を言ったんだ?土地建物をお供えすると言ったのだろう?」
と訊いてくる。父は、
「いいえ、お供えするなんて一言も言ってませんよ。」
とだけ答えたが古参の会長は、
「いや、土地建物をお供えせずに教会長就任のお許しが出る訳ない。」
と独り言のように繰り返すばかりである。
父は、その言葉を聞き流しながら意気揚々と会場を後にしたのだった。

 

末端教会子弟 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 3月26日(日)17時46分32秒
返信・引用
  教会名称は末代の理、という言葉を何度も聞きました。しかし、その裏にはこのような企みがあったのですね。「欲深い宗教団体です。」という書き込みを見た覚えがあります。寄ってたかって何を企んでいるのでしょうね。
もう、あきれるばかりです。このような宗教が存在すること自体が、大きな社会悪です。
数十年にわたって住宅ローンを払って購入した家・土地を宗教法人という名のもとに、アッという間にさらっていくなんて、許せません。
晨柱はじめ、両統領、大教会長が鬼に見えてきます。
続きを楽しみにしています。でも、今のところ結果が分からないので、楽しみにしているというのは失礼に当たるのかもしれません。悪い結果になるのでしたら深くお詫びいたします。
 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 3月26日(日)16時55分0秒
返信・引用
  > No.2876[元記事へ]

> 初心者に心のふしんと形のふしん(お供えと思うが)を並べて講義するのは最初から間違った教義を教えるのではと思いました。

私も同じ考えです。
心の普請と形の普請ということが言われていたのですが、「心の普請に先立つ形の普請」というスローガン
めいたものが掲げられることになり、ひのきしんによって心の普請をするというより、ひのきしんによって
「館」という「形で表された成果」を追い求めるようになり、やがて形の普請が「陽気暮らし社会の建設をする」
ということに置き換えられていったような気がします。

館を建てることが、陽気暮らし社会を建設することになるという、そんな単純なものではないと思いますが・・・

イエスですが(またイエスを出して来ますが)「御国(みくに)が来ますようにと神に祈りなさい」と
言っていました。天理教流に言ってみれば「陽気暮らし社会が来ますようように」ということでしょうか。

パリサイ人から「神の国はいつ来るのか?」と聞かれて、イエスは「神の国は見られる形で来るものではない。
また、<見よ、ここにある、あそこにある>などとも言えない。神の国は実にあなた方のただ中にある」と
言っています。

私も、陽気暮らし社会というのは形で見れものではなく、心の中の世界だと思います。
「陽気暮らし建設のため、云々」と言われるとなんか、妙な気がします。

http://()

 

(無題)

 投稿者:kazu  投稿日:2017年 3月24日(金)15時32分50秒
返信・引用
  私はもっとセコイです!1回目は書店で立ち読み、今回は図書館ですから。(笑)
まず、現真柱が中山大亮になっていただけでこのレポートに対する著者の熱意がわかりました。
それは結局、世間的に見て今の天理教の位置と思いました。
 唯一つよかったなと思ったのはおやさとやかたが暗礁に乗り上げているのが活字としてわっかたことです。

 『天理教基礎講座』のテキストを見る機会があり、その中で「おやさとふしん」の章で●心のふしんと形のふしん
「教祖は陽気ぐらし世界を実現してゆく過程を「普請」(建築)にたとえて教えられました。陽気ぐらしの世となるためには、各々が「心の成人」につとめることが肝心で、これを「心のふしん」と言います。
 また、実際の建物の建築である「形のふしん」を通して心のふしんが進められ、心のふしんに相まって形のふしんも進行すると教えられます。
 心のふしん、すなわち心の成人のための努力には限りがなく、「きりなしふしん」ともいわれます。」
ありました。

基礎講座ですから布教の1つでしょうね。対象は天理教初心者というか。数年前のテキストですから現在は不明ですが私は問題ありと思ったものです。ですの今回のレポートでの広報課長の返答から今もこの箇所は変更無しかなと。おやさとやかた建設が暗礁になっていても本部の方針が変わらない限り「完成時期について~」しかないのだろう。と。
 初心者に心のふしんと形のふしん(お供えと思うが)を並べて講義するのは最初から間違った教義を教えるのではと思いました。

 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月24日(金)15時08分39秒
返信・引用
  (被包括関係廃止に絡むお話・・・『父の武勇伝?』)


父(会長)から聞いた(というより、酔った父が自慢げに一方的に話すだけだが)話。

時はふた昔も前、教会長後継者だった父がいよいよ「会長を継ぐ」事を決意し、その手続きや申請、事情運びや報告祭の手配など様々な事があったが、ご本部での「審査」を受けた時の事らしい。

 父の付き添いで本部まで同行したのは当時の大教会長と、系統内のこういった手続きや事務を担当する古参の某分教会長である。全ての書類を抱えて本部に向かい、審査前日、詰所で三人の打合せの場である。

古参分教会長「〇〇(親父の名前)さん、書類を確認していたら大変なことが分かったよ。」
父「大変な事って何ですか?」
古「〇〇さんの教会は、土地も建物も教会名義、本部名義になっていない。」
大教会長「何?それは大変だ。それじゃ、会長就任の承諾なんて下りないじゃないか。」
父「そうなんですか?」
古「そうです。今の宗教法人法でも、土地建物が個人名義のままでは安定的永続的な宗教活動が出来ないという理由で認められない。本部もそれを考慮して『お供えしなさい』と言うだろう。」
大「うん、確かにそうだ。これは何とかしなきゃならないな。」

父「これらの書類は、ずっと以前に提出して確認して貰っていたじゃないですか。審査前日に言われてもどうしようもないですよ。」
古「書類を預かったのは以前だけど、まさか名義が個人のままだとは思わなかったのですよ。」
大「とにかく、審査は明日なんだからなんとかしなきゃならないな。」
古「そうですね、審査で土地建物の事を言われたら、会長就任後に直ちに書き換えますと言えば・・。」
大「それで審査は通るかね?」
古「分かりませんが、一筆書いて提出したらどうでしょう?」
大「なるほど、それが良いかもしれない。今から明日の審査を取り下げる訳にもいかないし、一筆書いておけば本部も納得するだろう。どうかね、〇〇君。」

という二人のやり取りを聞いていた父だったが、ある矛盾と疑念が浮かび、大教会長の言葉を遮った。

父「いえ、折角ですが私に考えがあります。この件は私に任せてください。」
大「そんな事言って、ダメになったらどうする気だ?」
父「その時はその時です。とにかく私に任せてください。」
古「〇〇さん、悪い事は言わないから一筆書いて持って行った方が良い。個人名義で審査に通った話は聞いた事が無いから。」

これらの話を無視して、父は早々に部屋へと引き上げて思案した。

(そもそも、関係書類を大教会に提出したのは1ヶ月以上前の話だ。その間、確認や調査が出来たはずだしこちらにとの話合いは何度かあった。そこでは何も言わずに、本部に来て前日になってそんな事を言い出すのは無責任すぎる。しかも「個人名義のままだとは思わなかった」とは言い訳にしても酷い。これは土地建物を『お供え』させようとする策略かも知れないな。それならそれで、そんな思惑に乗るのは馬鹿らしい。正直言えば名義はどっちでも良いことだが、こうなったら徹底的に逆らってやる。)

 翌日、三人で朝食のテーブルを囲み、食べている間にも、古参がいかにも心配するような口調で「大丈夫か?どうする気だ?」としきりに訊いて来たが、親父は半分無視して「大丈夫です。」とだけ答えていた。

いよいよ審査の時間が迫り、三人揃って本部(おそらく、宗教法人天理教の教庁と言っている場所かと)建物へと向かう。

(つづく・・・)

 

(無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 3月24日(金)03時39分32秒
返信・引用
  「サンデー毎日」3月26日号を買って読んだ時、「何じゃ、これは」と思いました。
「そのままやんか」というのが、正直な感想。
天理教が今抱えている問題や事実を、そのまま列記しただけに終わっていました。
「これくらいのことなら、我々一般の信者も知ってる」という不満がわき起こりました。

「社会学研究所」にあるような、正義感にあふれた主観的な切り込みが見えませんでした。
何かこうスキャンダルめいていてもいい、我々の知らない、ジャーナリストならではの深く立ち入った
<特ダネ>記事を期待していたのですが、期待ハズレでした。
「420円返せ!」(←これまたセコイ)

4月2日号は立ち読みして、パラパラとめくった程度です。もう買いませんでした。

http://()

 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月23日(木)14時43分23秒
返信・引用
  サンデー毎日、駅の売店で購入しました。

今週号にはガッカリです。
先週の「おつくしは命の繋ぎ」発言を取り上げた事もどこへやら、「基本に戻る」等と言う解釈で有耶無耶にされているどころか、逆に天理教がスポーツに力を入れている、信者の費用負担も少ない(真如苑との意味のない比較)宗教だ、等と書かれている。

サンデー毎日、買収されたか?
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月22日(水)22時09分39秒
返信・引用
     一人言なのですが、つぶやかせてください。
   今日かしものかりものについて書かれたリーフレットが祖母の家のポストに入れてありました。祖母は亡くなっていて仏式なので、御線香を立て、蝋燭をつけ、お水やお茶などを取りかえていました。誰もいない家で祖母や祖父を思いだしながら線香が短くなるのを見ていました。
  夜の誰もいない家で、涙が出てきましたが、そのリーフレットがあたたかかったです。
   歩けることのありがたたさについて書かれていました。心をあたためてくださって、ありがとうございます。とお伝えしたいです。
  
 

「みちのとも」4月号

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月21日(火)20時35分55秒
返信・引用
  「みちのとも」4月号。

井筒梅治郎の巻頭言。増井りん、板倉槌?三郎、土佐卯之助、梶本宋太郎の教話の特集。

いつまでも過去の偉人しか登場しない。もうこれから天理教には偉大な布教師は登場しないだろう。

というよりも、登場して欲しくないのが本音だろう。

もし、この過去の偉人達が現在に現れたら、異端者扱いをされるであろう。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月21日(火)18時54分6秒
返信・引用
  >神様の目指されるゴールは陽気暮らし世界であり、100億円稼ぐことではありません。

皆が陽気ぐらしできる世界の実現が月日親神が期待する世の中のスタートであり、教祖様の言う「にんげん」の始まりでしょう。

教祖様の亡くなる前は僅かにいた「にんげん」も中山家親戚連合に埋没し、教えを理解しない、話の通じない、月日親神の心を理解しない「から・とうじん」の成れの果てが今の本部です。


 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月21日(火)18時11分48秒
返信・引用
    おつくし は、人のために尽くす心を手にいれるという意味ではないかと考えています。
  蓄財云々ではなくて、その人の執着を鎮める意味で おつくし という言葉を持ってきていると思います。

  
 

Re: 社会学様コメント欄より転載

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 3月21日(火)09時15分33秒
返信・引用
  > 中田善亮表統領の発言した「お尽くしは命のつなぎ」という、恫喝とも暴言ともいえる言葉に、ツイッター上でも批判的な意見が交わされていますが、その中でも、是非とも社会学さんに転載したいと思う、非常に卓越したご意見があり、発信者の方に快く承諾して頂きましたので、ここに転載させて頂きます。
>
> 【本当に残念なお知らせですが、神様は資本主義者ではありません。
> 一万円札をお供えしても、神様が受け取られるのは原価の23円分だけです。
> 残りの9977円分は日本政府が生み出した単なる「信用」だからです。
> 神様の目指されるゴールは陽気暮らし世界であり、100億円稼ぐことではありません。】
>
> 【「おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。」
> 天理王命を資本主義の価値に乗せた瞬間、天理王命は資本主義の奴隷です。
> お金を親神様が、子供である人間からの真実としてお受け取りくださる、という発言のヤバさです。
> お金をもらって喜ぶのは、煩悩にまみれた、あざない人間だけです。
> 私は畏れ多くて口が裂けても絶対に言えません。】
>
> 【お金は大社高山の世界支配の道具です。欧州の国際金融資本家が通貨発行権を握っています。
> 自分の価値を資本主義に乗せた瞬間に、お金に支配されます。
> 「手段」であるはずのお金を「目標」にしたら大社高山の奴隷です。
> 「あなたの人生の価値をお金で測るな」です。
> 天理教の基本は「大社高山取り払い」です。】
>



  全く同感です。神様の目指されるゴールは陽気暮らし世界であり、100億円稼ぐことではありません。
 

社会学様コメント欄より転載

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 3月20日(月)17時26分5秒
返信・引用
  中田善亮表統領の発言した「お尽くしは命のつなぎ」という、恫喝とも暴言ともいえる言葉に、ツイッター上でも批判的な意見が交わされていますが、その中でも、是非とも社会学さんに転載したいと思う、非常に卓越したご意見があり、発信者の方に快く承諾して頂きましたので、ここに転載させて頂きます。

【本当に残念なお知らせですが、神様は資本主義者ではありません。
一万円札をお供えしても、神様が受け取られるのは原価の23円分だけです。
残りの9977円分は日本政府が生み出した単なる「信用」だからです。
神様の目指されるゴールは陽気暮らし世界であり、100億円稼ぐことではありません。】

【「おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。」
天理王命を資本主義の価値に乗せた瞬間、天理王命は資本主義の奴隷です。
お金を親神様が、子供である人間からの真実としてお受け取りくださる、という発言のヤバさです。
お金をもらって喜ぶのは、煩悩にまみれた、あざない人間だけです。
私は畏れ多くて口が裂けても絶対に言えません。】

【お金は大社高山の世界支配の道具です。欧州の国際金融資本家が通貨発行権を握っています。
自分の価値を資本主義に乗せた瞬間に、お金に支配されます。
「手段」であるはずのお金を「目標」にしたら大社高山の奴隷です。
「あなたの人生の価値をお金で測るな」です。
天理教の基本は「大社高山取り払い」です。】
 

Re: 「サンデー毎日」最新号

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 3月19日(日)17時57分55秒
返信・引用
  > No.2865[元記事へ]

> Twitter「天理教教理を学び神意を悟る」さまより転載
> 【予告】
> 「サンデー毎日 4月2日号」は、3月20日(祝)発売。
> 〈集中連載〉
> 新宗教の「明暗」編 ⑦ 山田直樹
> 信者100万人超 「天理教」〝布教の精鋭部隊〟が奔走
>

天理教教会本部が全国的に有名な週刊誌に天理教の記事を掲載されて、どのような反応をするか注目すべきですね。もし、何も反応しないならば、当該週刊誌に掲載されている記事内容が、事実と相違ないということを自ら認めていると解釈してよいと思います。
 

「サンデー毎日」最新号

 投稿者:サンデー毎日  投稿日:2017年 3月19日(日)08時29分49秒
返信・引用
  Twitter「天理教教理を学び神意を悟る」さまより転載
【予告】
「サンデー毎日 4月2日号」は、3月20日(祝)発売。
〈集中連載〉
新宗教の「明暗」編 ⑦ 山田直樹
信者100万人超 「天理教」〝布教の精鋭部隊〟が奔走

表紙
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/20170402%E8%A1%A8%E7%B4%99%E4%BA%80%E6%A2%A8.jpg
目次
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/%E3%82%B5%E3%83%B3%E6%AF%8E170402%E5%8F%B7%E7%9B%AE%E6%AC%A1.png
中吊り
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/170402%E5%8F%B7%E5%8D%8A5%E6%AE%B5_%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E_WEB_OL%20%281%29.jpg

『天理教の「御供え」について』 さまより転載
投稿者:崩壊さま
投稿日:2017年 3月18日(土)17時04分54秒
「サンデー毎日の次号は、3月20日に全国の書店で発売されます。天理教の実態が大きな社会問題として注目を集めることでしょう。」
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月18日(土)18時41分29秒
返信・引用
    古い教長様

     聞くことが出来ました。ありがとうございます。イントネーションが少し違って少し低くなるのでしょうか。
  てんりん とお聞きですか。私には てんりー と聞こえます・・。一言一言はねるような歌い方をされてますね。
   機器によっては互換性の問題で再生できないこともありそうですね・・。
  
 

Re: Amazon.co.jpでも購入できます

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 3月18日(土)17時04分54秒
返信・引用
  > No.2857[元記事へ]

> 【緊急速報】
> 3月14日に「サンデー毎日」2017.3.26号が発売されました。
> その52-56頁に、フリージャーナリストの山田直樹氏の寄稿で、
> 集中連載 よみがえる宗教 新宗教の「明暗」 ⑥ 天理教
> 「大プロジェクトは未完」天理教の正念場
> ?運営トップ「表統領」仰天発言の表と裏
> 話題の「表統領のおつくし発言」を中心に、しっかり調査された上でレポートされています。必読ですよ。
> 書店へ急げ!
>

サンデー毎日の次号は、3月20日に全国の書店で発売されます。天理教の実態が大きな社会問題として注目を集めることでしょう。
 

みかぐらうた 地方 永尾芳恵姉昭和9年頃録音

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月18日(土)14時11分13秒
返信・引用
   永尾(飯降)よしゑ姉の「みかぐらうた」・昭和9年頃

 みかぐらうた  地方 永尾 芳恵姉 昭和9年頃録音

 永尾 芳恵姉 略歴

本席飯降伊蔵の長女として、慶応2年(1866年)生まれる。
明治10年の創頃、12歳より三曲(三味線)を、教祖より三年間習う。
永尾楢次郎氏と結婚
昭和11年(1936年)、出直し 71歳

永尾先生の地方の特徴(考察)

 1,第1節“あしきはらいたすけたまい天輪王の命”は、慶応2年のぢうた
 2,てんりでなく、てんりんとうたっている
 3,第2節と4節の終わりに、“よおしよし”が鳴り物入りで入っていて、少し違う
 4,3曲の節で歌われている
 5,第1節と2節、3節、4節の最初に、“一ッ”が入る
 6,12下り目の終わりに、“なむてんりんおうのみこと オーヲ なむてんりんおうのみこと”と、“オーヲ”が入って 歌はれている。現在のおびやつとめと同じである。
 7,3下り目一ッ、“ひのもと”が少し違う、又3,4下り目の扇をおく間がない。

http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/mikagurauta/iburi.html
 

「原初の仏教」とみ新蔵著

 投稿者:今・信者  投稿日:2017年 3月18日(土)07時06分49秒
返信・引用
  「劇画中山みき物語」を読みたいと思い、いろいろサイトを探しても取り扱いなし。著者のブログのコメントの中にこんな一文がありました。24年前に、世界の迷信打破の願いを込めて「原初の仏教」というマンガを描きました。この本は、意外に思われるかも知れませんが、当時、中山みき師の教えの入り口を位置するもの、復元への入り口としても執念を込めて描いたものです。この度、PHP研究所から「マンガで読み解く「仏教」のはじまり」という題名で再販されました。宗教界全体にも読まれたいものだなあ、と思っております。2009/09/02
早速購入し読んでおります。何回も何回も読んでおります。皆さんにご一読をおすすめ致します。
今ごろ読んでるのって、皆さんに笑われそうですが。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月17日(金)20時43分21秒
返信・引用
     流れを汲み取らずに書き込んでしまいました。すみません。本流に添う形でちょっと副流的な感じで先の質問をさせてください、  

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月17日(金)20時34分6秒
返信・引用
    東風Z様

   叔母様はみかぐら歌の拍子ではない踊りを含む歌を御存知なのですか?
   私は聞いたことがない、別の拍子の歌を90代の方が歌っておられたのを聞いた方がおられますが、どういう歌なのでしょう?
   聞かれたことがおありですか?
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月17日(金)12時28分8秒
返信・引用
  (つづき・・・郵便局にて)

某役所文書課での話を基に、書類を作り変えながらふと思った。

包括宗教法人への通知は「内容証明郵便」を使う訳だけど、自分では出来ないかな?
弁護士や行政書士に依頼すれば、報酬もそれなりに掛かるだろう。書類もここまで用意したのだから、自分でやる事も考えて「内容証明郵便の方法」も確認しておくか。

早速、近所の郵便局に行き、窓口で「内容証明郵便の出し方」について訊いてみた。
すると、「内容証明郵便は本局でしか扱えません」との事である。

本局に行き、郵便窓口の人に訊くと、後ろの方の引き出しから書類を出してきた。
2枚ほどの「日本郵便」のHPからプリントされた内容証明郵便についての説明である。

窓口「こちらを読んで頂ければお分かりになると思いますが、気を付けて頂きたいのは書式です。」
私「専門の原稿用紙のような規定の物があるのではないですか?」
窓「いいえ、どのような用紙でも結構です。字数と行数に制限があり、その範囲内なら問題ありません。」
私「普通にパソコンに打って、プリントした物でも大丈夫でしょうか?」
窓「はい、大丈夫です。あとは、本文の宛名と差出人名が、封筒に記載するモノと一致している事です。」
私「それだけですか?」
窓「はい、内容証明で送る書類三枚と宛名と差出人名を記入した封筒をお持ちいただければ、窓口で確認して受付いたします。料金はそちらに書いてありますが、普通は『配達証明』を付けられる方が多いですね。」
私「なるほど、それは必要ですね。」

郵便局を後にして、頭の中で「準備すべきこと」を確認してみた。
また、被包括関係廃止を実行するまでのスケジュールを組み立てる。
一番大事な事は、親父、妹、責任役員さんへの説明と同意を得る事だ。
後々、「私が勝手にやった事」等と言われては全てが瓦解する。

書類を全て用意し、次の月次祭の後に4人(お袋も加われば5人か)で話をしてみよう。

  (つづく・・・)
 

Amazon.co.jpでも購入できます

 投稿者:サンデー毎日  投稿日:2017年 3月17日(金)08時20分14秒
返信・引用
  【緊急速報】
3月14日に「サンデー毎日」2017.3.26号が発売されました。
その52-56頁に、フリージャーナリストの山田直樹氏の寄稿で、
集中連載 よみがえる宗教 新宗教の「明暗」 ⑥ 天理教
「大プロジェクトは未完」天理教の正念場
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話題の「表統領のおつくし発言」を中心に、しっかり調査された上でレポートされています。必読ですよ。
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https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC%E6%AF%8E%E6%97%A5-2017%E5%B9%B4-26-%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B06WWPVN5L/ref=sr_1_1/351-3403229-7903045?ie=UTF8&qid=1489701704&sr=8-1&keywords=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC%E6%AF%8E%E6%97%A5
 

殿様の集まりみたいな

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月16日(木)09時13分27秒
返信・引用
  FBでの、ある方のコメントです。

『大きな声じゃ言えませんけど、詰所に行けば半分は殿様の集まりみたいな感じ( ー?дー? )

祭典講話で人の悪口しか言わない会長もいる……

信じられないでしょ?事実です。

天理教も終わりじゃなって思える時があるのが悲しいです』
 

変な権威主義

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月15日(水)17時36分55秒
返信・引用
  先ほどのFB記事の続きの記事です。

この〇〇大教会の人は「理の親」「理の子」とか、会長さん、奥さんを立てるとか、変な権威主義の方が多い大教会です。

『〇〇大教会のしきたり らしいのですが、
母親が出直した折、私は、所属教会◯◯分教会の上級教会に連絡しました。
教会側が言うには、それが、《◯◯のしきたり》 に反したようです。
「まずは所属教会に連絡をすべきであると。」

出直した事は、上級者教会経由で所属教会には連絡はしてくれないのでしょうか?
仮に間違えたとしても、母の為に天理教式で葬儀をしてあげたいと思ったことを叶えてくれないほどの間違いなのでしょうか?
〇〇大教会では、《順序》と言うものを始めに教えていると言いましたが、私は、聞いた事が無いのです。
それは本当なんでしょうか
長年御用に尽くしてきた母のことを思うとやるせない気持ちとなりました。

1年前に自宅の近くに天理教の教会があることが分かり、母の年祭のお願いをしましたら、快く引き受けて下さいました。
このご縁によって、現在はこの教会と繋がるようになり、月次祭も参拝させていただくようになりました。

ご近所の方が来られ、来るべき教会の方が見えなくて、ついつい感情的になって投稿した部分もありますが、情けない思いを断ち切る為に心の内を晒しました。

私が、悪いのは分かっています。
が、やるせなくて、私のせいで、母は、御霊移しも、何もしてあげれなかったのが、辛かったので愚痴ってしまいました。
すみません』
 

〇〇大教会、変。

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月15日(水)12時45分48秒
返信・引用
  〇〇大教会、おかしなしきたりがあるようだ。信仰には、相手を思いやる暖かさが必要だ。
天理教、ちょっとおかしいぞ。常識以前の問題だ。

FBのコメントより・・。

「昨夜、ピンポーン
出てみたら、マンションの住人さん。
お婆ちゃんが亡くなった事 何で教えてくれへんかったん
お参りだけ させて。と。
有り難いですよね~。
参拝して頂いて 一頻り思いで話。
沢山の お供えもいただきました。
ここに越してから たかが18年。
母は、天理教60年。
天理教教会会長と名の付く お方は誰も来ず ほったらかし。
天理教 以前に人間としての気持ちはないのかな
なんだかんだの、しきたり があるらしいけど、そんなしきたりは、おやさま が作ったんかい
おやさまの言葉なんかい
〇〇大教会様。」

「お聞きしたい事があります。
〇〇大教会のしきたり らしいのですが、
母親が出直した折、私は、直接の教会の上級に連絡しました。
それが、しきたり に反したようで、連絡はしません。
出直した事は、直属の教会にも連絡はしません。
〇〇大教会は、始めに教えていると。
私は、聞いた事が無いのですが本当でしょうか」
 

天理教本部の終焉も間近

 投稿者:カインさまの弟子  投稿日:2017年 3月15日(水)08時05分41秒
返信・引用
  ネットにとどまらず、遂に、マスコミ・メディアからの攻撃も始まりました!
(サンデー毎日さま、先駆けをありがとうございます)

「命が欲しけりゃ献金しろ」発言問題。
なぜ街宣車が本部を周回するのか問題。
これにハニートラップ美人局も絡んでいるのか問題。
法人乗っ取り事件の教唆(犯罪指示)ほか、数々の法令違反の問題。
これには、あの有名な、お抱え弁護士教会長も絡んでいるというから驚きです!

さあどうする、天理教表統領中田善亮!
 

(無題)

 投稿者:kazu  投稿日:2017年 3月14日(火)21時04分41秒
返信・引用
  天理教理を学び神意を悟る(ツィート)様が『天理教』(青地晨著S42年弘文堂出版)の大切な部分を抜き出されて書かれておられるのを読んで私も今の時点で興味ある点を書いてみようと思いました。この本は2代真柱生前のS35年(約30分)、S40年(ほぼ2時間)面接されたことがでています。

* 教祖と<本席>の教義上の位置づけについて、前真柱は以上のように真剣な表情で私に語ったが、そのあとで、破顔一笑というか、くつろいだ表情で、率直につぎのように言葉をついた。
「<本席>はまあ大番頭というところでしょうね。後継ぎの息子にまかさず、大番頭まかせというぐあいですな。松村吉太郎がいってましたよ。教長(初代真柱)に<おさしづ>が下るのを待っていたが、ついになかったとね」
 それからこうも語った。「<本席>の後に賢明な後継者がでていたら、天理教はお家騒動がおこる可能性がありましたよ。ところが後継者は幸か不幸かただお人よしというだけで、どうもね、、、、、。<本席>の子孫は、本部で生活を保障することはもちろんですが、、、、、」
 私は松村吉太郎がいったという言葉に興味をひかれた。娘のこかんを除いて、教祖の血系には、ついに一人の神がかり、一人の天啓者もなかった。長男の秀司にも、初代真柱の真之亮にも、前真柱の正善にも、神がかりはあらわれなかった。そのために、”大番頭の飯降伊蔵が<本席>として、神の<取次ぎ人>の役目をはたしたのだった。P284~285)

* 私は正善と二度面接したが、わたしのうけた印象は、政治家、実業家としての正善の優れた能力であった。彼は天理教真柱として生まれなかったとしても、そうした職業をえらべば、相当以上の水準に達したにちがいない。その頭脳、実行力は、高く評価されねばならない。そうした能力と教祖直系の血統と家柄が、彼をして独裁君主たらしめたのであるが、それは中山正善にとってプラスであったとばかりはいいきれない。独裁者は独裁者のワナにみづからおちいりやすいものであり、それゆえに歴史によって裁かれるものであるからだ。(P271~272)

 50年前の青地氏の言葉に様々な思いを持ちました。

 

「おつくし」を説く中田善亮表統領

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月13日(月)21時32分19秒
返信・引用
  天理教道友社の中田善亮表統領インタビュー「新方針について聞く」
〔みちのとも 立教180年1月号 13頁〕

「おつくし」についても、しっかり説かねばなりません。

「おつくし」ができないのは、その意味が分かっていないからだと思います。

「おつくし」は負担ではありません。親神様にお受け取りいただく真実です。

教会長はこれを丁寧に、そして自信を持って説いていただきたいと思います。

そのためには、やはり「おたすけ」をすることです。真剣に「たすかり」を求めるなら、「おつくし」は必ず出てくることです。

考えてみれば「おつくし」も「ひのきしん」も、すべて日々が基本です。こういった日々の行ないを自然に身に付けるには、子供の頃からの丹精が大切です。親の態度が一番の丹精だと思います。
 

「親」ではなく「殿様」

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月13日(月)15時50分50秒
返信・引用
  (FBのコメントより)
今の教会長は「親」ではなく「殿様」

厳しい年貢の取り立ての話もよく聞きますね。

本部員、大教会長レベルの方々から、もう一度信仰のありかた等勉強しなおした方がいいんじゃないかなと思います。

天理の教えが歪んで広がるのは嬉しくないです。
 

みかぐらうたについて

 投稿者:たろう  投稿日:2017年 3月13日(月)15時07分36秒
返信・引用
  私は昭和30年代生まれです。祖母が天理教を信仰しておりました。幼少から分教会に度々行った経験もあり、特に月次祭のおつとめにとても関心を寄せていた時期がありました。
小学生5~6年生の頃、祖母の保有していたみかぐらうたを全文筆写したのですが、その中でとても不思議だったのが12下り目の「だいくのにん…」です。
祖母の本には「だいくのにんずもそろひきた」と書いてありました。
「あれ?たしか『だいくのにんも』じゃなかったっけ?」と思い、後日教会の月次祭で使用するみかぐらうた本を確認したところ「だいくのにんも」となっていたので、その違いが何であるかとても奇妙でした。間違って印刷されてしまったのか?とも思いました。

他サイトですが“天理教フリーフォーラム”の『永尾よしゑのみかぐらうた』や『戦前の御神楽歌』で聞かれる「ちょとはなし」や「なむてんりわうのみこと」の節回しはとても衝撃的でした。どんな経緯で現在のようになっていったのか。
私は信者ではありませんが、ネットを通じておつとめの興味が再燃しております。
 

天理教の正念場

 投稿者:サンデー毎日  投稿日:2017年 3月13日(月)12時29分26秒
返信・引用
  サンデー毎日3月26日増大号
集中連載 新宗教の『明暗』編6「大プロジェクトは未完」天理教の正念場

サブタイトルは
「運営トップ「表統領」仰天発言の表と裏
ジャーナリストの山田直樹氏寄稿

【小見出し】
「信者にはしっかり献金させよ」
「262万人ピークに信者が半減」
「『おつくし』にはノルマがある」





 

中田善亮表統領よ教理にないことを言うな。

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月13日(月)12時08分17秒
返信・引用
  信者、よふぼくは、教理にないことで右往左往している。

<天理教教理を学び神意を悟る>より
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/archives/1063362564.html

中田善亮表統領の言う、
「おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である」という、「お供えをしなければ、親神様が真実を受け取れずに命が切れる」を意味するお言葉は「おふでさき、みかぐらうた、おさしづ」の原典、「教典、教祖伝、逸話篇」の教義書にはございませんし、そもそも神様はそんなことは仰っていません。
 ここまでだけでも、教祖の御教えを曲解し歪曲した、宗教法人天理教の代表役員「表統領」ともあろう人物の、本来の御教えから乖離した「本末転倒な公式発言」であると言わざるを得ません。誠に残念の極みであります。


 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月13日(月)03時52分37秒
返信・引用
  (つづき・・「文書課担当者との面談その2」)

約束の〇曜日、某役所文書課の応接テーブルにて。

私「先日はお電話で失礼しました。調査期間3年と審査いうのは、これが原因ですか?」
そう言いながら、先日提出した書類と同じものを取り出し、その中の「規則の変更する事項」のある条文を指さしながら担当者の顔色を伺った。
担「えぇ、そうですね。ハッキリとは言えませんが、その変更がされていたので調査が必要だと判断されたようです。」
私「そういう調査をするということは、『全く新しい宗教になる』という認識をされたということでしょうか?」
担「おそらく、そうだと思います。」
(この会話に違和感を感じられる人も居るかもしれないが、私が話してるのは、役所の宗教法人窓口の担当者なので、宗教法人の審査や調査を行う部署ではない。部署名やどのような人が調査や審査をしてるかは教えてくれなかったが、そちらの判断を基に私と話をしているだけなので、私の質問にも断定的に答えることが出来ない)

私が指さしたのは、「規則変更する事項」の中の「目的」である。

現在の規則の目的は、
第4条「この法人は、天理王命の目標を祀り、天理教経典に依拠して天理教の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成し、並びにこの教会の目的を達成するための業務を行うことを目的とする。」
被包括関係を廃止するための「変更」は他の条文で何ヶ所かあったが、ついでにこの「目的」も変更して書類を作成していたのだ。
ちなみに、
第4条「この法人は、天理王命がお鎮まり下さるかんろだいを目標として祀り、天理教の三原典である、みかぐらうた、おふでさき、おさしずに依拠して天理教の教義をひろめ、~~」
と変えておいた。

 天理教の関係者ならこの変更を「教祖様の教えにより近づくため」と理解して頂けるとは思うが、流石に相手はお役所である。簡単に「かんろだいには天理王命がお鎮まり下されているとされているので、祀るものは『同一のもの』であること。天理教の教典も三原典を基にして作られたが解釈が歪んでいる所があるので、本来の教えにするための変更であること」を簡単に話したが、意味のないことは初めから分かっていたので次の論点に変えた。

私「では、この目的の変更をしなければ、調査や審査はしなくてイイ訳ですね?」
担「お約束は出来ませんが、被包括法人の廃止手続きの書類上の問題だけになるので、審査はあるでしょうが宗教活動等の調査は必要ないでしょう。」
私「理由書の方にも教義が矛盾や歪みを含んでいると書きましたが、それを修正するには目的を変更する必要があると思うのですが。」
担「あぁ、そうですね。理由書にもそうなってますね。」
私「仮に、目的をそのままにしておいたら、理由書の方も教義がうんぬんとは言えなくなりますし、そうすると、組織が封建的で上納金が厳しいから、という理由になってしまいます。そんな理由だけで被包括関係の廃止をする理由になるんでしょうか?」
担「個人的な意見としては、理由はなんでもいいと思いますよ。勿論、万人が納得する理由が望ましいでしょうが、上納金が厳しくて教会の運営と継続が難しい、というのも立派な理由だと思いますが。」
私「あぁ、なるほど。どうも私の考えが宗教的教義中心になってたようです。お話は良く分かりました。」
担「こちらとしては、目的を変更されてもされなくても、どちらでも結構ですが。」
私「そうですね。今ここでは答えは出せませんが、実際の手続きは先のことですからじっくり考えます。それに、教義の歪みや矛盾を解決し、色々と変更するにしても、届出上の規則の目的はそのままでもイイわけですよね?」
担「こちらの関知できる部分ではなさそうですね。」
私「なるほど、良く分かりました。本日はありがとうございました。」

役所を出たところで思わず呟いた
「いやぁ、流石お役所仕事だ。」

とはいえ、
現実の手続き上目的の変更をすれば、新しい宗教法人として調査と審査がある。
変更しなければ教義や解釈が歪んでいるとは言いにくいが、手続きはスムースに行く。
被包括関係を廃止すれば、本部や大教会に握られている「会長の人事権」や「事情運びの認可権」が無くなるのだから、法人同士対等の立場で話し合いができるというものだ。
勿論、本部や大教会としては、対等の立場で話し合いなどしたくもないし、出来ないだろうから、異端だとか何とか理由をつけて追い出そうとするに違いない。
「被包括関係の廃止」と「教義や解釈」と「人間同士の繋がり」は全く別のことなのだが、上級には理解できないのかもしれない。
もっとも、末端の人間も、私の母のように理解していないし知らない人間の方が多いのかもしれない。上の者が「あそこは異端だ」と言えば、それを信じてしまうんだろうなぁ。


  (つづく・・・ように努力します)
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月11日(土)21時22分0秒
返信・引用
    第二次世界大戦のあたりで、てんりおうのみこと の神名を唱えて命が助かる不思議な体験をされた方があられるそうです。
  神様はまことを受け取ってくださるのではないでしょうか。
 

東風Z さま

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月11日(土)20時09分19秒
返信・引用
  詳しい説明、ありがとうございます。

櫟本分署跡保存会から出されたものなら私も読んでいたはずですが、記憶が飛んでいます(笑)。
改めて保存会を訪ね、手に入れたいと思います。

「たすけたまえ天理王の命」にしろ「十二下り」にしろ、三殿に並んで唱えてお手ふり踊りをするのでは、誰が見ても「神様に捧げているおつとめ・神様にお願いしてるおつとめ」としか受け取れません。

「みかぐらうたやおふでさき」全体に流れる意味から受け取れる「自らが神(人をたすけ自ら喜べる親)の心になって世直しをしなさい」という教えの精神とは掛け離れたものです。

「人類創造の神様が救ってくれる」とか「万能の神様が立腹して掃除してくれる」等という考え方も、長年上記のような「おつとめ」をしてると自然に身についてしまう「深層心理」なのかもしれないと思わされます。

信者さんには「『あしきをはろうて助けたまえ天理王の命』は『あしきをはろうてお助けし給え、天理王の命のように』と『月日親神が皆さんに望んでいるんですよ』」と伝えています。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 3月11日(土)11時47分8秒
返信・引用
     天理教がユダヤ教と同一だとは思いません。異なると思います。
  
 

大馬鹿としか言いようがない

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 3月11日(土)10時05分27秒
返信・引用
  中田表統領の思考、信条、信仰がヒドいですね。元々、天理教が持っていた本音が出ているだけかも知れませんが、「お里が知れる」状態です。

昨年11月27日、第240回定時集会から、

<M集会員の質問>  いま、お道が世界に向けて発信すべきことは何か、お伺いたい。

<中田表統領>    発信というのは、対象や内容をはっきりさせたうえで行わないといけない。お道から教外、世の中に向かってのことと、本部から教内に向かってのことは全く違う。また、本部から直接伝えるべきことと、教会や教区を通して伝えてもらいたいことを整理し、いろいろな手だてを用いて発信していきたいと相談しているところだ。

(世界であろうが、教内であろうが発信することは教祖の真実の教えであるべきなのに、本当に大馬鹿としか言いようがない。本部の二枚舌・三枚舌を自ら暴露してしまっている。)
 

「あしきをはらうてたすけたまへてんりわうのみこと」は教祖の教えではないと聞いています。について

 投稿者:40代不良信者  投稿日:2017年 3月11日(土)07時44分29秒
返信・引用
  この件は

「天理教教祖中山みきの研究」(by れんだいこ氏)
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/index.html

のうちの「21世紀のお道」に

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_11sonogo1co.htm

「2005(平成17).6.26日、天理大学学長の橋本武人本部員が、
教会本部月次祭神殿講話で、
「『天理王命のつとめ』(悪しきを払うて助けたまえ、天理王命のつとめ)は
教祖の教えではなく、人間思案から生まれた後利益(ママ)を願う祈りである」と宣言。」

とあります。なお、この講話の詳しい内容など、はWebからでは検索できません。


「Yahoo!知恵袋」でもこういう質問がされています(2015.12.12)。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14153544789

なおベストアンサーは、他の解答例から「人間甘露台」系の教えをうけている人だという
ことがわかります。もうお一人は、その当時「天理教」関連の質問に必ずといって
いいほど解答していた方です。その解答中にある「牢屋の分派」とは、八島英雄先生の
系統のことを指していることはよくわかります。それにしても「牢屋の分派」って凄い
ネーミングセンスです。

なお、質問した本人はこの質問だけで終わっているようです。

なお、れんだいこ氏による天理教および教祖への各種考察内容の可否については
この場ではとりあげません。
ただ、本人がこうした考察を始めるにあたって参考にしたであろう2000年前後の
webサイトが「デッドリンク」の形で保存されているのは興味深い所です。

武士道劇画で高名な平田弘史先生が、かつて「天理少年」で『おやさま』を連載されて
いた「とみ新蔵」先生の実兄であることなどは、この「れんだいこ」氏のリンクに
辿りつかなければ知る由もありませんでした。

平田弘史先生には『お父さん物語』という作品があります。今から30年近くまえの作品で、
「スピリッツ」に連載されていましたが、「十全の守護」に示唆を受けたと思しきところ
もあり、「平田弘史」とは何者だろうかとその当時思ったものでした。

大学へ入学して弓道部に入部した折、『弓道士魂』という作品が復刻されて、その作者名に
「平田弘史」とあるのを見て、妙な関わりを感じたものですが、その後10数年を経て全て
納得した次第。

当の平田先生は「教団を卒業」された由。
 

みかぐらうたは改竄されている

 投稿者:特命  投稿日:2017年 3月11日(土)04時18分46秒
返信・引用
  大正五年一月十五日発行の「評注御筆先(新宗教社/大平隆平)」という、おふでさきの注釈本がある。
この巻末に「付録」として「御神楽歌」の項に、このような記述がある。

「今日、用いられている御神楽歌は前管長(初代真柱)によつて余程手入れせられた様である。‥現に此の十二下り目の終りの行の‥教祖の原本には『だいくのにんじうもそろひきた』と書かれたものである。其れを勝手に『にん』と改めたのである」(付録35頁)

この件については昔、同系統の古老の先生、複数名からも聞いたことがあるので、わりと有名な話かも知れませんが、ご参考までに。
 

私も見てみたいです!!

 投稿者:たろう  投稿日:2017年 3月10日(金)18時05分9秒
返信・引用
  私も東風Z様がお持ちの「みかぐらうたの冊子」是非拝見したいです!!!  

居眠り信者 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 3月10日(金)15時18分36秒
返信・引用
  これこそ、史料集成部に秘匿されていると想像します。
何度もいいますが、史料集成部にはすべての疑問を解決するものが保存されているのではないでしょうか。
開かずの部屋と呼ばれていますが、仏教の秘仏より、さらにひどい扱いですね。秘仏と言われながらも数十年なり、数百年に一度は、ご開帳という名目で拝見できるのですから、教団もそろそろ開放すればいいのですが、、天理大学を卒業した知人が50年間入室を希望しても実現していません。
このような教団は、こちらから離れるほうがストレスが溜まりません。
 

Re: 居眠り信者 様

 投稿者:居眠り信者  投稿日:2017年 3月10日(金)14時10分38秒
返信・引用
  東風Z 様

> 「あしきをはらうてたすけたまへてんりわうのみこと」は教祖の教えではないと聞いています。
> 教祖出直しの後に山澤某が付け加えたと聞いています。
> また、私が持っている教祖が教えられた「みかぐらうた」の冊子にもこの言葉が書いてありません。さらに、各下りの終わりの唱和は、「なむてんりわうのみこと」ではなく、「南無転輪王よしよし」と書かれています。

早速の返事 ありがとうございます。

「あしきをはらうてたすけたまへてんりわうのみこと」のつとめが無かった根拠は、人から聞かれた話ですか
宜しければ、どなたから聞かれたのでしょうか 教えていただけませんか?

東風Z以外の方でも結構です。
「あしきをはらうてたすけたまへてんりわうのみこと」
のおつとめは、教祖在世中は、無かったという
もっと信頼できる根拠があれば教えていただけませんか

この話が真実なら、居眠りから覚めて 会長に伝えて、退職したいと思っています。


 

末端教会子弟 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 3月10日(金)12時07分58秒
返信・引用
  日頃は被包括関係の件にてご尽力されておられること拝見しております。誠にご苦労様でございます。
ところで、お申し越しの「みかぐらうた」冊子のことですが、櫟本分署跡保存会に関係する知人から頂いたもので、「ほんあづま2002年12月号」の付録として発行され、2005年4月18日に改訂版として発行されたものです。タイトルは次のように書かれています。

みかぐらうた(復元版)解説付き
教祖御在世当時、唯一の印刷本みかぐらうたである。
明治14年己5月
拾貮下り御勤之歌
と明治15年の教祖のかぐらつとめ改訂を基にして、教祖が教えた「みかぐらうた」を復元しました。

と書かれています。次に、

よろづよ(おつとめの前歌)から十二下りが解説され、その次に、かぐらつとめ が解説されています。ご高承の通り、かぐらつとめは「ちょとはなし・・・」からはじまり「これはこのよのはじめだし よしよし」と「あしきをはろうて たすけせきこむ いちれつすまして かんろだい」で終わっています。
「あしきをはろうて・・・」は、元の理七回、天然自然の理七回、陽気づくめの理七回をつとめます。

と解説されています。一度、スキャナーで取り込んで順次このブログに書き込んでよいかを管理人さんにお尋ねしてみます。

全てが大切な部分ではあるのですが、一部抜粋で書かせていただきます。

教祖が教えてくださったおつとめに復元いたしますと、このようになります。
教祖時代のおつとめは、よろづよから始まって十二下り。そして、かぐらつとめです。
よろづよから十二下りのておどりの部分で心を作って、かぐらつとめをする。だからこの順番になっていたのです。かぐらと言われる部分は「ちょとはなし」からはじまり、「いちれつすましてかんろだい」です。
皆様のなじんでいる「あしきをはらうて たすけたまえ てんりわうのみこと」というつとめは、明治21年東京に神道天理教会本部が出来た時、朝夕のおつとめとして、本席の許しもなく作られたものであります。神道天理教会本部が奈良に移転した後、東京で前川菊太郎の名前で出版された『御かぐら歌』に初めて載ったもので、教祖時代にはなかったのです。
教祖時代のみかぐらうたが、今まで整理されず、解り易く印刷されたことがなかったから、この度、出版することにいたしました。(中略)
念のために申し添えますと、「天理王命」の神名は、明治21年東京の神道天理教会本部が、本席がおさしづで禁止しているのに、目標札を発行しました。その時から使われるようになったのです。


 

東風Z 様

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 3月10日(金)10時29分46秒
返信・引用
   扇に「月日の紋」が入っているということをお聞きして、十二下りを踊り始めて随分長いこと経ってますが、初めて、3下り4下り、扇を持つ意味が解りました。それまで、日本国旗みたいな扇を手旗信号みたいに振ってるが、これ、日本人ならいいが、外国の方はあまり気乗りしないのじゃないだろうか、と思ってました。 台湾や韓国でも、天理教教会がありますが。
 話がちょっと脱線しますが、韓国の天理教教会長さんが、天理駅で韓国語で路傍講演をしていた、というツイッターを見て、天理教を忌避している日本人(私も含めて。教団が嫌い、ということですよ、念の為)も多い中、ありがたい、申し訳ないな、と感動した次第ですが、何かと言えば反日が叫ばれる韓国で、日本国旗みたいな扇を持って踊るのは、さぞかし肩身の狭いことではあるまいかと、推察する次第です。
 しかし何故、誰が、二つともお日様にしちゃったんでしょうね。お日様とお月様の扇で、意味を成すことと思いますのに。これはすぐにでも、元の形に変えて頂かねばならないことと思います。
 

東風Z 様

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 3月 9日(木)23時10分54秒
返信・引用
  >「あしきをはらうてたすけたまへてんりわうのみこと」は教祖の教えではない
>教祖出直しの後に山澤某が付け加えたと聞いています。
>また、私が持っている教祖が教えられた「みかぐらうた」の冊子にもこの言葉が書いてありません。
>さらに、各下りの終わりの唱和は、「なむてんりわうのみこと」ではなく、「南無転輪王よしよし」と書かれています。

八島先生からお伺いした内容と全く同じですね。
更に言えば、
「座ってつとめる『おつとめ』はない」
「メドウに向かって一列に並んで踊る『おつとめ』はない」
だったかと思います。

東風Z様がお持ちの「みかぐらうたの冊子」には大変興味があります。
発行年月日や発行元が分かれば教えて頂ければ幸いです。
可能なら直接拝見させて頂きたいと思うのですが、天理教を離れた東風Z様はもう櫟本を訪ねられる事はないのでしょうか?
私自身は、今の「被包括関係」の件が落ち着いたら久しぶりに訪ねて行きたいと考えています。
 

さっちん 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 3月 9日(木)20時09分23秒
返信・引用
  有り難うございます。
一度、「月日の紋」で検索してみてください。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/12masu/12masu.html

私は、次のお話を聞いた覚えがあります。蔵本 勇さんという方のお話です。

素晴らしいたとえ話は、根分けされ多くの人々の口に乗って広がります。根分けの話も今の処、教内の著述には見つかりません。山戸長吉先生(高野友治著 天理教伝道史関東編に登場する布教師)の著書「教えの楽しみ」で私は学びました。菊は根分けをして増やします。聞いた良い話は、人に分けたいものです。話を分け与える事を、菊(聞く)の根分けに掛けているのです。(教祖の赤着の三ッ紋が十二弁の菊の紋です。教祖から聞いた話を根分けする信仰がお道です)。この本は、このような楽しい悟りが沢山説かれています。

菊根分け 後は自分の土で咲け ・・・・ 吉川英治

私は理念が教祖の信仰に合致していれば、隣のおばさんが言っても、それは尊く、人の心を打ちます。誰が言ったとしても、尊いか尊くないかを判断できることが大切です。


このお話は、まだまだ続くのですが、十二弁の菊の部分について語られたお話の部分ですので、紹介しました。

蔵本 勇氏は、毎月26日に天理市の三島会館で話し合いの場を持たれています。
 

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