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社会学での問答

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 1月17日(火)08時37分16秒
返信・引用
  >厳しい事を言わせてもらいますが、そういう古い会長さんたちには同情の余地がありませんね。
史実や事実を知っていながら、ずっと黙って本部や上級のやり方に協力してきたんですから。

誠に、その通りかもしれませんが、

古い新しいを問わず教会長の約3分の1は洗脳されています。

後、3分の1は洗脳が解けて、真実に気づいています。その人たちは黙って道を去って行くか、背反面従で生きて行くか、行動を起こすかに分かれます。

一番問題なのは一部の背反面従の会長で、自ら洗脳に加担してしまう確信犯です。

後、3分の1は洗脳が解け始め、悩んでいるように思います。

実は、会長は
「 史実や事実を知っていないのです。」
「知らされていないのです。」

余程、自身で根ほり葉ほり研究しないと真実は隠されて見えなくなっています。
史実も事実も知らない会長さんの方が遥かに多いのです。

古い会長さん方が語り始めたのは、自分自身が経験した理不尽な教団の在り方であって、教理的な史実や事実の間違いではないと思います。
語ることは不足になると、思い込まされていたのですから、今まで口を閉じていたのでしょう。

もちろん中には、たちの悪い教会長もいるとは思いますが。
 
 

Re: 社会学研究所コメント

 投稿者:噂を信じちゃった愚かな私  投稿日:2017年 1月16日(月)16時56分1秒
返信・引用
  > 天理教社会学研究所からのコメントの転載です。(中根?でしょうか)
>
> 大教会乗取り本部  2017年1月15日 8:24 PM
> 大教会乗っ取り事件の続報まだでないですかね?と 楽しみにしていたところでとうとう私も同系統の方が教区で聞いてきたらしく本部の大教会乗っ取りの話を耳にしました。
> 本部最低です!しかもその加担した方の名前も聞きました!こちらでは伏せておきますが、その面子を聞いて驚きました! 〇尾系、〇井系、そして中山系の名のある者が犯行に及んでいるようです!正直本部にはがっかりしました!こちらで真柱の中山家が金の亡者!などと書いてあって信じられませんでしたが乗っ取り事件の噂を聞いて確信に至りました!
> 本部はやはり天理教でなく中山教です!金の亡者の最低の詐欺集団!当教会系統でも結構噂になっていて「本部終わるんちやうか?」や「本部は潰れても仕方ない!」と天理教の史実を語りだす古い教会長さんもいらっしゃいました。
> 色々聞かせてもらって天理教、親神様おやさまの教えと本部が離反してることを知りなおのこと本部に悪意を感じました。私自身も本部が潰れても仕方ないと思いました。

  以前おぢば帰りした際中根の噂は間逆のことを聞かされました。噂以前には聞いたことも無かった教会名でしたので今でも記憶に残ってます。もしこの件が中根のことでしたら私も騙されてました。騙された私が情けなく思えてきました。本部は嘘を流して大教会長やその家族を追い出すという手口だと言う事は別件で聞いたことあるので私が噂を耳にした時は中根は狙われていたのでしょう。しかし乗っ取りを防衛したなら凄い教会ですね。以前も社会学さんのほうで詳細な内容読ませてもらいましたが部内の方々が守ってくれた素敵な教会だと思いました。
もし中根なら中根の皆さん頑張って下さい。応援してます!
無責任な事を言うようですが本部が悪いことをしたなら今後悪名を張られても致し方ないと思います。
はやくへんさい礼をいうなり ですね。
 

社会学研究所コメント

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 1月16日(月)08時40分33秒
返信・引用
  天理教社会学研究所からのコメントの転載です。(中根?でしょうか)


大教会乗取り本部  2017年1月15日 8:24 PM

大教会乗っ取り事件の続報まだでないですかね?と 楽しみにしていたところでとうとう私も同系統の方が教区で聞いてきたらしく本部の大教会乗っ取りの話を耳にしました。

本部最低です!しかもその加担した方の名前も聞きました!こちらでは伏せておきますが、その面子を聞いて驚きました! 〇尾系、〇井系、そして中山系の名のある者が犯行に及んでいるようです!正直本部にはがっかりしました!こちらで真柱の中山家が金の亡者!などと書いてあって信じられませんでしたが乗っ取り事件の噂を聞いて確信に至りました!

本部はやはり天理教でなく中山教です!金の亡者の最低の詐欺集団!当教会系統でも結構噂になっていて「本部終わるんちやうか?」や「本部は潰れても仕方ない!」と天理教の史実を語りだす古い教会長さんもいらっしゃいました。

色々聞かせてもらって天理教、親神様おやさまの教えと本部が離反してることを知りなおのこと本部に悪意を感じました。私自身も本部が潰れても仕方ないと思いました。
 

この掲示板の存在意義

 投稿者:再生  投稿日:2017年 1月15日(日)13時17分51秒
返信・引用
  > >天理教組織も天理教人も。
> >改革を本当にする気は無いと思います。
> >言動を行動に移す気も無いと思います。
> >天理教村社会から出る気も無いと思います。
>
>  本部や大教会などの上の方々はそうだろうな、と思います。私が神様お引き取り頂きたい、と連絡した、上級会長の反応からしても、今の天理教の体制を変えることが必要だ、などということは、全く頭に無いようでした。教えが歪曲されている、という、こちらの主張も、きちんと受け取ってはないようでした。天理教が、カルトに成り下がっている、などというようなことは、少しも思っていない、上に忠実な家来です。そして只、自分の教会を守ることに必死のご様子であります。「私らも必死に続けております。それを解って欲しい、」風なニュアンスの返事でした。そういう上の方々は、泥船と共に沈む時になって、初めて解るのでしょう。
>  天理教に未来の展望は無い、と解った方々だけでも、安全な場所に非難すればいいと思います。ネズミが沈む船から、真っ先に逃げ出すように。
> 上の方々が沈む船と運命を共にするのも、宜しいではないですか。それだけの苦しみを信者に与えた人々には、それだけの運命が待っていると思います。甘受するのが、責任の取り方でしょう。



 この掲示板を閲覧しておられる方々や正確な人数は、私には分かりません。しかし、おそらく、天理教にこれから入信しようとしている人生経験の未熟な若い方々、あるいは、私のように自ら望むことなく天理教の末端分教会にはからずも生を受け、天理教一色の環境で幼児期から純粋培養(表現に語弊はあるとは思いますが、敢えて、こうした表現を使わせていただくことをご了承ください。)も、おそらく、この掲示板をご覧になっていることだろうと思います。
 以下に述べるのは私個人の考えであり、決して自分の思いや考えを押しつけるわけではありません。「信教の自由」は、日本国憲法で保障されていますので、天理教に入信されようが、されまいが、他宗教を信仰されようが、あるいは、全くいかなる宗教にも関わること無く、自らの良心を拠り所として、これからの人生を生きようとされている若い方々もおられることと思います。そうした方々にとって、この掲示板を読まれることは、プラスにこそなれ、決してマイナスにはなりません。決して、今の天理教に騙されないでください。天理教に入信される堅い意志をお持ちの方々は、「今の天理教を何とかして改革しよう」「何とかして正常に戻したい」という気概と覚悟をお持ちください。私からのお願いです。
 

神様のお話し

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 1月15日(日)12時06分30秒
返信・引用
  以前書かせて頂いたように、当教会(父が会長)の月次祭では、私が用意したレジュメを基に他宗教なども参考にして「神様のおはなし」を1時間ほど皆で話し合っております。
前回は「人だすけ」についてです。

(要約)

人助けにも色々な段階やレベルがあります。
・人に親切にする(電車でお年寄りに席を譲る、転んだ子供を慰める、等)
・ボランティアや地域の清掃活動に参加する
・募金や寄付(タイガーマスク運動、私財を投げて地域のために子供食堂や地域の施設を造る、等)

では、教祖様が教えてくれた月日親神の御心に沿った「皆が陽気にくらせる世にする人助け」とは何をすることでしょう?

例えば、昨年ニュースでも取上げられた「電〇(日本最大手の某広告代理店)の女子社員自殺」の一件では多くの意見が出ています。
「自殺する位なら辞めればいいのに」
「自殺する前に誰かに相談できなかったのか?」
「過去にも自殺者がいたのだから行政は対応できなかったのか?」
現在、行政の監査がはいり、社長が引責辞任し、社内のチェックや改革が行われています。

自殺した本人は、自殺前に様々なメッセージを周囲に投げていました。
仕事がキツイ、休みがない、辛い、などなど・・・。
これに対して周囲はどんな反応をしたでしょうか?

家族や周囲の人たちの今の様子や意見などは取材されていますが、自殺前にどんな話をしたかはニュースになっていませんし、誰も語りません。

私の予想ですが、
中には「辛かったら辞めてもいいんだよ」と言った人が居るかもしれません。
でも、大多数は、「頑張れ」「せっかくイイ会社に入ったのだから勿体無い」「他の人は頑張ってるんだから我慢しろ」「苦労を越せば楽しみが見えてくるよ」等と言ってはいなかったでしょうか?

その結果、自殺者という犠牲が出て初めて「会社が悪い」という意見にかわりました。
仕事を怠けていいとかサボっていい、等と言うつもりは毛頭ありません。
本人が一生懸命仕事に取り組み、真面目に生きているのに、全く生きがいもやり甲斐も感じられずに「喜べない毎日」を過ごさざるを得ない会社会に問題はないだろうか、という考えです。

今現在も、自殺までに至らなくても、仕事がきつい、辛い、と訴える人は大勢います。
会社や仕事の問題で、鬱病になったり精神的肉体的にバランスを崩す人も大勢います。
私たちは、その人たちに「どんな言葉」を掛けてあげることが出来るでしょうか?
私たち(この教会の少数の人間)が声を上げても、会社や世の中はそう簡単には変わらないでしょう。
でも、少しでも多くの人が、同じように考えてくれる人が集まれば、何か解決策や人を苦しめる原因を取り除くことが出来るかもしれません。
今現在は、個人個人が「他人に親切にする程度の人助け」しかできないかもしれませんが、まずは月日親神の御心を心に納め、自分の身の回りの「出来ること」に取り組みながら、大きな問題は皆で考えて行きましょう。

(ついでですが、教祖様が「不思議な力や病だすけの魔法のようなもの」を持っていたというような話は否定させて頂きました。)

 

(無題)

 投稿者:退職信者  投稿日:2017年 1月13日(金)08時11分12秒
返信・引用
  >大掃除に伴う怪我

生半可な事では済まないと思っています。

おふでさき16号

75 もう今日はなんでもかでも見えるでな 刻限来たら 月日連れ行く

76 今日の日はもう充分に詰んで来た 何時連れに 出るや知れんで

77 連れ行くも一寸の事では無いほどに 多く見えるが 誰も 知るまい

多く見えるが 「だれも しるまい」
 

(無題)

 投稿者:TW  投稿日:2017年 1月12日(木)17時37分33秒
返信・引用
  神が出て何かいさいを説くならば世界一列勇むなり。

再び、地場に神が出て、何かいさいを説いて下さる時代が来ている事にワクワクしますが、

同時に、大掃除に伴うお怪我がなるべく少なく済むように願うばかりです。

 

(無題)

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月11日(水)15時54分50秒
返信・引用
  >天理教組織も天理教人も。
>改革を本当にする気は無いと思います。
>言動を行動に移す気も無いと思います。
>天理教村社会から出る気も無いと思います。

 本部や大教会などの上の方々はそうだろうな、と思います。私が神様お引き取り頂きたい、と連絡した、上級会長の反応からしても、今の天理教の体制を変えることが必要だ、などということは、全く頭に無いようでした。教えが歪曲されている、という、こちらの主張も、きちんと受け取ってはないようでした。天理教が、カルトに成り下がっている、などというようなことは、少しも思っていない、上に忠実な家来です。そして只、自分の教会を守ることに必死のご様子であります。「私らも必死に続けております。それを解って欲しい、」風なニュアンスの返事でした。そういう上の方々は、泥船と共に沈む時になって、初めて解るのでしょう。
 天理教に未来の展望は無い、と解った方々だけでも、安全な場所に非難すればいいと思います。ネズミが沈む船から、真っ先に逃げ出すように。
上の方々が沈む船と運命を共にするのも、宜しいではないですか。それだけの苦しみを信者に与えた人々には、それだけの運命が待っていると思います。甘受するのが、責任の取り方でしょう。
 

moto shinja の仰るとおりですね。

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 1月11日(水)10時32分43秒
返信・引用
  信仰をやめて早5年。やめるに際して会長からさんざん云われた嫌味と脅しの数々。それも病気になってからのこと。信仰やめても病気もスッキリと治り今は快適。さらに、不思議なことに50歳近い独身の長男に若い娘が嫁入り。
それでも会長は時々様子を尋ねてくる。すると、それも先祖の信仰のお陰と云う。だったら、辞めた当初に云っていた「病気のご守護も頂けないし、とんでもないことになるよ」の発言は何だったのかと問いたい。
少なくとも、人を騙す信仰に入信させるようなことはしないでほしい。
信仰を辞めたいという人には、素直に受け入れてあげてください。信仰をやめた者からのお願いです。
 

(無題)

 投稿者:行動してます  投稿日:2017年 1月11日(水)09時35分14秒
返信・引用
  「海面近くを泳ぐ魚は
背中が青く
おなかは白いのです
上から見下ろす海鳥に見つからぬよう
下から見上げる大きな魚に見つからぬよう
という神様の親心を感じます

でも魚は
守られていることに
気づかず泳いでいます」

これの何が神様の親心なんですか?
これはこの魚からの視点でしかないでしょう。
このような天理教の喩え話が大嫌いです。
 

(無題)

 投稿者:行動してます  投稿日:2017年 1月11日(水)09時28分48秒
返信・引用
  この掲示板に投稿されている人、掲示板の読者の人、それぞれに行動されていると思います。
私は読者でした。
でも、すでに行動はしています。

多くの人はこの掲示板も「天理教社会学研究所」の記事も見ていないでしょう。
しかし確実に教団内の空気は昔と違うことは分かっているはずです。
そこにここで覚醒した人たちがそれぞれの立場で行動するのですから、教えで抑圧されて来た人たちは自分が信じてきたことに疑問が生じます。
内部崩壊が始まっています。

ここに来る人は、投稿しっぱなし、読みっぱなしではないですよ。
 

無題

 投稿者:はぐれ雲  投稿日:2017年 1月11日(水)00時06分12秒
返信・引用
  > 掲示板で意見を述べても
> 多くの人は見てくれません
> 伝わりません。
>
> 改革を本当にする気がなるなら
> 行動することです。
> 外に出ましょう

天理教組織も天理教人も。
改革を本当にする気は無いと思います。
言動を行動に移す気も無いと思います。
天理教村社会から出る気も無いと思います。

天理教人自身が、なぜ天理教を信仰していているのか悩んでいるのかもしれません。
天理教を信仰することに、疲れているのかもしれません。
自身に嘘をついて、信仰することに疲れているかもしれません。
でも、拠り所として依存をしてるのが現実なのではないかと思います。

天理教人自身のする天理教信仰なのに。
天理教を信仰する、意味も意義も定かでない。
天理教を信仰する、熱量も志もさほどにない。
でも。
天理教村社会に、身を置き。
波風を立てぬように、惰性でほどほどに信仰する。
画面の中で、投稿する程度が丁度いいのだと思います。

最近に半年振りに。
お供え掲示板、社会学ブログにアクセスして見て。
以前よりも掲示板ブログを、読む人興味をもつ人達も減ってきている気がします。
投稿される方々も、以前はもう少し様々な方々の声があったような気がしますが。

社会世間の中で、天理教はすでに風化してきています。
天理教は、昔に散々に土地や金を巻き上げ。
今は社会や若者に見捨てられた、カルト集団に近い認識かもしれません。
僕の住む地域には、天理教の存在すらほぼありません。

天理教人の中でも。
お供え掲示板、社会学ブログも。
見て読んでる人は少ないと思いますが。
少ない中でも、風化して行っているのかもしれません。
天理教人の中で、天理教自体が風化しているのかもしれませんね。

天理教の問題を提議してるサイトは幾つもあります。
投稿を読んで、人それぞれに感じると思います。
そして、天理教人の声を。
冷めて見てる天理教人がいるのも現実だと思います。
ネットの中でも、天理教から離れ風化して行くものだと思います。

現実には、人助けと唱えつつも。
同教内の同信仰を持つ方々の、助けも出来ていないのが天理教です。
狭い村社会が、さらに狭く天理教人を苦しめていきます。
そして、天理教信仰していない家族や若者も巻き添えになってもいます。

分派は別として。
ここ数十年天理教内で、天理教の革命を唱え。
まとまった抗議行動、討論会演説会は、今までにあったのでしょうか。
社会学のコメント欄の中に。
デモを起こせば、本部の思うつぼ…だとか、何名かの方々が投稿をしてありました。
何が本部の思うつぼ…なのかは、僕には理解はできませんでしたが。
デモの受け取り方も、各々ですが。

もし天理教内で革命が起こり、規模は縮小されど。
修正し、社会に広く受け入れられる組織に成っていれば。
天理教は、一歩先に出でた宗教団体として。
社会から、称賛されていたかもしれません。

そして、抗議行動が成功でも失敗でも。
行動を起こすことによって。
社会や世論は、天理教に注目してくれたかもしれません。
天理教内で挙がる理不尽に対する声を、社会や世論は受け止めてくれたかもしれません。
行動に移したことを、人は受け止めてくれると思います。

言葉に求めすぎ行動には移さない、信仰に依存する天理教の年輩者や大人達をみて。
若い世代は、諦めや失望を持ち、天理教から離れて行くのも現実だと思います。

僕は、天理教者ではありませんが。
天理教を信仰する大人達に、散々な理不尽を押し付けられ。
尻拭いもさせられた上に。
自身の生涯にに消えない大きな後悔と恨みと怒りを。天理教の大人達に持ちましたました。
天理教の大人達は、自身に反省することもなく。
詫びることもなく、責任も持ちませんでした。

天理教は、超高齢化村社会です。
抗議行動を起こせとは求めませんし、起こす志もないでしょう。。
天理教の若い世代に革命も求めません。

天理教は沈んで行く泥船です。
一緒に沈むか、切り離し自身の人生を歩むか。
本部員の子供であれ、教会の子供であれ。
選択肢は、個人各々に持っています。
個人に与えられた、個人の人生ですから。
天理教の年輩者や大人達の独り善がりに。
若者や次世代を巻き添えにして欲しくはありません。

天理教に関わる若者達も。
毒されることなく、臆することなく。
若者らしく、自身の言葉や感性を発して。
若くやり直しのきく、自身の可能性を。
自分の人生に、社会に、求めて欲しいと願います。

投函されていたチラシの言葉。
天理教が作成したチラシですよね。
とても素晴らしい言葉の文章ですが、天理教がその文章通りに歩んでいるのかどうなのか。
天理教がその文章を伝えて、天理教人は何を思うのか。
天理教がその文章を世間に発することに、恥ずかし味や反省はないのだろうか。

それてまとまりのない、僕個人の感情な長文を失礼致しました。










 

Re: 投函されたチラシ

 投稿者:moto shinja  投稿日:2017年 1月10日(火)22時19分4秒
返信・引用
  > No.2581[元記事へ]

> 掲示板で意見を述べても
> 多くの人は見てくれません
> 伝わりません。
>
> 改革を本当にする気がなるなら
> 行動することです。
> 外に出ましょう

おっしゃりたいことはわかりますが、前にどなたかが
書かれていたように、少数の志ある関係者が掲示板を
閲覧して勇気づけられたら、それで十分役割は果たしています。

そして単なる通行人Aさんが傍観者的批評をしている間に、
そうした志ある人達はそれぞれの仕方で行動を始めていますよ。
 

投函されたチラシ

 投稿者:通行人A  投稿日:2017年 1月10日(火)09時55分46秒
返信・引用
  以下のようなチラシが入っておりました。


神様の親心

海面近くを泳ぐ魚は
背中が青く
おなかは白いのです
上から見下ろす海鳥に見つからぬよう
下から見上げる大きな魚に見つからぬよう
という神様の親心を感じます

でも魚は
守られていることに
気づかず泳いでいます

私たちも一人残らず
神様のご守護を受けて
暮らしていますが
気づかない人も大勢おられます

中には反対する人も……
「反対するのも可愛いわが子」これが
親神様の
人類に対する御心なのです

掲示板で意見を述べても
多くの人は見てくれません
伝わりません。

改革を本当にする気がなるなら
行動することです。
外に出ましょう
 

溺れる者は藁をもつかむ

 投稿者:再生  投稿日:2017年 1月10日(火)09時50分17秒
返信・引用
  > みなさま新年明けましておめでとうございます。
>
> > 数年前、「設立○○○年をもって閉じることにし、すでに手続きは完了した」との事後報告の連絡がありました。(実家から)「あー、実家がなくなるんだ!」とまず思いましたが(土地建物は宗教法人名義になっていましたから)仕方がないなと報告を受け取りました。
>
> kazuさんの投稿を読んで胸が痛くなりました。
> 皆さんの投稿の中でもあらためて分かったのですが、天理教は一回やったら
> 止めように止められなくなる地獄の鉄鎖のようなシステムを作っています。
> でも、その責任の一端は自分たちの側にもあるようにも思います。
>
> 第一に、後先考えずに、熱心な先祖が教会を設立してしまったこと。
> (自分が助かるということと自分が教会を造ることは別のこと。造る必要は無かった。
>  また自分の助かりと自分の家族、子孫とは別であることに思い至らなかった。)
> 第二に、その教会を宗教法人にしてしまったこと。
> (自分たち家族身内だけで信仰するなら法人格を取らなくてもよい。
>  法人格を取ると、煩瑣な法的規則にしばられる。
> 第三に、その教会を教会本部あるいは大教会に寄進し、彼らの名義にしてしまったこと。
> (これにより宗教法人を解散しても、土地建物は自分のところにもはや戻ってこない。)

>
> そのため教会を止めたくても止められない状況に、自分たちで自分たちを
> 追い込んでしまい、止めるときでも大教会や本部は痛い思いはせず、
> 痛みは止める人たちにだけかかってくるということになります。
> あまりにひどい、あこぎなシステムではないでしょうか。

> 古い教会長さんだったでしょうか(?)以前書いておられましたが、
> こういうシステムは本部の中の智慧者が思いついたのでしょうね。
>
> >  しかし、この自分もまぎれもない私の一部です。この自分に向き合い、消化しなくてはならない、いえ、消化したいと思いました。消化すべく行動に移していく、その過程の中で(今も過程です)この掲示板にも出会いました。
> >  皆さまお一人お一人の真摯なご投稿を読ませていただき、あらためて、人間の、個人の尊厳に触れる思いです。私自身の消化の旅も進んでいるように感じる今日この頃です。
> >  新しい年の初めにあたり、管理者さま、皆さまに心より感謝申し上げるとともに今後もよろしくお願い申し上げます。
>
> がんばってください! この掲示板のメンバーはみな応援団です。


    再三、ひきあいにだしますが「溺れる者は藁をもつかむ」という有名な諺があります。天理教に入信された方々の多くは、皆それぞれ、やむにやまれない様々な事情により入信されたのだと思います。中には天理教の教えは素晴らしいと感銘を受け入信された方々もおられるかもしれませんが・・・・。
 人間は自分の力ではどうしようもない「やむにやまれない状況」に追い込まれた時、考えることは、その状況からとにかく逃れたい、脱出したい、とにかく自分が先ず助かりたいと考えるのではないでしょうか? まさに「溺れる者は藁をもつかむ」という心境になると思います。自分の子孫の事も含め自分以外の事に思いをはせる「心のゆとり」など無くなってしまいます。そうした心境に追い込まれ、様々な新興宗教にのめり込んで騙され、ひどい目にあわれている方々が多いのではないでしょうか? オウム真理教の信者の方々の多くも例外では無いと思います。
 そうした「人間の弱み」につけこんでくるのが、いわゆるカルトであり、暴力団であり、その他アコギな輩達だと思います。私は本来の天理教はカルトでは無かったと考えていますが、今や限りなくカルトに近い状態に成り下がってしまったと思います。どうして現在のような状況になってしまったのかという事は、この掲示板の投稿者や読者の方々は十分お分かりだと思いますので、あえて申し上げません。
 私の先祖も「やむにやまれない事情」により天理教に入信しましたが、入信した際の心情を鑑みると先祖を責める気持ちにはなりません。私の実家の家屋敷も天理教教会本部に「献上」されてしまいましたので、やむを得ず、私はなけなしの退職金で別の町に中古住宅を購入し、妻と2人で暮らしています。実家の教会で両親が暮らしており、家族が分裂した状態です。私が教会を継がないことを決心した理由は、現在の天理教につくづく嫌気がさしたからです。しかし、どうにかして本来の天理教に「再生」してほしいという切なる思いで、この掲示板に自らの思いを徒然なるままに投稿させていただいています。
 

Re: (無題)

 投稿者:moto shinja  投稿日:2017年 1月 5日(木)16時13分40秒
返信・引用
  みなさま新年明けましておめでとうございます。

>  数年前、「設立○○○年をもって閉じることにし、すでに手続きは完了した」との事後報告の連絡がありました。(実家から)「あー、実家がなくなるんだ!」とまず思いましたが(土地建物は宗教法人名義になっていましたから)仕方がないなと報告を受け取りました。

kazuさんの投稿を読んで胸が痛くなりました。
皆さんの投稿の中でもあらためて分かったのですが、天理教は一回やったら
止めように止められなくなる地獄の鉄鎖のようなシステムを作っています。
でも、その責任の一端は自分たちの側にもあるようにも思います。

第一に、後先考えずに、熱心な先祖が教会を設立してしまったこと。
(自分が助かるということと自分が教会を造ることは別のこと。造る必要は無かった。
 また自分の助かりと自分の家族、子孫とは別であることに思い至らなかった。)
第二に、その教会を宗教法人にしてしまったこと。
(自分たち家族身内だけで信仰するなら法人格を取らなくてもよい。
 法人格を取ると、煩瑣な法的規則にしばられる。)
第三に、その教会を教会本部あるいは大教会に寄進し、彼らの名義にしてしまったこと。
(これにより宗教法人を解散しても、土地建物は自分のところにもはや戻ってこない。)

そのため教会を止めたくても止められない状況に、自分たちで自分たちを
追い込んでしまい、止めるときでも大教会や本部は痛い思いはせず、
痛みは止める人たちにだけかかってくるということになります。
あまりにひどい、あこぎなシステムではないでしょうか。
古い教会長さんだったでしょうか(?)以前書いておられましたが、
こういうシステムは本部の中の智慧者が思いついたのでしょうね。

>  しかし、この自分もまぎれもない私の一部です。この自分に向き合い、消化しなくてはならない、いえ、消化したいと思いました。消化すべく行動に移していく、その過程の中で(今も過程です)この掲示板にも出会いました。
>  皆さまお一人お一人の真摯なご投稿を読ませていただき、あらためて、人間の、個人の尊厳に触れる思いです。私自身の消化の旅も進んでいるように感じる今日この頃です。
>  新しい年の初めにあたり、管理者さま、皆さまに心より感謝申し上げるとともに今後もよろしくお願い申し上げます。

がんばってください! この掲示板のメンバーはみな応援団です。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 1月 5日(木)00時36分57秒
返信・引用
      昨年は皆様の様々な御意見を読ませていただいてありがとうございました。また拙い意見を書き込ませて頂きありがとうございました。
  今年も様々な御意見を読ませて頂き書き込ませていただけたらありがたいです。

  
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 1月 4日(水)21時18分14秒
返信・引用
    さっちん様

  分かりました。聞いていただいてありがとうございます.
  あまりしつこく言うのはやめます。ごめんなさい。
  後、2代真柱様のお話ですが、若者が大勢病気や戦争で亡くなることに、皆が危機感を覚えた時代であったことも背景の一つだったのでしょうか。
布教というものは危険を伴う。これは真柱様のお言葉で、だからその危険を伝える目的で天理参考館を作られたそうですね。
布教の中で命を落とされて来られた方々も大勢おられるでしょう。
  真柱様には様々な日本や海外の状況が伝わり、また知らなくてはいけなかったため、外国語を学ぶ学校を作られたのでしょう。
  昨日ネットで2代真柱様がまだ青年時代に御覧になったであろう海外の写真を見て寝付けなかったです。
 

(無題)

 投稿者:kazu  投稿日:2017年 1月 4日(水)20時33分14秒
返信・引用
  数年前、「設立○○○年をもって閉じることにし、すでに手続きは完了した」との事後報告の連絡がありました。(実家から)「あー、実家がなくなるんだ!」とまず思いましたが(土地建物は宗教法人名義になっていましたから)仕方がないなと報告を受け取りました。
 ところが、それで終わらなかったのです。日増しに喪失感というか持って行き場のない感情が沸き立つのです。自分が自分に裏切られていくようでびっくりしました。(10代の終わり頃から天理教と関係なく生きる選択をし生きてきましたから)
 しかし、この自分もまぎれもない私の一部です。この自分に向き合い、消化しなくてはならない、いえ、消化したいと思いました。消化すべく行動に移していく、その過程の中で(今も過程です)この掲示板にも出会いました。
 皆さまお一人お一人の真摯なご投稿を読ませていただき、あらためて、人間の、個人の尊厳に触れる思いです。私自身の消化の旅も進んでいるように感じる今日この頃です。
 新しい年の初めにあたり、管理者さま、皆さまに心より感謝申し上げるとともに今後もよろしくお願い申し上げます。
 

(無題)

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月 4日(水)18時27分21秒
返信・引用
  「天理教あるあるbot(ほぼ手動) 」さんという方からのツイートです。
「お供え」に転載してもいいですか?と伺いましたら、「全然大丈夫ですよ。」ということでしたので。 (≧m≦)ぷっ!

 『確かに二代さんはカリスマだったけど酒と女にえげつなかった話はよく聞くし、お葬式には何処の子かも分からない大勢の子供らがわらわらと「お父さん!」と叫びながら棺に縋り付いたというのは有名な話。』
 

匿名です 様

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月 4日(水)15時24分21秒
返信・引用
  「嫌です!」(笑)
そんなことしてる余裕がない、といいましょうか。母にさせるなら、リハビリの方です。無理やり「12下り」をさせて、歩けるようになりますか? 私は「12下り」が、それほど万能とは思いませんので。こけて大腿骨骨折などして、寝ねたきりになるのがオチです。
 お気持ちは有り難いですが、母のことは、こちらの考えでしますので。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 1月 4日(水)09時39分35秒
返信・引用
  遅ればせながら、皆様、明けましておめでとうございます。

昨年は、本掲示板と社会学掲示板で様々なご意見・お考えを学ばせていただき、また、自身好き勝手な解釈を書かせていただいた中で自分自身の考えを整理する事ができたように思います。
天理教に感じていた長年の疑問や矛盾も明確になったり解決する中で、教義も「点の解釈」から「線の解釈」が可能になり、教祖様の教えを体系づけて考えられるようになってきました。
これもひとえに、両掲示板の皆様のおかげだと感謝申し上げます。


種 様

ご意見ありがとうございます。

>「現実に行動を起こして助ける神のような心をもった人になり、社会を改革しなさい」

補足説明のようになりますが追加です。
「社会を改革しなさい」といっても、教祖様の道すがらを考えれば、当然のことながら「革命を起こせ」とか「なんちゃら運動をしろ」だの「政治活動をして日本を変えろ」ではありません。
現在のこういった活動をしている団体や組織は、ほぼ全て政治色が強く、利権や既得権益と結びついた「高山」になっているのは明白です。
また、「親神の思し召し」が「全ての人が陽気に暮らせる社会建設」なのですから、特定分野や偏った方向での「世直し」でもないことは明らかでしょう。
つまり、教祖様の教えはもっともっと過激なんですね。
勿論、暴力や腕力や数の力等で「無理強い」をするものでもありません。

この場で細かい説明は控えますが、頭の中を整理していずれ何らかの形で出したいと思います。

また、間もなく父の手術から1年、そろそろ上級も焦れてきたのではないかと思われます。
変に騒がれたり要求される前に、上記の教祖様の教え(私個人の解釈ではありますが)を基に、教会自体の刷新と人助けの道を具体的に進めたいと考えています。(とはいえ資金不足が頭痛の種で、建物その他は何も手が入れられませんが・・・)


ということで、新年のご挨拶とさせていただきます。
皆様、本年もよろしくお願いします。
 

Re: 心震える言葉に

 投稿者:はぐれ雲  投稿日:2017年 1月 4日(水)07時40分7秒
返信・引用
  ぶたまんさん。
コメントありがとうございます!!
以前の投稿の語尾のクエッションマークは。
いわゆる、文字化け…というものでした。
僕はアナログ人間なので、ネットにはとても疎いところがあります。

掲示板、社会学ブログにアクセスして。
ぶたまんさん、退職信者さんの投稿を、何度も読み返して考えてみたり。
自身の投稿も読み返して。
自身にブレがないか、自身の伝えたいことが、伝えたい言葉になっているか確認してみたりです。

> 私も何も多数派の意見が正しい(正常な)意見であるとは限らないということは知っています。
> ガリレオーガリレイは地動説を唱えたために、裁判にかけられて、多数の圧力によって「太陽が地球の周りを回っている」と言わされました。
> 当時は地動説はごく少数の意見でした。が、今ではこちらが正しいということは世の常識になっています。
> ですから、世に受け入れられて多数派となると言っても、何もオベッカを使ったり揉み手をしてへつらってまでする必要はないです。理にかなった正しい教えは、人さんから「なるほど」とうなづいてもらえるハズです。その時はうなづいてもらえなくとも「いずれだんだん」解ってもらえるでしょう。

> 天理教が百年たっているのに少数派の方に追いやられようとしている、ということはやはり寂しいですね。
> 社会的支持を得ていないことになるのですから。
> 天理の教えそのものは社会的支持を得るに値するものであることは、例えばオウム真理教なんかと比べてみてもわかるでしょう。
> 「どのようなむつかしくなるやまいでも これなをらんというでないぞや」
> とお筆先にあるのですが、このお歌の中には、助けよう助けようとする崇高な気持ちが十分こめられているのが解ります。これは難しい病だ。並み大抵のことではない。しかし、あきらめることはできない。最後の最後まで助けようとするのだ、という親心があります。忍耐と愛と謙虚さがあります。

> 天理教がよき教えだと、言葉だけで言うのはとても簡単なことです。どうか行いによってそれを証明していただきたく思います。

僕はお筆先などは、ほとんど覚えておりません。
当時は、ただの棒読みでしかありませんでしたし。
でも、ぶたまんさんや退職信者さんなどの方々が。
お筆先などを引用し、言葉にのせると。
とても、伝わり方がスッと入ってきます。
不思議なものですね。

中山みきの残した言葉や感性は。
深くとも浅くともに、とても素晴らしいものだったと思います。
でも、中山みきの伝えたい想いと天理教は。
まるで別物のような、対極図のようになっています。

権力的な天理教人が、親神、中山みきを口にするほど。
とても、薄くもあり、逆に侮辱にさえも思えてしまいます。

天理教とは、日本国であり、社会の中の極一部分な宗教組織であり。
社会世間一般は、天理教人を見て、天理教を判断します。
社会や世間一般が、カルト認識と判断するのということは。
天理教はカルトには違いはないのです。
いつまでも、天理教の異質な村社会に閉じ籠ってる場合でも、天理教の村社会を守ってる場合でもないのです。
宗教団体に属し染まると。
世間からズレることや。
教えと云うものに沿い、不可解な苦労を通ることを、信仰と勘違いする傾向があります。
生まれ持った力や、可能性の使い方を間違ってしまいます。
間違いを教内で正せないのであれば。
そんな薄っぺらい天理教心は社会には響かないし、必要ともされない。
天理教の人助けとは、恩着せがましい、有り難迷惑になってしまいます。

確かに、中山家系統、血筋などで構成される。
本部上部は、無能を通り越し、確信的な犯罪集団として変わりはありません。
やり逃げを決め込んでいるので、周囲の声など聞く耳も持たないでしょう。

天理教人もネットの中で、告げ口のような投稿を繰り返してるばかりでなく。
天理教の現場で、凛として伝えるべきなのです。
自身が天理教信仰に、心を持っているのであれば。
信仰者として、理も筋も堂々と通せばいいのです。
天理教に心あらずとも、人として筋を通せばいいのです。
教えも心も理も、現場で育っていくものです。

ただ、天理教人の半数以上、もしくは八割近くは。
天理教に対し、心を持ってはいないと思われます。
天理教に対し、求める心は持っていないと思います。
天理教人が天理教に疲れているのだから。

でも、理不尽には理不尽だと、対で面に向かって伝えるのです。
年輩者大人達が、若者や子供達に。
魅せて残さなければならないこどが、沢山にあるのです。
そして私たちは、生きているし生きていくのです。
神様に生かされているのではなく。
自分の意思で生きているのです。
だから、自身の思案や言葉で伝えて行くのです。
今日も明日も明後日も…。

これからも、多種多彩な沢山の声が集まる場になりますように。
そう願います。









 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 1月 4日(水)02時00分34秒
返信・引用
    さっちん様

  全部とは申しません。お母様のなさりたいだけしていただいたらよいかと思います。
  足も動かなくなる前に、さっちん様が動かしてさしあげたらよいかと思います。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 1月 4日(水)01時54分33秒
返信・引用
    さっちん様

   丁寧に御返答下さってありがとうございます。
   しかし、手をひいて立って頂くのも難しいのですか?
  両脇を支えて立って頂くのも難しいですか?全く立てないとしても座ったままでも出来ることもあると思います。
    押し付けばかりすみません。しかし、さっちん様は嫌なら嫌とおっしゃるので、ついついつっこんでしまいます。
 

匿名です 様

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月 3日(火)23時31分34秒
返信・引用
   12下りを通してやると、何千歩か歩くことになりますから、毎日ウォーキング代わりにやると、健康に非常にいいでしょうね。身上のご守護を頂ける(元気になる)のは、確かであると思います。
 でも母はもう自力では歩けませんので、連れ帰って一緒にやるのは無理なようです。ご心配有難うございます。
 

天理教の再生は可能か?

 投稿者:再生  投稿日:2017年 1月 3日(火)18時42分15秒
返信・引用
   一昨日の1月1日元旦、私は妻と2人で東大寺に初詣に行く途中、「おぢば」に立ち寄りました。昭和40年代の前半、私がまだ小学生だった頃、毎月1日が父が現在、末端分教会長を努める教会の月次祭があった都合上、1月2日に家族で「おぢば」に初詣に参拝するのが恒例でした。その当時、教会本部の神殿や境内地、天理本通り商店街は人であふれかえり、神殿前の東西の通りでは露天商が所狭しという程、商売をされていました。境内地の総合案内所では迷子の呼び出しが頻繁に放送されていました。今となっては懐かしい思い出でもありますが、過去と現況を比較すると、あまりにもギャップが大きくショックさえ感じました。
 一昨日、立ち寄った「おぢば」は、私の小学生時代と比べると、あまりにも参拝者が少なく、また、天理本通り商店街は半数以上の店舗がシャッターを下ろされ、人通りも大変少なく、かつて賑わっていた露天商も半数以上減り、細々と営業されていました。唯一、盛況に営業されていたのは、商店街の某スタミナラーメン店であり、私達はその某スタミナラーメン店で食事をして東大寺へと向かいました。さすがに東大寺や奈良公園周辺は、初詣の人達や国内外の観光客で大変な混雑でした。つい先ほど私達が目にした「おぢば」の状況とのギャップに再度、ショックを受けました。
 前置きは長くなりましたが、私が感じたことは、天理教の信者は激減してしまったということです。天理教教会本部はこの現実をどのように把握しているのでしょう。私は天理教の再生を願い、「再生」というHNを使わせていただいておりますが。はたして「天理教の再生」は、はたして可能なのか?という思いを抱かずにはおられない元旦の1日でした。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 1月 3日(火)13時52分32秒
返信・引用
    さっちん様

  お母様を外出でお家に連れ帰り12下りを一緒に踊ってみていただけませんか?
  私はいろいろな意味の一つの意味にそれがあると思っています。
  一緒に繰り返し何日も、12下りを踊っていただけませんか?
 

(無題)

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月 3日(火)01時21分13秒
返信・引用
  今日、介護施設での、頭の呆けかけた母との会話

母 「家を社長に取られてしまったんやろ。権利証がなくなってるやろ。早よ、登記を調べてみて。」

私 「そんなことが有る訳ないやろ。家を取られてしまってたら、私がここに来てたりする訳ないじゃないの。」

母 「いいや、あんたは呑気なから、気が付いてないのよ。」

私 「どこの社長が、うちの家を取ったいうの?」

母 「あの社長よ。(男のヘルパーさんを目で示す。)」

私 「あの人はこの施設のヘルパーでしょ。」

母 「バカやね。あの人が取ったのよ。」

私 「しっかりしてよ。そんなことある訳ないやろ。」

母 「前に、親会長さん(先々代上級会長)から、「家の名義を天理教にしとき。ほしたら、他人に取られる心配はないから」、いうて、再三言われよったんやけど、今からでもそうしてもらうかね。」

私 「そんなこと言われとったの?」

母 「何べんか、言われたのよ。名義を天理教にしとったら、固定資産税も払わんでもええ。安心だから、そうしい、いうて。 他人に取られたらいかんから、いうて、天理教に名義を変えて貰った人、何人もいたんよ。」

 私の父は商売の才覚も無いのに、あれこれ、いろんな仕事に手を出しては失敗し、親から譲り受けた不動産や資産を、殆ど他人に取られてしまったのだが、多分その頃、先々代上級会長に、上のような事を言われていたのだろう。 只、先々代上級会長が、全くの親切で言ったのか、うちの不動産を天理教のものにしたい、という下心もあってのことだったのか、そこまでは解らないが。
 

Re: 心震える言葉に

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 1月 2日(月)10時45分12秒
返信・引用
  > No.2560[元記事へ]

はぐれ雲 様
1月1日にレスをいただきまして、ありがとうございます。
とても丁重なコメントでしたから恐縮していましたが、1月2日に「?」のことでお詫びをいれられている
のを見て、ひょっとして私メ等のレスをさらに期待されているのではないかと思いました。
サイトを何度かのぞかれた後、レスがないので、ちょっとイラッとされて、「?」のことでお詫びをいれ
られたんじゃないかという気がしたのです。そこで、私メも思い切ってご返事をさしあげることにいたしました。

コメントの中にあった
> 天理教も社会で受け入れられる、多数派であるべき宗教団体のはずなのに。
> 閉鎖的な天理教村社会を作り上げ。
> 社会から受け入れられない天理教を造り上げてしまっています

 ↑ここに大事な一つのテーマがうまく要約されていると思います。本部の方々も、もし読まれていたらどうか
ここを重視するようお願いいたします。

私も何も多数派の意見が正しい(正常な)意見であるとは限らないということは知っています。
ガリレオーガリレイは地動説を唱えたために、裁判にかけられて、多数の圧力によって「太陽が地球の周り
を回っている」と言わされました。
当時は地動説はごく少数の意見でした。が、今ではこちらが正しいということは世の常識になっています。

ですから、世に受け入れられて多数派となると言っても、何もオベッカを使ったり揉み手をしてへつらって
までする必要はないです。理にかなった正しい教えは、人さんから「なるほど」とうなづいてもらえるハズで
す。その時はうなづいてもらえなくとも「いずれだんだん」解ってもらえるでしょう。

天理教が百年たっているのに少数派の方に追いやられようとしている、ということはやはり寂しいですね。
社会的支持を得ていないことになるのですから。

天理の教えそのものは社会的支持を得るに値するものであることは、例えばオウム真理教なんかと比べてみて
もわかるでしょう。
「どのようなむつかしくなるやまいでも これなをらんというでないぞや」
とお筆先にあるのですが、このお歌の中には、助けよう助けようとする崇高な気持ちが十分こめられているの
が解ります。これは難しい病だ。並み大抵のことではない。しかし、あきらめることはできない。最後の最後
まで助けようとするのだ、という親心があります。忍耐と愛と謙虚さがあります。

しかし、オウム真理教は「(オウム真理教に)反対するものはポアせよ(殺せ)」と言っていました。
ここには傲慢しかありません。

天理教がよき教えだと、言葉だけで言うのはとても簡単なことです。どうか行いによってそれを証明していた
だきたく思います。
はぐれ雲様のレスになったかどうかわかりませんが、今の気持ちをここに投稿させていただきます。

http://()

 

匿名で失礼します様。

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 1月 2日(月)07時31分42秒
返信・引用
  >お金を欲しがっているのは、人間「中田善亮」なのです。

以前、愛町の初代会長に

「なぜ、愛町はお供えが沢山集まるのですか?」

と聴いた人がありました。すると、

「僕は、お金の話はしたことがないよ。」と・・・

「でも、天理教はお供えが大事なのではないのですか?」問い直すと、

「あれは、会長が欲しいから言っているだけだよ。」

と言われたそうです。


愛町の吹奏楽団員の半数は未信者だそうです。

このバンドに入りたい。このバンドで音楽をしたいと人が寄ってくるそうです。

天理教を無理に押し付けてはいないそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=l2NIsTHyWVo
 

訂正

 投稿者:はぐれ雲  投稿日:2017年 1月 2日(月)00時42分10秒
返信・引用
  退職信者さま。  ぶたまんさま。

昨日18時49分に、僕が投稿した。
お二人様へのお返事にて。

「コメントありがとうごさいました?」
と、ありがとうございました…。の語尾が。
クエッションマークになっていました。

語尾を、…!!と、入力したのですが。
クエッションマークに変換になっていました。
僕は、スマホで投稿しています。
通信機器によって、文字が変換されてしまうかもしれません。

お供え掲示板に掲載された文面を読んで。
気がつきましたので、お伝えしておきます。


 

心震える言葉に

 投稿者:はぐれ雲  投稿日:2017年 1月 1日(日)18時49分4秒
返信・引用
  退職信者さま。  ぶたまんさま。

コメントありがとうございました?
お二方の投稿が、連投されておりまして。
合わせ読ませてもらうと、心が震える衝動がありました。
そして、これからの天理教の課題の根本を、示してもいるように思いました。

自分勝手ながらに、先にお詫びも含め。
~さま。をつけると、遠くに感じてしまいます。
失礼ながら、親しみを込めまして。
~さん。とつけさせてもらいます。
僕のような歳下でもあり、天理教知識に関しても無知な、若気のいたり!?のような、投稿に。
震える言葉を、語りかけてもらいましてありがとうございます。

退職信者さんの投稿と言葉には。
毎回にも心に残る、響くものがあります。
僕のような、天理教の大人が嫌いな人間でも。
退職信者さんの投稿は、読み入ってしまいます。
何度も読み返してしまいます。
先の社会学ブログにも上がっていた。
「真柱」の投稿についても、心に残りました。
退職信者さんの投稿によって。
退職信者さんが、見続けて歩んできた天理教の情景が、なぜか伝わってくるのです。
退職信者さんの言葉には、ブレることなく。
真であり、芯であり、誠を求める姿勢が見えて感じるのです。

ぶたまんさんの投稿も、前から拝見していました。
ぶたまん、というHNのユーモアもあり。
宗教信仰心に対する知識と解釈、創造力の豊かさ。
それをユーモアに伝える感性に、笑みがこぼれます。
そうなのです。
天理教も社会で受け入れられる、多数派であるべき宗教団体のはずなのに。
閉鎖的な天理教村社会を作り上げ。
社会から受け入れられない天理教を造り上げてしまっています。
社会に受け入れられないことを、逆に。
天理教をわかってない!人間思案!という、とんだ勘違いをしている天理教組織人が多いかもしれません。
陽気暮らしとは、社会に受け入れられてこそ、陽気であり、感謝を感じるものだと思います。

現実には、神だ教えだと一言も発しない。
天理教信仰をしていない、社会一般の方々の方が。
日々を生きてるリアルに向き合い、感じているような気がします。
天理教の陽気暮らしとは、ある意味カルト色が強まってる気もします。

お供え掲示板、社会学ブログ。
天理教信者数の1%に満たない投稿数ですが。
カインさんも触れてるように。
天理教人の悩みとは、地域関係なく同じだと。

天理教人のなかでも、掲示板ブログを見ていない方々の方が多いと思いますが。
懸命に実直に、社会貢献をし、天理教道を歩んでる方々も多いと思われます。
天理教が批難される陰に、報われない方々も沢山います。

宗教団体に神を求めるのか。
自身の信仰心に神を求めるのか。
それも人それぞれの気持ちであり想いであり。
僕は、神様とは行動した結果の後に現れるものだと思っています。
親神さまとか、~神様とか。
神様に名前をつけると理不尽が発生してしまいますから、僕は神様は神様でいいのです。

僕は、人間思案が大好きです。
毎日を人間思案で、喜怒哀楽して生きてます。
僕は僕であり、この世に生を受けた個人です。
宗教団体などの大人都合な後付けには、振り回されたくありません。
これからも、人間思案な投稿や声を残したいとおもいます。

話が脱線してしまいましたが。
退職信者さん、ぶたまんさんの。
お二人の組織型にはまらない、人間味あふれる投稿や声を楽しみにしています。

そして、お供え掲示板、社会学ブログに。
様々な立場や境遇環境、天理教内外の。
沢山の声が集まることを願います。







 

(無題)

 投稿者:匿名で失礼します。  投稿日:2017年 1月 1日(日)17時40分38秒
返信・引用
  今や天理教徒は30万人程度。その30万人の名簿のうち、約半数以上は実働できない高齢者でしょう。彼らが出直せは、箱ばかりの虚しい組織が残るだけ。世界宗教と言いながら、お供え金を無心する低級な宗教組織に成り下がりました。

どなたかが仰っておられましたが、命をつなぎないたいのは、教団本部であり、命のつなぎだ、御恩報じだと上手い言葉で、信者を利用しているだけ。

善亮さん、あなたの腹のうちは見えていますよ。もっともっと声高に「金だ、金だ、お供えだ。金が唯一命のつなぎだ、心して忘れるな」と折に触れて言えばいい。人心はそのたびごとに、あなたの思いとは裏腹に、引き潮のように離れていくはずですから。

日本国民1億2千万人の内、天理教徒は約0.3パーセント。たった1パーセントにも満たない、全くの少数派。

たったの0.3パーセントがなんとかお金で命をつないでもらってると言う理屈です。
残りの99.7パーセントの人達のほうが余程幸せに生き生きと元気に暮らしていますよ。

教団が教理を捻じ曲げ、弱者の涙を省みず、一列きょうだいどころか、元やくざの平野楢蔵初代大教会長のやくざ組織のやり口を取り込み、長年弱い者いじめをやってきた事を鑑みる時、今後教団が消えゆく運命は、天然自然の理でありましょう。今後も信者を欺き続けていけば、後は自然の摂理通りに事が運んでいくはずです。

親神も教祖もお金を求めていません。散財心で互いに助け合って陽気に暮らすことを理想としておられます。お金は人間同士が互いに使いあって助け合えば良いのです。そこに教団が介在することの意味はありません。お金は与えられた尊い自分の命の為に、そして、周囲の同胞のために使うべきなのです。

お金を欲しがっているのは、人間「中田善亮」なのです。
 

Re: 無題

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 1月 1日(日)11時16分53秒
返信・引用
  > No.2552[元記事へ]

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

はぐれ雲様
あなたのHNを見て、BGLTを思い出しました。BGLTとは、言うまでもなく、B=バイセクシュアル
G=ゲイ、L=レズビアンのことで、性的マイノリティ(少数派)を表しているのですが、Tは天理教のTかもしれません。

もちろんこれは冗談ですが、宗教心を持っている人は普遍的にたくさんいると思います。しかし、形にこだ
わって教会を立ち上げ、その開祖を持ち上げる人はごく少数です。その中で、天理教のように見ず知らずの
アカの他人を「理の親」とか言って、月々いくらいくらの上納金を納めさせられている人はごくごく少数でしょう。
言ってみれば、BGLTのように、天理教もマイノリティ(少数派)の悲哀を味わわなければならない運命にあると思います。

ということは、はぐれ雲さんはマイノリティの中ではぐれ雲になっているのだから、逆に、マジョリティ多数派)になるの
ではありませんか?つまり、(多数決で決めることが唯一正しい方法だとして)はぐれ雲さんが正しいという
ことになります。

私は、天理教そのものはマジョリティ(多数派)で、社会に受け入れられる教えだと思いますが、でもやり方を見ていると
「このやり方では、マイノリティ(少数派)に陥らざるをえないだろうな」と思います。

昔し、おやさまが「こふき」を作れと言われたのですが、お弟子さんたちが作ったものはどれもよしとは
言われなかったそうです。
これと同じで、おやさまの教えを聞いていても、おやさまから「よし」といわれるような、合格点をもらえるような
生き方はできていないのじゃないかと思います。
「陽気暮らし」の看板を掲げてはいても、実際には「陽気暮らし」を体現していない、ということです。

http://()

 

(無題)

 投稿者:退職信者  投稿日:2017年 1月 1日(日)11時06分36秒
返信・引用
  はぐれ雲さんへ

心に掛けてくださり ありがとうございます。

一時期は頻繁に投稿しました。
投稿することにより自身の思考が深まったからです。
結果として自分自身の為になりました。

投稿を続ける中で

「しんじつ」とは何ものか、

自分の行いは他者の為ではなく自身の為であり、その中に真の喜びや楽しみがあること。
それがおふでさきにある「しんじつ」でありその「しんじつ」こそが「陽気」であると気付いたのでした。

「他人様に喜んでもらおう」と行動する。これは間違いではないと思います。
しかしここに義務感を持ったら自身に対する課題の処理に変質するのではないかと思いました。

自身が行動している時、そこに喜びや楽しみが存在している事が「しんじつ」であり「陽気」であると思います。
この心こそ神が我々人間対して望む核心であるとたどり着いたのです。

「朝起き 正直 働き」の言葉があります。
「朝起き」したらそこで成就して終わりです。一日一回で終わりす。

そこで私は「早起き 正直 働き」と思っています。
「早起き」=「すぐ動く」なら一日の生活の中で自身が気がついた時、何回もできるのです。
いつでも、何処でも、何回でも「早起き」できるのです。
勿論の事、その中に「喜び」があり「楽しみ」があるのです。
こうして「陽気」な日々を送ることができるのです。

この生活の中の何処に天理教の組織が介在するのですか。

何処にもありません。

現天理教組織の存在価値は皆無である思います。
従って天理教の改革など私から見れば無意味な事だ思うようになりました。
おのずと投稿の機会も減りました。

「天理教の教えは良い」?

天理教の教えのどこが良いのでしょうか。
「慎み 感謝・・・」こんなことは社会全般にわたる通念でしかありません。
「おや様の通った道すがら」の何処に金銭のお供えがあるのですか。

私から見て良かったと思う事は、
「おや様が存在した」「勤めを残した」「かんろだいの存在の意義を示した」「おふでさきを残した」
これだけです。

この全てを歪曲しているのが現天理教教団だと思います。

「山の中でもあちこちとてんりおうのつとめする」どこでも自由に勤めができますか。
自分たちで勤めをすると教団から追放されるでしょ。
本部で勤めを見ようとすると制止されるでしょ。

今では天理教の改革は不可能であると思っています。
なぜなら組織全体が姻戚関係で強固に繋がっているのです。
そしてねずみ講のように金を吸い上げる。末端教会に一円だって施さない。
こんな不気味な組織が古今東西のどこかにあったのなら教えていただきたい。

改革が不可能ならどうなるのか
それは激動する世界情勢と共に崩壊すると考えています。
「広い世界を撃ち周り 一戦二戦(合わせて三戦)で助け行く」


その後はどうなるのか
それは「心ある人達が別の場所に集まって神の真意に添って新しく作る」と思っています。
かぐらつとめに「やしきのつちをほりとりてところかえるばかりやで」とあります。


皆さんグーグルやヤフー「よき」を検索してみてください。
最初に出てくるのは「斧」です。「よき」です。
皆さんお分かりですね。「斧棟梁」です。「良き統領」ではありません。
あらき棟梁が斧を携えて山の中へと分け入って行く姿が目に浮かぶようです。


「おふでさき」も解けない。「みかぐらうた」も解けない。口から出るのは金の無心ばかり。
こんな腐臭漂う組織の改革を願う事は、もうやめたほうが良いと思います。

おふでさき17-12 「このそうじどこにへだてはないほどに」とあります。
おや様の周りにうごめく強欲な人物達に放った警告と思っています。

私たち人間は、地球上を動く世界情勢の中で生活しているのです。
腐った天理教教団の中の生活しているのではないのです。
この組織に普遍性など微塵もなく、消え去ることが神意であると今は確信しています。

自ら願った訳でもなく教団に組み込まれて苦しく悲しい日々を送る人々に対し涙するばかりです。
その様な方々に対し、私には為す術がありません。神に何とかしてくれと願うばかりです。
 

(無題)

 投稿者:kazu  投稿日:2017年 1月 1日(日)03時50分36秒
返信・引用
  さっちんさん
訂正と言うか私の書き方間違っていました。(1)宗教法人の土地建物は個人のままであることを上級がひょとしたら~(2)数件ですが皆土地建物は宗教法人の名義でしたが~
 

Re: (無題)

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時14分54秒
返信・引用
  末端教会子弟 様

> 家族以外の者が新しい教会長として任命されてくると、困るのは元会長家族だと思うんですけどねぇ。
> 土地建物の名義が教会になってなくても(元会長個人名義だとしても)、宗教法人を新しい会長ごと追い出すことは出来ません。以前に結ばれた「不動産貸借契約書」でもあれば別ですが、今から結ぶにも、責任役員と大教会長の承認が必要でしょうし。
> 上級から「新しい会長さんが決まりましたから、そちらに住まわせます」と言われてから対策ねっても遅いですよ。
> 新しく任命された教会長と同居しなければならないという最悪の事態も考えられますが、そうなると、どっちが「ずうずうしいか」という根比べになる可能性が高いですね。

 何だか、私の決意に対して、水を差すようなことばかり、仰ってるような感じがしますけど、「不動産賃借契約書」が有るのと無いのとでは、どう違うのですか?ちなみにうちは、有ります。
  教会仕様とは違う、個人の狭い家に押し入ってくるような物好きな会長もいないと思いますがね。

 うちは宗教法人になってますけど、もし、宗教法人ということで、向こうが強引な手段を取るようなら、被包括関係を解消すれば済むことではないのですか? 被包括関係を解消しますよ、と、上級に脅しをかけることも考えています。相手が、こちらの要求を呑まないなら、実際そうしようと思っています。
 それか、悪質なカルト宗教団体から脱会させて貰えない、と、警察に届けてもいいです。
 
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時09分48秒
返信・引用
  皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
 

無題

 投稿者:はぐれ雲  投稿日:2016年12月31日(土)23時58分56秒
返信・引用
  僕が教会を整理したのは、ネットも今ほど手軽に普及する手前でした。
情報がなければ、天理教な大人達に何を言われようが。
自分で調べて、奔走し、自分独りで行動で示すしかなかったです。
行動で示すから、言葉の伝わり方も、言葉の熱量も変わってくるものだと思います。

批判本は、僕は読んだことはありません。
カインさんのブログで、批判本なり、天理教組織を批判する書物などが。
昔に発行されていたことを知りました。
批判本の内容も、カインさんのブログで掲載してる範囲しか知りません。

僕は、天理教組織の極貧な末端教会に、たまたま生まれただけであり。
天理教的に言えば、後継者であり、信者であったかもしれませんが。
僕自身は、天理教後継者という心構えは、子供の頃より持ちませんでした。
家の天理教を整理した者だとしても。
今現在、元天理教信者、元後継者という認識も持っていません。

生まれ落ちた家に、天理教があり。
天理教や天理教な大人達の。
一方的な教えと称し、無責任に理不尽を重ね続けることに。
抗い続け、家の天理教を整理したまでです。
教えがどうとか、本部のやり方がどうとか、教団の過去とか、批判本など関係なく。
天理教は、天理教の大人達は。
そのままに、無責任であり、理不尽であると、伝え整理したまでです。
理不尽なるものは、年齢や経験や信仰は関係なく。
誰が見ても理不尽は理不尽なのです。

僕は、天理教の教えなどは、さほどに心にありませんが。
素晴らしいとも思えませんでしたし。
天理教な大人達をみて、そうなりたくないと。
子供の頃から、思って生きてきました。

組織がどうとか、教えがどうとか、言う前に。
天理教のやり方は、天理教な大人達は。
理不尽であり、口ばかりのまこと無責任です。
天理教で救われている人に、出会ったこともありませんし。
天理教により、苦しんでいる天理教者には、沢山会ってきましたよ。
勝手に天理教信者にされてる子達も沢山います。
天理教信仰される人が家族にいるが為に。
犠牲になった天理教外の方々も沢山見てきました。

ネットが普及されて、色々知ることもあるかも知れませんが。
では、今まで、天理教のセンセイ、カイチョウサン方々は、先に生まれ天理教信仰されて来た方々、天理教の大人の方々は。
何十年来も何をされてきたのですか?
月次祭、講話、講習会、会議、飲み会。
練り合い?などと称し、何をされてきたのですか。
話し合う機会も、沢山ありましたよね。
天理教者が天理教者を踏みにじる場面も、沢山見てきたのではないのですか?
人を集めて、会費や上納金集めですよね。
上部の顔色伺いですよね。
顔色を伺うから、ハッキリ伝えないから。
上部はさらに付け上がるのですよね。

悪いことは悪いと、面を向かって言えない宗教ならば。
天理教信仰などしない方が、人として真っ直ぐなのではないのでしょうか。

三歩進んで二歩下がってる間に。
十歩でも二十歩でも、天理教の腐敗は進んで行ってるように感じます。
人が減るほどに、上納金の催促は膨れ上がり。
権力化が進んで、カルト思考も進み。
さらに天理教を離れる人が加速することでしょう。
残っていく方々は、更なる理不尽を強要されることでしょう。

僕の住む田舎な地方都市は。
天理教の存在感などほとんどありません。
周り一般は、天理教=ヤバイ宗教、金取り集団という。カルト認識です。
都市や県から、衰退減少していく天理教の教会が全てなくなったとしても。
誰も、市民も県民も、話題にもさほどにならないと思います。
カルトだから、無くなった…市民も県民も思うでしょう。

ただ、天理教により、天理教な大人達により。
人生を踏み潰された方々にも、僕にも。
消えることのない、傷と怒りや憎しみは。
一生涯残り続けるものです。
本部や上級だけの問題ではないのです。

本部上級にも、素晴らしいセンセイ、カイチョウサンもいます。
苦労の多いとされる末端部にも。
裕福な暮らしをし、理不尽に踏み外してるカイチョウサンも沢山います。
信者さん方々の中でも、純粋方々もいますし。
信者さん方々の中でも、人として踏み外してる方々もいます。

天理教の方々は。
なぜ天理教を信仰されているのですか?
天理教の教えは素晴らしいといい、天理教に疲れてるのも天理教人ではないのですか?
無理して天理教を信仰しようとして。
求める現実とズレてしまってるストレスを、本部上級批判に変えてるだけではありませんか?
末端部のカイチョウサンが起こす、理不尽も。
全て本部上級の影響なのですか。
確かに、天理教の本部や組織は、悪徳であり、無能であり、理不尽の極みです。
ただ、何でもかんでも上部の影響にし。
洗脳とか、本部上級の被害者だとか。
悪行をしているのは、その人当人の人格なのです。

そして、信仰されてる当人はよくも、周り家族親戚知人まで巻き込まれ。
迷惑を被り、尻拭いまでさせられてる方々もいます。
天理教の教えは素晴らしい…。
何が素晴らしいのでしょうか?
昔も今も関係なく。
天理教や天理教の大人達をみて。
僕は、素晴らしいとはとてもに思えません。

半年ぶりに。
お供え掲示板、社会学ブログにアクセスして拝見し。
半年分、社会学の方も読み返して見ました。
コメント欄は、本部上級批判のためのコメント欄だ…と投稿されてる方々がいました。
誰がそのようなことを決めたのでしょうか。
カインさんは、そのようなことは決めていません。
社会学の投稿欄であり、このお供え掲示板も。
天理教に関わることなら、立場、思想関係なく。
自由に投稿してよいのではありませんか。

時々に、懸命に投稿されてる方々が、ルールを勝手に決めてるような雰囲気も感じます。
社会学の投稿欄で。
時折、異色な投稿をされる方々もおられます。
自分達の色と異なると、寄ってたかり。
集中砲火をして、閉め出すような部分も見受けられました。
確かに、度が過ぎる言葉の方々もおりますが。
異色を放てば、本部の回し者にされたり。
少し、異様に感じました。
本部上部を批判しつつ、例えネットの中だろうが。
勝手ルールを作り、異色を閉め出すような光景は。
批判している本部と、たいしてかわらないと感じもしました。

僕には、本部上級、末端部であっても。
天理教のセンセイ、カイチョウサンは、全部同じに思います。
僕には、天理教な大人達にはかわりわないのです。
上からしたまで、どっこいどっこいの天理教です。

掲示板、投稿欄は、人間交差点です。
天理教内外者の、色んな意見や声が集まって良い場所です。
天理教本部、組織と同じように。
掲示板、投稿欄の中までも。
閉鎖的に、風通し悪くする必要はありますか。

僕は、ネットの中に仲間意識は求めていませんが。
お供え掲示板、社会学ブログを読んでる方々に。
天理教内外関係なく。
僕より若く、まだまだ可能性や時間を持ってる方々に。
少しでも、伝わる言葉が残せればと思ってます。

信仰と宗教は別物でもあります。
そして、無神論であっても、立派な信仰です。
これからの日本社会にも。
問題点は山積みになっています。
大人達の作り残したツケを。
若者や次世代に背負わせる前に。
年輩者大人達が整理しておかなければならないことも、山積みにあります。
天理教の異常社会というものを通して。
一般社会でも、考えなければならないことが沢山あるような気がします。

様々な立場であり、天理教内外であっても。
多彩な言葉が集まる場所であるように願います。










 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2016年12月31日(土)21時24分23秒
返信・引用
    徳子様

     私は数年前に車椅子に乗られる方、押される方のお二人のことで、「教祖からよろしく頼む。」という念をいただきました。
  それが貴女なのかもしれないと思い、書いてしまいました。
   私のいい加減なあてすっぽです。すみません。
 

(無題)

 投稿者:徳子  投稿日:2016年12月31日(土)19時28分31秒
返信・引用
  匿名ですさま

素人ですみませんって書くくらいなら、最初から書かない方がいいよ。
私自身、熊野三山の麓で暮らしていますので、いろんな方に助けて頂き今日があるのです。
 

Re: (無題)

 投稿者:kazu  投稿日:2016年12月31日(土)19時22分49秒
返信・引用
  > No.2531[元記事へ]

> 今、考えている対策。
>
>  お供えを一切、上級に上げない嫌がらせをする。(追い出される心配は無いので)
>
>  今まで送った、カインさんの天理教の記事を盾に、私みたいな善人は(ぷっ)どうしてもできません、と言い張り続ける。カインさんの最新記事も、さっそく送らせて頂きます。
> しかし、今まで送った記事でも、上級の教団信仰を崩すことができなかったのなら、無駄なような気もするが・・。まともに読んでない可能性もあるし。
>
>  今のところ、思いついてるのは、それ位です。他に何かいい知恵が浮かばないものか。
>
>さっちんさん
 確かに教団信仰されている方には説得は無理かと思います。宗教法人でないことをひょとすると上級は理解されていないのではと思うのですが。さっちんさんが教会を継がないという決意が確かであればまず信者さんたちと相談されて自分は教会を継ぐ意思はない。社も返し看板も下ろしたいが皆さんはこの後、上級教会に繋がるかどうかをお一人お一人意思確認される必要があると思います。
 私が知っているのは数件ですが皆、宗教法人でしたので信者の意思確認、教会を更地後売却、新しい会長派遣などなどすべて上級が仕切っていたようです。また社というか教祖殿に祭ってあるものも上級が取りに来てたとのことです。ある人は宅配で送るとか言ったらしい!
 

無題

 投稿者:徳子  投稿日:2016年12月31日(土)19時06分49秒
返信・引用
  土地建物が宗教法人ではなく、個人名義なら戦えます。
私が、それをやってきました。
教会に縛られることなんてないんです。
天理教は商標登録した事業であり、教会はぼろ雑巾のように絞り取られるだけ。

 

改革は大きく動き出しています

 投稿者:  投稿日:2016年12月31日(土)16時45分13秒
返信・引用
  末端教会子弟さんが書いておられました。

多くの人が信じている「神様」だって、愚痴や不満を言うだけ、願ってるだけの人たちに対して現実に手を差し伸べて社会の改善改革をしてくれた「神様」があるでしょうか?
教祖様は「現実に行動を起こして助ける神のような心を持った人になり、社会を改革しなさい」という事を教えてくだされたと確信します。

わたくしもその通りだと思います。
末端教会子弟さんは、以前にも何度か読ませていただいて感銘を受けたのですが、御用教学の偽の権威にまどわされず、教会本部がこしらえた教理をゼロから見直し、独自な視点から教祖の教えを求めておられます。
その一つの到達点が「現実に行動を起こして助ける神のような心をもった人になり、社会を改革しなさい」ということだと思います。
掲示板やブログ投稿欄に頼りすぎという意見もありますが、リアルな現場でもこれに並行した動きもあります。
それは、さっちんさんや50代元信者さん、徳子さん、古い教会長さん、再生さんなどが、それぞれに本部や大教会にはっきりとNO!と言って、試行錯誤を重ねながら行動をしておられることからもじゅうぶん読み取れます。
そして、投稿こそされないけれども、毎日この掲示板を見ている300名ほどの読者も、これらの勇気ある発言や行動にひそかに自分たちも勇気づけられているはずです。
何も天理教信者全員が掲示板を閲覧する必要はありません。改革の意識と意志を持った少数の人達が見て、互いに勇気を与えあえばそれでじゅうぶんなのです。
また、本部関係者もおそらくひそかにこの掲示板やカインさんのブログをチェックしていると推測しますが、本当のことばかり書かれているので、もはやぐうの音も出ず、こういう草の根の真実の告発に脅威を感じているにちがいありません。
このままだとお供えも激減、信者も激減。だからといって、信者におつくしは命のつなぎと説いたからと言っても、信者のほうから、
「なにが命のつなぎですか。こちらはおつくししなくても親神様の御守護でピンピン生きているけど、おつくしされないと生きていけないのは、あんたたち本部員や大教会長さんじゃないですか。おつくしはわたしたち本部長や大教会長の命のつなぎだから、どうか頼みます、おつくししてくださいなと、ハッキリ言いなさいよ!」
と言われてしまうわけです。
それでもおつくしする人はするのかもしれませんが、教えの真実と天理教団の現実との乖離に気が付いた賢明な信者たちは、もうその手には乗りません。
天理教を見限る人達はこれから次々と現れるでしょう。
でも、教祖の教えの元一日をたどり、本当の教えを明らかにし、世のため人のために行動していく新しい天理教信者、いや教祖の真の弟子たちが国々所々で現れつつあります。
2016年、草の根の天理教改革は大きく動き出しました。
「神と上の力くらべ」は教団の中でもはじまりました。
2017年が、教祖の真の弟子たちにとって素晴らしい年になるように、心からご祈念申し上げます。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2016年12月31日(土)15時56分43秒
返信・引用
  家族以外の者が新しい教会長として任命されてくると、困るのは元会長家族だと思うんですけどねぇ。
土地建物の名義が教会になってなくても(元会長個人名義だとしても)、宗教法人を新しい会長ごと追い出すことは出来ません。以前に結ばれた「不動産貸借契約書」でもあれば別ですが、今から結ぶにも、責任役員と大教会長の承認が必要でしょうし。
上級から「新しい会長さんが決まりましたから、そちらに住まわせます」と言われてから対策ねっても遅いですよ。
新しく任命された教会長と同居しなければならないという最悪の事態も考えられますが、そうなると、どっちが「ずうずうしいか」という根比べになる可能性が高いですね。

 

はぐれ雲さま。

 投稿者:古い教会長  投稿日:2016年12月31日(土)14時03分12秒
返信・引用
  >本部上級組織の異常、理不尽、権力利用…。
天理教人の様々な在りすぎる問題などを含め。
本部上級批判は、もう何十年もいつまでも繰り返されて来たわけです。
問題点をなぞるだけの、「堂々巡り」は繰り返されてきているのです。
しかし、いい加減いつまでも、それではいけないのでは?と思うのです。

確かに、そうだと思います。しかし、何十年前とは少し事情が変わってきているとも思えます。

何十年前にも、批判本なども読みましたが、それについて語る場所もなく、真偽を確かめる術もありませんでしたが、ネットというツールのおかげで、それを裏付ける情報、知らなかった情報にも触れることができます。

普通の一般信者さんの目に触れることも可能になりました。これが全てではありませんが、思いを共有出来る人がいるという事が確認出来ただけでも大きな一歩と思っております。

すでに、行動に移している人も現れて来ています。

「堂々巡り」のように見えますが、三歩進んで二歩下がりながら、わずかずつでも前へ進んでいると思いたいのです。
 

さっちんさま。

 投稿者:古い教会長  投稿日:2016年12月31日(土)09時37分31秒
返信・引用
  >今、考えている対策。
 お供えを一切、上級に上げない嫌がらせをする。(追い出される心配は無いので)

これは、嫌がらせではなくて、お供えは自由意志です。上級は神様ではありません。当然です。

同じお金を使うなら、世話になった人、信者さん、家族の為に使いましょう。

ニコニコしながら、強い意志を持って行動して下さい。
 

Re: (無題)

 投稿者:再生  投稿日:2016年12月31日(土)08時47分45秒
返信・引用
  >  上級会長から、手紙が来まして、教会の後継の事は、後を継いでくれる人が、見つかっていない現状、引き続いてお願い致します、との事。腹が立って、胸が苦しくなり、気持ちの持って行き場が無いので、ここに書いてます。どないしてやろうかしら。もう、したくもない事を続けてしなけらばならない程、嫌なことはありません。
>  「お供えは元気で生かさせて貰っていること、奇跡を神様から頂いていることに対する、感謝の気持ちを表す事です、微々たるものであっても、神様がその気持ちを受け取って守って下さってます。日々感謝感謝、明るく元気で通らせて頂けるのです。」だそうです。
>  洗脳された教団組織人に、話は通じない。正月早々、今後の対策を考えながら、過ごさねばならない。誠に気分が悪いです。


    裏返して考えれば、今の天理教に幻滅し、天理教には関わりたく無い、まして末端分教会長などにはなるものではないと考える人が増えているということだと思います。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2016年12月31日(土)07時42分14秒
返信・引用
     徳子様へ

   仏式で葬式をあげたら、それで終わりではないと思います。仏壇や本骨をきちんと守って、きちんとしないと大変です。
   具体的になにが大変になるのか、自分の親戚の例をあげようかと思いましたがやめました。
   仏式には仏式のすべきことがあります。
   親戚夫婦は70代ですが、今風の70代で、線香ろうそく、非科学否定派でした。
   しかし今変わりつつあります。いろいろ大変だったので、ろうそくも線香も供えられるように置いておられます。
    本骨が仏壇にある間は毎日おっぱんとお水、お花?さかき?など供えるべきだと思います。
    霊的に高まっている状態だと思います。
    また餓鬼といって、人の道を外れたものが寄ってきやすい状態にあるのではないかと思います。
    私の仏式の知識もいい加減ですが、祖母の49日に(2/3ぐらいですが)一人で遺骨を守って隣で寝ていたときに、餓鬼の存在?といったものを感じました。どたどた歩く足音などですが。
   言いたいことは霊道が開きやすい状態にあることをしっかり自覚して対処すべきであると言うことをお伝えしたいです。
   素人なのにすみませんでした。



  
 

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