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(無題)

 投稿者:たろう  投稿日:2017年 5月28日(日)20時09分54秒
返信・引用
  古い教会長様、末端教会子弟様
丁寧にご回答いただきありがとうございました。
 
 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 5月28日(日)12時47分57秒
返信・引用
  > No.3169[元記事へ]

このサイトは「お供え」をテーマにしたものですから、皆さん天理教の集金システムについて不満を縷々書か
れているようですが、私はもっと大事なことがあるような気がしてきました。

と言いますのも、最近、芹沢光治良の<神の微笑>を読み直してみたのですが、この本の中には、親神様の切
羽詰まった気持ちがよく表れていることに気づきました。かねてより芹沢光治良氏のご意見はうなづけるもの
が多々あり、<神の微笑>もすべて理解したつもりでいたのですが、親神様のこの切迫感は見落としていたようです。

ここには
「現在、人々は心を失って動物になり、(原爆を無数に抱いて)いつ人類が自ら破滅するか心配でならない」
という下りがあるのですが、日本海を挟んで隣国にモンスターが現れた今、神様の言われる通り自滅の現実が
迫って来ているのを思ったりします。

このことを伝えるために、親神様は芹沢光治良という作家を選ばれたわけですが、長年親神様をお祀(まつ)り
している天理教教団の中の人物から選ばれなかったことが、ふがいない気持ちがします。
長年のつき合いなのに、親神様の思いを伝えているハズなのに、それは見せかけだけで、実はそうではなかっ
た、ということですね。

おやさまは、芹沢氏に「隣のおばさんと思って話をしよう」というようなことを言われていましたが、この言
葉の裏には、天理教教団の人は「おやさま」と言ってアガメ奉(たてまつ)るだけで、話の内容を理解できる人
材がいない、ということを暗示しているように思います。平身低頭する姿は保身術の一つで、誠はなく、「世
のため人のため」と言う点で何の役にも立つ者はいないということでしょうか。
天理教は「そのままこかす木」で、おやさまに放っておかれてしまっているのかもしれません。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月28日(日)09時30分29秒
返信・引用
  >どういう経緯で「天理」という名称が使われるようになったか

「劇画 中山みき物語」によると、

明治17~8年頃、弾圧がますます厳しくなり教祖様が監獄に連れて行かれることも増えたため、隠れ蓑として「教会設置」を進め、5月に東京の神道本局から「神道直轄六等天理教会」として認められた。
この天理とは、明治5年以来、文部省、教部省の勧める「三条の教則」(敬神愛国、天理人道、皇上奉戴)から取ったもの(「てんりん」と「てんり」は似てるから都合がいい)、

だそうです。

本には記載がありませんが、何故弾圧が厳しくなったかは、明治13年に設立された「転輪王講社」が、明治14年に秀司が亡くなり、後を継いだまつえも翌年亡くなったために縁が切れて、教祖様の真の教えを説くお屋敷になったからだと考えられます。
 

神名

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 5月27日(土)22時39分35秒
返信・引用
  <天理教における親神・天理王命の神名>で検索して下さい。

天理教における親神・天理王命の神名    津井治郎

はじめに
天理教において神名というとき、親神・天理王命(てんりおうのみこと)を
指す場合と、親神の「守護の理」(はたらき)を説き分ける十柱の神名を指す
場合とがある。

本稿で問題とするのは、前者についてである。天理教の歴史に
おいて、親神の神名について文献の上では「てんりんおふのみこと」「てんり
おうのみこと」「天輪王命」「天龍王命」「天輪王明神」「転輪王命」「天倫王命」
「天理大神」「天理王命」など様々な表記がみられ、発音上はやや例外的な「天
龍王命(テンリューオウノミコト)を除けば、「テンリンオゥ」と「テンリオ
ゥ」の二種類の呼び方が存在したことが分かっている[おやさと研究所,1997 :2 16]。

それをめぐって、おもに天理教外の研究者lによってさまざまな
見解が提示されてきている。したがって、神名をめぐるいくつかの解釈を、詳
細に文献資料を整理した早坂正章、仙田善孝の成果と合わせて概観して整理し、
その上でどのように解釈することができるかについて最後に若干の考察を加え
ることにしたい。
 

Re: たろう 様

 投稿者:たろう  投稿日:2017年 5月27日(土)17時40分38秒
返信・引用
  > No.3171[元記事へ]

東風Z様
ご回答ありがとうございます。
「天理教フリーフォーラム」というサイトの「明治15年頃のみかぐら歌本」(http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/hon-mikagurauta/hon-mikagura.html)にははっきりと「てんりんおゝ」または「天輪王」と書かれてあります。明治15年といえば中山みきがまだ存命中ですから、「天理王」はありえないと考えるのが常識的だとは思うのですが、どういう経緯で「天理」という名称が使われるようになったか知りたいです。
 

在籍者(現役)の投稿

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 5月27日(土)16時07分51秒
返信・引用
  天理教社会学研究所のコメントの転載です。


在籍者(現役)

2017年5月27日 3:06 PM


2017年5月17日 7:56 PM 「大量検挙」さまのコメント

>いわゆる「法人乗っ取り事件」が起きてしばらく、この大教会の本部との交渉役の人が中山治信本部員と話をしていて、本部と部内の裏切り者たちの法令違反行為や、教理からかけ離れた教祖の教えに反する行為だ!と指摘したところ、中山治信本部員は、
「あんたらな、法律を並べたり、おさしづ を並べたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」
と脅迫されたそうです。
>この天理教は、法律を並べたり、おさしづ を並べたりしたら、両統領にクビにされるそうです(笑)

中山治信さんて、奥様が大変な身上いただいているんです。確か去年の秋頃か冬口やったと思います。
脳梗塞か、脳溢血か何かで倒れはってから白川の施設に入ってはって、内儀(ないぎ/教祖殿の女方)や、御供所(ごくしょ)の奥様方が頻りに噂しているのが、聞きたくないけど耳に入ってきました。
「神さん、おやさん、見抜き見透しやで。夫の悪事は妻にも当然ながら掛かってくんねんで」と。

乗っ取り被害大教会に対して、強要や脅迫、恐喝などと、相当に悪いことをしはったみたいで、おぢばでもその噂で持ちきりですわ。大教会の金庫を奪ったとか、マジで強盗罪ですやん!

大教会側は怒り心頭らしいですが、最近は相当に押し気味らしく、もうもう捜査機関や司法機関に「そろそろイきませんか、本部」と、言われてるて噂で聞きました。

最新情報ですが、どうも、誘拐紛いなことも起きているらしい。その責任の所在は分かりかねますが、本部(両統領ほか)は、その乗っ取り被害大教会を相当に疎ましく思っているようで、子ども奪ってまで血縁の因縁を切ろうとしているらしい。
それやったら本部も、養子なんか貰わんと「後継者、継承者おりませんねん」言うて、互選で次期真柱決めるとかしたら良かったんやないですか?言うてることと、やってることが矛盾しすぎで、もうついていけません。切ったら切られる。切りまっくったら、切りまくられる。これが世の道理、天理です。
切って切って切られているのですから、今後は、繋いで繋いで繋いでくれはったら、私らや世界の信者さん方が繋ぎのご守護いただけるわけですから、本部の皆も、我がの保身ばかり思わんと、世界に打って出ようやありませんか!
 

五季納アンケート

 投稿者:睦輝  投稿日:2017年 5月26日(金)20時47分55秒
返信・引用
  Twitterにて、五季納のアンケートを実施しています。
ツイッターアカウントをお持ちの方は御協力よろしくお願いします。

https://twitter.com/o_muthuki/status/867960684591554560

 

たろう 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 5月26日(金)19時49分30秒
返信・引用
  私の手元にある資料(2002年10月26日櫟本分署跡参考館発行のほんあづま12月号付録の「みかぐらうた」本)によりますと、「天理王命」の神名は明治21年東京の神道天理教会本部が、本席のおさしづで禁止しているのに、目標札を発行しました。その時から使われるようになった。と書かれています。
教祖が教えられた「みかぐらうた」では「南無転輪王よしよし」と書かれています。

どちらが正しいのかは判断のしようがありませんが、教団本部は今更、神名が間違っていましたとは言えないのかもしれません。
何れにしましても、本当の教祖像を披歴しない、あるいはできない天理教なんか信仰に値しないと思っています。
何故かといいますと、例えば、鈴木(すずき)さんに対して鈴本(すずもと)さんと呼びかけているようなもので、失礼極まりないことだからです。

教団にとって都合のいい、ヨイショ記事ばかり書いている天理時報と教会の実態とを見比べてみれば、おおよそのことはお察しできていると思うのですが。
 

天輪王?天理王?

 投稿者:たろう  投稿日:2017年 5月26日(金)15時37分38秒
返信・引用
  教祖中山みきが天啓を受けた神の神名は「天輪王命」なのでしょうか?それとも「天理王命」なのでしょうか?  

(無題)

 投稿者:カンロ飴  投稿日:2017年 5月26日(金)10時31分59秒
返信・引用
   五季納にかかわらず、「献上金」搾取のために捏造された言葉の数々。「仕切り」「心定め}「つなぎ」「尽くし運び」「理立て(教理に無い)」。
 や〇ざさんが「金出せー!」と暴力的な脅しで金を取るのと、巧妙に作為した言葉で「脅し」取るのも同じことである。天理上層部への「献上金」は、暴力団への上納金と同じ捨て金。少しでも減らしましょう!!
 

五季納

 投稿者:睦輝  投稿日:2017年 5月24日(水)09時35分17秒
返信・引用
  五季納の無い大教会があるのは、皆様ご存知ですか?

そもそも五季納は、大教会へ渡すお中元やお歳暮のようなものです。
本部へ渡す御供えとは違うのです。
大教会が受けとるお金です。
大教会が「勝手に」集めた五季納を本部へ渡している可能性はありますが、それは各大教会の独自の判断です。

大教会が不要とし、五季納のない系統は実在します。
現に、我が大教会の配下では五季納はありません。
知人に聞いた範囲ですと、どうやら古い系統や規模の大きな大教会では五季納のしきたりが多いようです。


御供えは神様が受け取るものと言われ、信仰していると減額や拒否はしにくいかもしれません。
しかし五季納は大教会の人間に渡す「中元・歳暮」と同じ、お付き合い上の儀礼です。
末端教会の皆様、生活費を削ってまで大教会にお中元を渡すのですか?

昨今、虚礼廃止が声高に叫ばれており、企業では上司への中元・歳暮・年賀状を禁じているところが多数です。
天理教も組織的に虚礼廃止にすれば良いのです。
五季納のない大教会は、虚礼廃止が進んだ教会と言えるでしょう。

五季納を止めても、本部から圧力はありません。
困るのは、大教会と「出さなきゃいけないもの」と洗脳された上級です。
五季納は大教会が贅沢に暮らすためのお金になります。
本部に上がるお金ではありません。
中元や歳暮の扱いであれば、宗教法人での歳入計上すらされず、大教会長丸儲けの可能性まであります。


末端教会の皆様。
本部への御供えをいきなり止めるのは…と思われているならば、まずは五季納を止めてみませんか?

何か言われたら「そもそも五季納とは誰が何の為に受け取るモノ」なのか確認して下さい。
本部へ渡す決まりのある御供えではありません、やってない大教会があるのですから。
それでも本部へ渡すから払ってくれと言う大教会は、勝手に本部へ中元歳暮を贈るのに、部内に集っているだけです。
もしくは、本部へ渡すと嘘を付いて自分のポケットに入れる大教会です。
そんな大教会には「なぜ五季納の無い大教会があるのか」と聞いてやって下さい。

五季納を自分達の利益だと認めた大教会が相手なら、後は簡単です。
自教会が苦しいので、せめて大教会への五季納は免除して頂けますよね、と言うのです。
大教会は自分達の貰う五季納です、減額や廃止は本部への伺い無く、大教会の裁量で出来るのです。

五季納、やめませんか?
 

(無題)

 投稿者:tokumei  投稿日:2017年 5月23日(火)20時02分12秒
返信・引用
  教会長も含めて天理教ってお人よしが多いけど、上(本部)に近い程、鬼の様な残酷なこころになってゆくのね。

 

有難うございます。

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月23日(火)16時43分52秒
返信・引用
  てんてん様 天悟空様 元信者様

ブログへの訪問有難うございます。
出来事や話など、私視点の記事になりますが書いていきたいと思います。

>本部には全然、関係ない事なのでしょうか?

包括・被包括関係は本部(宗教法人天理教)と全国の各教会(宗教法人〇〇分教会)との関係ですから、本来は上級や大教会の方が関係ないのですが、天理教の組織・教会規則上、中間管理職のような立場で『大教会』が挟まっています。
本部が直接に全国17000教会を管理・指導するのは不可能でしょうから、組織上合理的といえば合理的なのですが、その為に、理の親理の子、お供え等(上納金)の流れ、縦型の封建的組織が維持されています。
私のような法律的組織的な「裏切り者」が出たことで、大教会(中間管理職)が具体的に本部からどのようなお咎めを受けるかは分かりませんが、少なくとも「立場がない」という恥をかかせてしまった事は事実かもしれません(後日、記事にします)。

いずれにしても、これからも信仰を続ける上では末端や同じ立場の者の情報の共有が大切かと思います。
よろしければブログの方にもご質問やご感想など書いて頂ければ助かります。
 

2017.9.28~30全教一斉にをいがけデー

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 5月23日(火)12時01分4秒
返信・引用
  スローガン
・つながり支えあう?カネヅルで(本部を)支えあう
・幸せ?不幸に!

に変更してください。10年近く前に建築をした大教会の建築費を部内教会一律に割り当てられて、苦しんでいる末端教会を知っている。その教会の実情を教団本部は知っているのか。
教会は、土地所のひながた等とノーテンキな事を言って、一人でも多くのカネヅルを取り込もうなんて魂胆が見え見えで気持ちが悪すぎる。
次々と巨大建物を建築して人目を引こうなんてあさましすぎる。今時、自動車だって軽自動車がどんどん増えている。

 

末端教会子弟様

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月23日(火)02時11分29秒
返信・引用
  僕もてんてん様と同じくブログ拝見致しました。
僕の個人的な疑問なのですが、何故、本部からは誰も来ないのでしょうか?
本部には全然、関係ない事なのでしょうか?
被包括関係廃止という手続きは、大教会と末端教会の話し合いで決まるようなものなのでしょうか?
末端教会と何処が契約を交わしているのでしょうか?
大教会が末端教会と交渉をして、末端教会が離脱した場合、
大教会が何らかの責任を本部から取らされたりするのでしょうか?
もし、本部に関わりのある問題だとしたら、
大教会に面倒な事を押しつけて、本部は結果だけ聞いて、処罰するだけという事になりますが、
それって、あまりにも身勝手な気がします。
 

末端教会子弟さん頑張れ!!

 投稿者:天悟空  投稿日:2017年 5月22日(月)23時09分18秒
返信・引用
  末端教会子弟さんの

勇猛果敢、大スペクタクルな「被包括関係廃止ストーリー」に大感動!!
これが リアルガチ に現在進行していることがまた凄い!!


全俺が泣いた!
いや、失礼....全末端教会が泣いた!!読めば泣くだろう...)


本部に負けるな!!

これからの展開に、
おらぁワクワクしてきたぞ!!

次回の更新に期待!!
まだ読んでない皆さんぜひご購読あれ!!

http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1769877





(あ、末端教会子弟さん、チャラい書き込みですけど、本気で応援してますからね。
  自分も末端教会子弟の一人です。)
 

末端教会子弟様

 投稿者:てんてん  投稿日:2017年 5月22日(月)18時25分35秒
返信・引用
   末端教会子弟さんのブログ、「大教会長からの電話」「・・・その2」、大変興味深く、面白く読ませて頂きました。大教会長さんからの、多少は支払の肩代わりをするから、被包括関係廃止の申請を取り下げるようにという申し出に対し、末端教会子弟さんのことですから、まさか、その申し出を呑むことはあるまい、とは思っておりましたが、万が一にも了承するのだろうか、と、ちょっと心配になり、断れ断れ!とテレパシー?を送ってましたが、さすが一蹴されて、安心、嬉しく思っております。
 人柄のよい大教会長さんとのことですが、そういう方でさえ、末端教会の経済的困窮のことなど、全く頭になく、本部の方しか見ていない、ということを、よく解らさせて頂きました。ちょっと甘いことを言えば、末端教会のこと、喜んで、すぐに被包括関係廃止申請を取り下げるだろうと、甘くみていたのでしょうが、思惑が外れて内心慌てていることでしょう。
 又、詳しい状況を、逐一ブログでご報告お願い致します。
 
 

Re: おさづけについて

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 5月22日(月)17時53分30秒
返信・引用
  Moto shinjaさんへ

私の名前が出てたので、ちょっと思うところを書かせていただきます。

>最初はよかったものの、あまり効果がないので、やっぱり旅行に出ることにしました。
>すると、気がはればれして、見違えるように元気になったそうです。


 いろいろな例があるでしょうね。おさづけが効いたの効かないのだの、いろいろな事例がこの世には
あるのかと思います。私は一つの例や少数の事例だけを取り上げて、効いた、効かないと判断するのは
何事においても危険だ
と思っています。臨床試験を何度も行い、その結果から効能が認められるとか
客観的な判断をしなければならないとも思います。ただ、私はおさづけを薬や治療と同等には考えて
いないので、以前の書き込みでも書いたように神に祈らせてくださいというスタンスでやっています。

>その自然治癒力を発揮させるために、ある人は旅行であり、ある人は笑いであり、ある人は登山であり、
>ある人はまた別のことであるでしょう。それをうまく見つけてあげるのが本当の「おたすけ」では
>ないでしょうか。


「見つけてあげるのがおたすけ」
よりも私は「見つけてあげるのもおたすけ」の方がしっくりきます。
こんなことを話すまでもなく、本当にその人のことを思い、どうあっても助けたいという気持ちがある
なら、どんなことでもしようと思うものではないでしょうか。

>何がなんでも「おさづけ」でと迫り、聞きたくもない「おさとし」を得々ときかせ、あげくのはては
>「おつなぎ」が肝心と「お供え」をごっそりいただいていくというのが、今までの天理教のおたすけ
>ではなかったでしょうか。


 ふと明治15年の我孫子事件を思い出しました。何がなんでもおさづけというのは恐ろしいことです。
常識的に考えて、いくら信仰熱心だと言っても、神でもなく、神通力を持った者でもないのですから
おさづけを迫り御供えをごっそり取るということは実際にある(あった)のでしょうか?仮にあったとしたら
極悪非道ということになりますが、幸か不幸かあまりそういった話を私は実際に聞いたことがありません。

 新聞沙汰になってもおかしくないようなことですが、今までどんな事件や事例があったのでしょうか。
もし、そのような事例があって、ご存知でしたら教えていただけませんか。
大教会が部内教会にノルマのようにお供えをあげろと恐喝まがいに言うというのはよく聞きますが。

>そういえば、天理やまと文化会議というのは、天理大学の宗教学者たちの集まりのことでしょうか。
>今は存在しないそうですが、今まで存在してきて、このような研究をしてきたのでしょうか。


「やまと文化会議の発足」というおやさと研究所所長の談がありますから、一度、お読みください。
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/q3tncs00000gd7n9-att/q3tncs00000gd7wx.pdf

 各方面のいろいろな学識者ともやり取りをしています。話す議題によってはその方面の専門家も
招いて討議していたのではないかと思います。天理大学の宗教学者の集まりではないです。 このような
活動がなくなったのは社会との接点という意味で残念なことだと思います。
 

司法書士の卵 様

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月21日(日)21時02分46秒
返信・引用
  >つまり、「そんなつもりは毛頭ございません」と言われたら、該当しないのです。

詳しい説明、有難うございます。
やはり、本人(この場合は「教会長」)の意思が無ければ適用されませんか。
事実や行動は「守らねばならない自分の教会」の資産を毀損させている訳なのですけど。

まぁ、刃物で100ヶ所刺そうが、ガソリンを掛けて火を付けようが、「殺すつもりはなかった」「死ぬとは思わなかった」と言えば、殺人罪は適用されないと聞いたことがありますし。

私自身、両親に対して、「教会がボロボロなのに、出さなくても済むはずのお供えだのお礼を出すのは、うちの教会に対する『裏切り』だ。」と怒った事がありますが、本人たちは「出す事が教会の為になる」と信じ込んでいたのだから始末に負えません。

また疑問に思うことがあったら質問させていただくかもしれません。
これからもよろしくお願いします。

 

末端教会子弟さま

 投稿者:司法書士の卵  投稿日:2017年 5月21日(日)06時30分18秒
返信・引用
  2017年 5月20日(土)04時36分51秒 末端教会子弟さま

>天理教の教会(宗教法人)から、その上級教会(宗教法人)へ毎月のように行われている『お供え』や『ひのきしん』は、『寄付』なのでしょうか?それとも『看板料』とか『のれん代』といった類のものなのでしょうか?

>もし『寄付』だとするなら、これはその教会(宗教法人)の資産を毀損することになりますから、その教会(宗教法人)の信者さんが訴えたら、教会長は『背任罪』になるのではないかと思うのですが、ご意見を下さい。

 教会のお金のことがよく分からなかったので昨日、会長さんに伺いましたら、仰る「看板料」や「のれん代」は、教会が取りまとめて上級、大教会、本部へと納める「教会教費」や各会への「会費」などがそれらにあたるようです。

「ひのきしん」は「日の寄進」だそうで、「毎日の感謝の意を神に寄進する」ということのようです。ですからそのかたちが「労働力」をもって寄進するのか、「物品」でもって寄進するのか、「金銭による献金」なのかだけの違いとなります。
 寄付や寄進は、あくまで自由意志によるものですから、特に、どうしても献金したくないというのであれば、しなくても法的には何ら問題はありません。

ご質問の「背任罪」についてですが、

 刑法247条
「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」

とあります。
 確実に利益は図っていますよね(笑)ただし、損害や危害を加える意思をもって任務に背く行為をはたらいて、故意に財産上の損害を加えないと背任罪は成立しません。つまり、「そんなつもりは毛頭ございません」と言われたら、該当しないのです。

 以上、ご理解いただけましたら幸いです。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月20日(土)20時15分33秒
返信・引用
  投稿者:tokumei  投稿日:2017年 5月20日(土)15時08分59秒 様

>大教会名を知りたいです(知人かもしれないので)。

それはご心配ですね。
でも流石にネット上ですから中〇大教会の実名は晒せません。

事件の舞台となっている〇根大教会は、関東にあるの新幹線停車駅から徒歩5~6分程度、近くに大きな公園のある、国道から少し入った閑静な地域にある敷地2~3千坪はあろうかという教会です。
他の方の投稿通り、中〇大教会は、お供えその他の教勢としては今一歩のようですが、この〇根大教会の敷地は不動産価値が高いように思えます。

乗っ取りの目的が、中山家の一族に「大教会長」のポストを用意する事なのか、大教会を移転させて不動産を取り上げる事(大型マンションでも建てて管理会社にでもした方が天下り先としては優良かも)かは分かりませんが、まぁ、「子供の財布に手を突っ込む飲んだくれの親」そのものですね。
 

激震

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 5月20日(土)16時45分26秒
返信・引用
  2017年 5月20日(土)15時08分59秒 tokumeiさま

子分の財布は付帯する財産の一部で、不動産も含む法人全財産が目当てだったのでしょうね。
各部内には「外に布教、々々」と言っておいて、自分らは、こどもの所有する財産に手をかける。最低極まりない連中です。
この被害大教会には、早くに決着をつけていただきたいものです。
いまだかつてない激震となるでしょうね!!!

 

(無題)

 投稿者:tokumei  投稿日:2017年 5月20日(土)15時08分59秒
返信・引用
  大教会長さんは別におられるんですね。了解しました。大教会名を知りたいです(知人かもしれないので)。
それにしても、子分の財布に直接手を入れたい、とは。
任侠道にも劣る教会本部の塀の中の面々ですなぁ。万能の神を名乗れば、何でもありなんですね。
 

(無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 5月20日(土)11時45分39秒
返信・引用
  天理教社会学研究所で取り上げられた、中田善亮氏の「お供え」発言がひと仕切り物議を醸したが、
氏のそうしてた発言の中に「金の切れ目は縁の切れ目」というのがあった。

そもそもこの俗語は人間と神様の間で使われるべき筋合いのものではない。
これはもともと遊客と遊女の間の、金だけで結ばれた愛のない男女関係をあらわしたものだから、
「金でつないでいる間はお相手をしてくれるが、金がなくなると『ハイ、サヨナラ』になる冷た~い関係」を
言っているのだ。

神様がこうした遊女のようなレベルにいるとは到底思えない。
だから、これは言葉の使い方の初歩的なミスなのである。これを読んだ時、中田氏の国語の能力
を疑ったものだが、とは言え、中田氏ばかりを責めることはできない。

おそらく氏の背後にはゴーストライターがいるのであり、国会答弁のように、官僚の書いた文章を
ただ朗読するだけの議員さながらに、ゴーストライターの書いたものを素直に読んだだけなのだろうと思う。気の毒な人だ。

実は(ここからが本題なのだが)私もこのサイトに「金の切れ目は・・」という俗言を書いた。
もちろん、「遊女と客の間の金で処理する関係」という意味で使ったわけだが、そういう言い方
をすることによって、天理教内にはびこっている、信者と神様の間の間違った関係を揶揄したつもりだった。

うがった言い方だが、ゴーストライターを含めた本部の人たちもこのサイトを読んでいるのではないか・・
と、そう思う。

また、以前「『おかげさまで』という思いを大切にしよう」というようなことを、このサイトに書いた。
それがY誌の巻頭言で書かれていた。
偶然の一致だろうとは思うが、このサイトはY誌の人にも読まれているんじゃないかと思う。
 

おさづけについて

 投稿者:moto shinja  投稿日:2017年 5月20日(土)10時00分12秒
返信・引用
  みなさまの「おさづけ」論、とても勉強になっています。
疑問を感じながらも、会長の「おさづけ」を受け、「お供え」をずっと払い続けてきた人が
いました。その人は旅行が好きで、ちょっとした体の不調も2,3日旅行に出て気晴らしをする
と、すっかり元気になったそうです。それが、あるきっかけで旅行の代わりに(旅行に出た
つもりで)おさづけを受け、旅行代の(だから相当の額です)お供えを出してきました。
最初はよかったものの、あまり効果がないので、やっぱり旅行に出ることにしました。
すると、気がはればれして、見違えるように元気になったそうです。

私はこの話を聴いて、人それぞれに元気になる源というものがあるんだと思いました。
NHKのニュースで、笑いががんの進行を抑えるという学術研究が始まったと言ってました。
がん患者による登山の会というものがあるそうです。
「おさづけ」には、「人をたすけたい」という気持ちがあるかどうかが重要だと、
一文字隼人様は言われてました。その通りだと思います。しかし、あくまで「おたすけ」する側の
主観的な気持ちではなく、たすけられる側にとって客観的に効果をあげているかどうかこそ、
重要なのではないでしょうか。

心の持ち方による自然治癒力は心身相関医学からすれば当然なことで、心が囚われから解放
されたら、それは当然、からだにもプラスの影響を与えるものです。
これはオカルトでもなんでもなく、現代医学の常識でもあります。
その自然治癒力を発揮させるために、ある人は旅行であり、ある人は笑いであり、ある人は
登山であり、ある人はまた別のことであるでしょう。それをうまく見つけてあげるのが
本当の「おたすけ」ではないでしょうか。

何がなんでも「おさづけ」でと迫り、聞きたくもない「おさとし」を得々ときかせ、
あげくのはては「おつなぎ」が肝心と「お供え」をごっそりいただいていくというのが、
今までの天理教のおたすけではなかったでしょうか。
悪いけれども、こういうやり方は、もうまともな感覚の一般社会には通用しません。

人々から最も効果的に自然治癒力をひきだす「おたすけ」研究こそ、
天理教本部で進めていくべきでしょう。そういえば、天理やまと文化会議というのは、
天理大学の宗教学者たちの集まりのことでしょうか。今は存在しないそうですが、
今まで存在してきて、このような研究をしてきたのでしょうか。
おさづけの治癒効果とか、お供えの問題とか、教会制度の問題点とかの研究は、
残念ながら、御用学者たちには無理なんでしょうね。だとしたら信者にとって価値がありません。
 

tokumei

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 5月20日(土)06時52分5秒
返信・引用
  2017年 5月19日(金)15時45分37秒 tokumeiさま

「社会学」2017年5月19日 11:55 AM の「両統領お話」さまの投稿の以下の部分のことを仰ってるのですよね?

【大教会長】
栗原政夫、大教会の役員。日高彰、大教会の役員。櫻井雅夫、大教会の役員。

この栗原氏は、役員さんのお名前じゃないですか? 大教会長さんが役員さんを紹介している場面ではありませんか?
 

両統領の法人乗っ取り宣言

 投稿者:社会学からの転載  投稿日:2017年 5月20日(土)05時49分26秒
返信・引用
  両統領お話  2017年5月19日 11:55 AM

今回小職は、
「中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月22日 お玄関奥洋間」
という題名の文書を、法人乗っ取り被害の大教会関係者より入手したのでご紹介します。
これは昨年の10月14日、この大教会の秋季大祭祭典後の教会長連絡会議で、中山治信本部員が配布、そしてその音声を全員に聞かせたそうです。
(提供者は「音声を聞きながら、この文書を目で追って読んでいたが、両統領とも音声では、もっと下劣なことを言っていた」と証言。文責は中山治信本部員らしいが、都合よく改竄したのであろう。)

全文掲載しますが、一つ留意点として、この大教会の「会長夫妻が悪い、悪い」という前提で攻め込む宣誓のような文章なので、こうした悪意あるプロパガンダ、ガスライティングに騙されないよう、つられないよう、惑わされないよう、注意深くお読みください。

中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月22日 お玄関奥洋間

【山澤廣昭内統領】
今日、急遽来ていただいたのは、中〇のことというか、大教会の様子などを意識するようになったのは、それはちょうど十数年前、両統領との懇談があったが、あの当時それ以降いろいろと世話人(島村廣義本部員/内統領と兄弟)から話を聞いたり、周りから話を聞かせてもらうけれども。
また実際にいろいろな集計、大教会としてのお供えのことであったり、人の面のことであったり、いろいろと見させていただく中に、中〇が大教会として、なかなか十分に機能していないということが多々見えているように思うのです。
実際に本部に運ばれてくる理立て一つにしたって単立の分教会に劣る面がありますし、人の面のご守護も然りですし、大教会の中では役員会等々が全く機能していない。
いろいろな各会の動きにしても停滞している状況である、と言われるようなところであると思う。
それを以前から何とかしないといけなかったと思うし、本部としても実際、中〇の教会や信者ようぼく等のことを考えますと、このまま放置しておけないような状況にあるのではないかと思うのです。
そうした上から今日、本部として一つ決断したところをお伝えして、今後いろいろ本部も中に入って中〇の動きを相談していきたいという上から、こちらは両統領、世話人が入って、こちら、中山治信、高井久太郎。
そちら、大教会での立場と教会名等々、それぞれ教えてもらいたい。

※「本部も中に入って」
‥宗教法人法第12条5-12項「包括団体と被包括法人の相互規定」違反。各法人は自律性、自立性、独立性が保障されているので、中まで入ってかき回すのは言語道断!

【大教会長】
栗原政夫、大教会の役員。日高彰、大教会の役員。櫻井雅夫、大教会の役員。

【山澤廣昭内統領】
一応やはり本部としても関わるについて、複数の人間で関わりをもって、いろいろと相談をし、指導すべきところは指導させてもらって関わらせてもらいたい。
そういう上から世話人(島村廣義)はあくまでも一人ですが、それを補佐するかたちでこの両名(中山治信、高井久太郎)、計三名が、今後、中〇に関わっていきたいと。
特に、聞いてみれば会計面のことなど、いろいろと心配なこともあるようですし、実際に、先ほど言いましたように、中での相談が全く成り立たないというような状況にあるようですし、大教会としての動き、形を作らないといかんと思いますし、そうした上から足繁く、こちらからも運ばせていただいて事を進めていきたいと思うことで、今日おいでいただいた。
これは両統領の責任で、代わって3名に行っていただくというかたちになりますので、本部としても本腰入れて、ずっと中〇の立て直しに関わっていきたいと思いますので、その点、ご了承をいただきたいと思います。
部内の方にも流してもらわないといけないということで、今日、お集まりいただいて、おいでいただいたのは、そうしたことです。

※「会計面のことなど」
‥やはり、法人財産狙いですね。
※「これは両統領の責任で、代わって3名に行っていただく」
‥結果、刑罰法令にも抵触しているということなので、これは両統領の犯罪教唆の証拠となります。
※「ずっと中〇の立て直しに関わっていきたい」
‥これも「相互規定」違反です。立て直しどころかメチャクチャにしているから、こうして部内からリークがたて続くのではありませんか、両統領さん?

【中田善亮表統領】
ただ今、内統領から申しました通りで、大教会の役割に関してですが、大教会をはじめ繋がる教会、あるいは教会に繋がる方々の成人、あるいは教会活動、丹精、そういうものが、おぢばから真っ直ぐに理が流れて活性化を図っていく。これが大教会の上での一つの大きな役割と思います。
しかしながら、なかなかそういうふうには伺えない状況が続いているように思います。今のままでは、これが好転していく、良いようになっていくようにはちょっと伺えない(思えない?)という判断を致しました。
これから、なかなか一朝一夕に進むことではありませんので長い年月がかかるかもしれません。しかしやはり順序良く前に運んでいかなくてはならない。
あるいは、ある意味では、組織というような組織体(組織というような集合体の間違い?)がある。あるいは、その組織に勤める人たちの心、心根、思い、そういったものがやはり一手一つになっていかなければ、なかなか事が進まない。
営利団体ではありませんので、やはり何のための中〇大教会なのか、というとうなことが皆さんにしっかり根付かなければ、本来の在りよう、順序良く一手一つになっていくということが難しい。同じ思いを持っていても、なかなか難しいものですから、今の状況では、これからいろいろと状況を相談いただいて、本部としては一中〇という名称だけではなく、そこに繋がる教会、あるいは、ようぼくの方々が勇めるような状況になっていくことは、これはやはり大事なことだと思います。そのために必要なことは、思い切ってメスを入れていかなければならないと思います。今ある状況をこれからどうして行くか、こういう体制をとりますので、本部としてはしっかり、こちらも腰を据えて相談させていただきたいと思います。

※「思い切ってメスを入れていかなければならない」
‥メスなんて入れてはいけません!やはりこれも宗教法人法の「相互規定」違反です。

ただ中〇に限ったことではありませんけれども、大教会もいろいろと状況が違いますので、どんなスタイルが一番いいかということは、これはもう一概に申せるようなことではありませんので、つくっていかなければならないと思いますので、やはり大教会として陞級された、そこに戻って一から本部直属教会というものを拵えていく、拵え直すという、つくり直すというぐらいの、それほどの覚悟でかかっていかなければならない。こちらもそう働きかけをさせていただきたいと思いますので、急な話だとは思いますが、内統領も申しましたように、このことを、役員会議というものが成り立っていないように思っておりますので、直属教会長、あるいは必要な方々に、このことをお伝えいただいて、そして世話人はじめ3人を遣らせていただきますので、引っ掻き回しに行くつもりでもありません、喧嘩をしに行くつもりでもありません。

※「引っ掻き回しに…喧嘩をしに…」
‥引っ掻き回されて、役員さんが一人出直され、大教会を離れてしまった人も出て、会議では最近まで喧嘩のような状況が続いていたと伺います。

お道の教会として、やはり教祖に喜んでいただけるような状況を、何とか年限をかけてでも作らせていただくということが目的ですので、その点において一つ、心を合わせて話し合っていただきたい。
やはり今申しましたが役員会議、それがやはりキチンと働くようにならなければならない。そして何よりも会計状況。これの明朗化と、そしてこれからどういうふうに変えていくのか、立て直していくのか。そういうこともみなさんで、いろいろとご相談いただかなければならない。
失礼ですけど、会長さんと奥さんだけで会計をやっていただくのは、もうやめていただいて、しっかりと会計の役割の方々とともに、内容のことも、予算立てて、そして歳出、そして決算ということがキチンとなるように。これは使い方云々ということではなく皆さんの気持ちに通じることですから、やはり大事なことだと思いますから、そういうようなことも昔のような一昔前のような、まあまあ、まあまあということでは済まない時代になってきておりますので、もっと言えば、監督官庁さんにもキチンと報告してくださっていると思いますけれども、そういうところも、だんだんと厳しくなってきています。ごまかしの利かないような方にも、どんどんなっていきますから。
お道は、そういうことには全体的に弱い面もありますけれども、本部直属教会などはキチンとしていただきたい。大教会の中でキチンとどういう状況になっていて、どのようにこれからやっていくのかハッキリとしていただいて、やはり一度、責められるべきは責められなければならない部分もあると思いますし、また整理するところもあると思いますので、その辺のところまで、人様の台所まで足を踏み入れるようなこともさせていただくこともあると思いますけれども悪気はなく、先々の事を思って一つご協力をいただきたいと思います。

※「何よりも会計状況」
  「会長さんと奥さんだけで会計やって…」
「やはり一度、責められるべきは責められなければならない」
‥伺うと、大教会長さんは会計はやっていなかったそうで、夫人と役員さん方と事務方だったと聞いています。嘘の情報が本部に流れていたものと思われます。本当に大教会長夫妻が詐欺や横領などの不正を働いていたなら、それ以前に監督官庁からお咎めがあったはず。最初から捜査機関を入れるべきだったのではないのでしょうか。監査権もない人間が攻め込んで責めたて、監査のママ事でやったから大モメ事になってしまったのでは?
※「人様の台所まで足を踏み入れるようなこともさせていただくこともあると思いますけれども悪気はなく」
‥悪気がある、ないの問題ではありません。失礼極まりない、これも「相互規定」違反。

詰所の状況などにつきましても周りからも聞きますし、周りだけでなく部内先からもいろいろ我々の耳に入ってまいります。それがどこまでがどうなのかは分からないですけれども、やはり心配なことが多いですので、ここらで注意しなければ本部としても申し訳ないと思いますので、そういう方向で島村先生中心にと思いますのでご承知いただいて、対処いただきますようお願い致します。
以上。
 

司法書士の卵 様

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月20日(土)04時36分51秒
返信・引用
  詳しい説明いただき、有難うございます。

「乗っ取り事件」というとソレだけで悪いイメージを感じさせますが、外から見るだけしかない我々には、その中で行われている違法性や問題性を冷静に分析する必要があると思います。
もっとも、企業買収だの事業譲渡だの相続と違って、違法性を少なからず含んでいるから「乗っ取り事件」などと言われるのでしょうが。

司法書士の卵様は法律の専門家だと思われますので、質問があります。

天理教の教会(宗教法人)から、その上級教会(宗教法人)へ毎月のように行われている『お供え』や『ひのきしん』は、『寄付』なのでしょうか?それとも『看板料』とか『のれん代』といった類のものなのでしょうか?

もし『寄付』だとするなら、これはその教会(宗教法人)の資産を毀損することになりますから、その教会(宗教法人)の信者さんが訴えたら、教会長は『背任罪』になるのではないかと思うのですが、ご意見を下さい。

勿論、現実にはそんな訴えを起こす信者さんはいないと思いますけど。
 

(無題)

 投稿者:tokumei  投稿日:2017年 5月19日(金)15時45分37秒
返信・引用
  中央、中河、中紀、中和、 中背、中津、中根、中野。

栗原姓の大教会は見当たらないんですが? 交代したばかりの新しい大教会長さんかな?
 

四拍手とは?

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 5月19日(金)09時58分29秒
返信・引用
  四回手を合わせる、すなわち「四合わせ」で「幸せ」になれるんだそうです。
なんという宗教作法のこじつけか。このようなことで幸せになれるのであれば、苦労は要らない。
 

みち 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 5月19日(金)09時05分2秒
返信・引用
  返事を下さり有り難うございます。三島公会堂でのことは存じておりました。ただ、私は年に3回ほどしか天理に行けません。その関係でどうしてもその場に行くことが出来ません。
此処の方の話によりますと、教祖は「聞く」に掛けて赤着の紋を「十二弁の菊の紋」にされた、と話されているそうです。十二弁は1年12ヵ月を表していると聞いています。
教祖のお気持ちは、年中いつでも聞きにおいでということだったのかも知れません。

教祖は何事も聞いてくださった。現行天理教の紋は梅鉢の紋から、十二弁の菊に変えて、何事も聞いてくれる度量の広さが求められていると思うのですが、今のように、クレクレ天理教では先はありませんね。
戦前には、菊の紋は使うことが出来なかったと思うのです。しかし、戦後の復元の実施時に梅鉢(中山家の紋)から菊の紋に変えることが出来たのに、何故それをしなかったのでしょう。
 

法人乗っ取り

 投稿者:司法書士の卵  投稿日:2017年 5月19日(金)07時01分16秒
返信・引用
  2017年 5月18日(木)21時13分47秒 末端教会子弟さま

仰るとおり、たとえば一般の株式会社であれば、その企業の筆頭株主になれば最大の発言力、影響力を持てます。また株を100%取得すれば完全子会社化です。あまり良い表現ではありませんが、これが一般社会における、企業の「乗っ取り」です。

この「お供え」さん、社会学さんに投稿されている乗っ取り関連記事を総合すると、この法人乗っ取り被害の大教会においては、失脚させるがために本部と弁護士ほか部内の数名が結託して会長家族に秘密裏に計画をすすめ、本来、人事権の及ばないはずの他法人の人事に干渉、代表役員の意向を無視して、あたかも役員会議決のように見せかけて一方的に人事(会計)を決定、勝手に異動して、まずは法人財産の一部である「会計」を手に入れ、後に「法人印」を代表役員から奪って大教会の覇権を手中にしようとした、ということのようです。

これらは宗教法人法の「包括団体と被包括法人の相互規定」ほかの違反になりますが、これだけでは刑罰法令には抵触していません。ですので教会本部の所轄である文部科学省(宗教法人審議会)ないし、各教会(各法人)の所轄である県庁の宗教法人窓口へ被害の旨を申し出られるとよいでしょう。

可能性として考えられる抵触刑罰法令は全体的には、
脅迫罪、威力・偽計業務妨害罪、強要罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪。

また、両統領、現場責任者である島村本部員は教唆罪の可能性。

そして組織的に行っているので「組織犯罪処罰法」への抵触が考えられます。
「組織的詐欺」とか「組織的恐喝」ということになるでしょう。

個人的に個人をも告訴するというのなら、当然ながら名誉毀損罪、侮辱罪なども含まれてくるでしょう。

また弁護士においては一般法規以外に、弁護士法、弁護士職務基本規定、日本弁護士連合会々則などがありますので、それらに違反、抵触していれば、所属弁護士会や日弁連へ懲戒請求や申し立てができます。

会議などが落ち着いてきたようですが、これは大教会側が何かしらの手続をすすめていて、加害者達がそれを認識したか、抑止のために大教会側から何かしらの威嚇があったのではないかと想像します。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月18日(木)21時13分47秒
返信・引用
  >「あんたら、法律ならべたり、〝おさしづ〟ならべたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」

これは、両統領を始めとする上層部が、今の天理教本部は「反社会的組織」であり、教祖様・本席の教えを否定する宗教団体になった、と宣言していますね。
この言葉が真実なら、天理教内だけでなく多くの人に聞いて頂いて、その信を問いたいところです。どこかのマスコミが取り上げてくれればいいのですが。

「乗っ取り事件」そのものについては、乗っ取り全体が違法なわけではなく、その中で行われる手続きや言動に違法性があるかどうかで判断せざるを得ません。
大教会側の人たちがどの程度証拠を集めたかわかりませんが、落ち着いたということは、確たる証拠を握ったということなのでしょうか?
 

両統領に切られるで

 投稿者:社会学からの転載  投稿日:2017年 5月17日(水)20時18分22秒
返信・引用
  大量検挙
2017年5月17日 7:56 PM

ひどい話ですね。本部員て、甘露台のまわりでお面かぶって「おつとめ」している人たちですよね。

せっかくなので、僕がこの系統の方から聞かせてもらったお話をします。
いわゆる「法人乗っ取り事件」が起きてしばらく、この大教会の本部との交渉役の人が中山治信本部員と話していて、本部と部内の裏切り者たちの法令違反行為や、教理からかけ離れた教祖の教えに反する行為だ!と指摘したところ、中山治信本部員は、
「あんたら、法律ならべたり、〝おさしづ〟ならべたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」
とか脅迫されたそうです。

この天理教は、法律ならべたり、おさしづをならべたりしたら、両統領にクビにされるそうです(笑)

というか「ほんまに両統領に切られるで」ということは、最初から大教会長さんや奥さんをクビにするつもりで「乗っ取り」をしかけたということですよね!?

最低やん。お前ら、早よ捕まって、刑務所で頭冷やして来い!
 

青垣?

 投稿者:みち  投稿日:2017年 5月17日(水)19時02分50秒
返信・引用
  青垣かどうか分かりませんが、26日の9時くらいから三島公会堂の二階で、ちょっといい話とかの会合をやっています。私は参加していませんが、情報はこれくらいしか分かりません。自信はありません。  

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月17日(水)10時31分39秒
返信・引用
  一読者B 様

私は、それ程「高潔」でも「純粋」な人間でもありません。
世間一般の「普通の人間」です。

教会の家庭に生まれ育ちましたが、末端教会であったことと、父も定年まで「事情働き」をしたこともあって、教団と信者の『中間の立場や考え方』を持っているように思えます。

元信者様が言う「責任のない立場だから好き勝手言う」ことが出来るだけかもしれません。
だからこそ、上級や組織のおかしな所も批判するし、本当の教祖様の教えを求め続けているようにも思えます。


今後どうなる?  投稿者:匿名 様

先駆けは長野県の「豊文分教会」をはじめ幾つかあると思いますが、流石にその経緯をネットに晒すようなことはされていませんね。

ご期待にそえられるかどうかは分かりませんが、今後も教会での出来事や家族とのやり取りなどをブログに掲載していきたいと思います。

ただ、私の(父の)教会が部下のない末端であることや、信者の殆どいない事情教会である事、不動産が父の個人名義であることなどから「こうなった」のであり、他の教会の状況や立場によっては、全く違う展開になるかもしれない事はご承知おきください。
 

社会学より転載

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 5月17日(水)09時46分55秒
返信・引用
  特命
2017年5月17日 9:20 AM

中〇大教会の会議出席者から情報いただけました。最近は非常に穏やかに議論が遂行されているそうです。
以前、どなたかのコメントで、
「法人乗っ取り犯たちは、すでに捜査機関ロックオン済み」と、あったかと思います。その所為なのか、親玉である島村廣義本部員、羽成守弁護士らは以前までの横暴、暴言は鳴りを潜め、大変おとなしくしているそうです。
情報提供者によると、中山治信本部員は会議の席で、負け惜しみかのように、
「今までの会計の予算組みのやり方が悪かった」とか、「以前のまま今の量のお供え(神饌物)をしてるのだろうが、経済的に疲弊している現状を踏まえて予算減らすとか、台数を減らすとか、身の丈相応の御供え(神饌物)にしろ!」
とか言ったらしく、その方は大変怒っていて、
「会長さん方は関係上、言いにくいところもあるだろうから、俺らが取っ絞めて次回にでも会議から追い出してやろうか、あのヤロウ!」
と仰っておられました(笑)

私は現在、本部との包括関係の解消の手続きを進めている関係上、宗教法人法など法律のお勉強を行政書士の先生の師事のもとでやっておりますが、思うに本部員たちがその大教会の会議に出席していること自体、宗教法人法違反ではないかと思いますよ。
これは「包括団体と被包括法人の相互規定」といって、各宗教法人には「自律性や自主性(自分たちが主となって決める)」「独立性」などが認められていますので、たとえ本部であっても、一方的に人事を押し付けて勝手に異動したり、一方的に解任とかはできないはずです。
しかし聞けば、島村廣義本部員らは、会長家族に隠密に、一方的に会計の人事を決め、思惑の人間に異動させ(これは後で説明)、覇権を掌握し、大教会を乗っ取ろうとしていたようですが、それが大教会側にバレて、弁護士や捜査機関に相談されて事件が発覚したということのようですね。

また、なぜ現在の会計責任者にしたという件ですが、天理教教規の57ページに興味深い条文を見つけました。

【一般教会規定第23条】
教会長の後任者を定めるときは、左(下)の方法による。
一、直属教会では、当該教会の役員および部属教会長の推挙による。
【一般教会規定第24条】
前条の教会長は、任命を受けた後に前任者から速やかに当該教会の財産およびこれを証する書類などの引継を受けなければならない。
前任者が出直し、その他の理由によって欠けた場合は、当該教会の財産管理に当たる者をもって、前項の前任者に代える。

とあります。つまり、現在の会計責任者にしたのは、会計というのは法人財産の一部ですが、これにさらに法人印を手に入れると、不動産その他のすべての法人財産を掌握することになります。とりあえずは会計責任者に任命して、後に法人印を代表役員から手に入れて、この会計責任者を会長にしようという、まさに「法人乗っ取り事件」といえます。

また、茶番の会議で会計を異動させたときに中山治信本部員が、この大教会の会計室に入ってきて、大教会長夫人に、
「金庫こちらへ渡してください。奥さん覚悟して下さい!腹くくってください!」
などと言って法人会計の金庫をむりやりに奪ったと伺いました。
これもやはり前述の宗教法人法の「相互規定」違反ですね。しかも法人会計金庫を強取・強奪しているので、刑法の「恐喝罪」ないし「強盗罪」に該当するのではないですかね。

全体を見ると7、8名で実行している事件で、これは両統領の指示(教唆)ということなので、「組織犯罪処罰法」にもかかってくるでしょうね。罪名は「組織的恐喝とか、組織的強盗ないし、これらの未遂」とかでしょうかね。

また、うちの行政書士の先生が、
「弁護士がいながら、こんな事件が起こっているということは、この弁護士も明らかに関係してますよ。というよりも主導側にいるでしょうね」
と仰っていました。世も末です。
 

今後どうなる?

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 5月16日(火)11時27分9秒
返信・引用
  末端教会子弟様

>被包括関係廃止の手続きを全て済ませたら、今までの状態とどのように変わるのでしょうか?

 被包括関係廃止の手続きを、ブログに具体的に詳しく書いて頂いて、大変参考になります。末端教会子弟様が、先駆けて、被包括関係廃止という行動を起こされた勇気は、賞賛に価すると思います。が、今後、上級教会、大教会、本部が、どういう反応、応対をしてくるか、ということが、非常に気になることころです。今後の、そこらへんのところも、詳しくご報告して頂けたら大変有り難く思います。よろしくお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月16日(火)00時52分30秒
返信・引用
  末端教会子弟 様

再度ブログを拝見したら、被包括関係廃止の事について、きちんと記載している事に気付きました。
すみません。説明して頂かなくても何となく分かりました。
有り難うございました。


一読者B 様

お詫びなんて、そんな・・・


掲示板に投稿している皆様、閲覧している皆様。

最近、毎晩投稿しているので、寝不足になっており、投稿を自粛しようと思います。
短い間でしたが、皆様どうも有り難うございました。
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月15日(月)21時15分4秒
返信・引用
  > No.3136[元記事へ]

末端教会子弟 様

>私が取り組んでいる「被包括関係廃止の手続き」が全て済んだら、教会に関わる信者さんに伝えようと思っていた事があります。

被包括関係廃止の手続きを全て済ませたら、今までの状態とどのように変わるのでしょうか?
天理教信者という身分だったので、被包括関係というのが、どういう関係なのかよく分かりません。
お手数ですが、教えて頂けませんか?

>貴方が『救いたい』『助けたい」と思って行動することをご守護する月日親神です。
>助ける相手は、貴方の手の届く範囲の人ということになります。
>第一に貴方自身、そして貴方の家族親戚、友人、知人、職場の人や地域の人、という順番です。
>悩みや困ったことはあるけど、どうしたら良いか分からない、解決策が考えられない時は遠慮なく教会に来て下さい。皆で相談しながら考えて、良い方法を見つけましょう。
>この教会は、その為にあるのですから。」
>通じるモノがありませんか?

僕も末端教会子弟様の考えに通じるものを感じております。
「助け合いの場」として教会が機能すれば、一人一人の人間が安心して幸せに暮らしていけると僕も思います。
上級の会長さんや大教会の方々とこれから交渉をされるのですね。
末端教会子弟様の考えを上級や大教会が受け入れて、被包括関係廃止が実現する事を願っております。

 

(無題)

 投稿者:一読者B  投稿日:2017年 5月15日(月)15時37分11秒
返信・引用
  元信者 様

元信者様のコメントに対する感想を、差し出がましく色々書き綴ってしまいましたが、
元信者様個人に対してというよりは、そういった形をとってはいますが、公の場でのコメントですので、
自分はこう考えますが、元信者様、そして皆様どう思いますでしょうか?という問題提起的な意味合いも
含めて考えや感想を述べさせて頂いてました。

元信者様のお気持ちを乱すことが目的ではありませんでしたので、これで失礼します。
余計なご心配をお掛けしたとしましたら、お詫びいたします。

末端教会子弟 様

>「願いをかなえてやろう」とか「願いをかなえてくれ」とかそういう人間の
>「助かりたい」という欲望の解決を宗教家と信者が神の前で契約するから、話がややこしい

私もこの言葉はとてもわかり易くて素晴らしいと思いました。

また、末端教会子弟様が、教会に関わる信者さんに伝えようと思っていた言葉を読ませて頂きました。
一読者B様とも、ありましたので、また懲りずに勝手な感想を述べさせていただきます。

一言で言って、通じるものがあると思いました。

それは、私自身が各掲示板で末端教会子弟様のコメントを今迄読ませていただいて来て、この方は裏表なく、
嘘や背徳を拒絶する強さを持ち、純粋に本当の信仰を求めている方なのだな~との感想を持っているからです。

なるほどと思われる言葉は、例えばマニュアルがあれば、どんな人にもいうことが出来ます。
しかし、

「何を言ったか」よりも、「誰が言ったか」だと思うのです。

嘘のない人、本当に相手の事を思っている、行動言動に矛盾のない人の言葉は、「通じるものがある」と、私は思います。
 

青垣会とは

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 5月15日(月)10時08分50秒
返信・引用
  奈良に住んでいる天理大学を卒業した知人がいます。年に数回この知人に会います。この知人が言うには、本部の建物から東方を見ると青垣高原の山並みが見える。知人はこの山並みを指さして、「青垣会」という組織があって、この組織は教団本部から目の敵にされていると言っている。
教団本部から敵視されているということは、当然、教団から見ると異端の教義を説いていると解する。しかし、この会の説く異端と呼ばれる教義の方が教祖の教えを忠実に伝えているのかも知れない。
どなたか青垣会の存在をご存知の方が居られましたら、この場で語って下さればと願っています。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月15日(月)08時23分4秒
返信・引用
  元信者 様 一読者B 様

横から口を挟むようで失礼します。
お二人のやり取りを興味深く読ませていただいています。天理教の信仰と組織の中で辛い体験をお持ちのようですし、苦しい経験をされたことがよく理解できます。
また、その上で素晴らしい見識と分析をされていることに感心しています。

お二人のやり取りの中で素晴らしい言葉を頂きましたので、感謝とお礼を申し上げます。

>「願いをかなえてやろう」とか「願いをかなえてくれ」とかそういう人間の
>「助かりたい」という欲望の解決を宗教家と信者が神の前で契約するから、話がややこしい

私が取り組んでいる「被包括関係廃止の手続き」が全て済んだら、教会に関わる信者さんに伝えようと思っていた事があります。

「教祖様の教えは、私達が『助けてください』『救ってください』とお願いする月日親神ではありません。貴方が『救いたい』『助けたい」と思って行動することをご守護する月日親神です。
助ける相手は、貴方の手の届く範囲の人ということになります。
第一に貴方自身、そして貴方の家族親戚、友人、知人、職場の人や地域の人、という順番です。
悩みや困ったことはあるけど、どうしたら良いか分からない、解決策が考えられない時は遠慮なく教会に来て下さい。皆で相談しながら考えて、良い方法を見つけましょう。
この教会は、その為にあるのですから。」

通じるモノがありませんか?
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月15日(月)01時24分53秒
返信・引用
  僕は別に、親神様、教祖、天理教学を批判しているわけではないんですよ。
地方教会で実際、起こった出来事を書いて、他の人に同じような失敗をして欲しくないから書いているんです。

例えばですが、もし僕が宝石店の元従業員だったとして
「あの宝石店に売ってる宝石は実は全部偽物だよ。百万円の値札が付いてる商品も実際は千円ぐらいの価値しかない」なんて言い出したら、お客さんは怒り出して、その宝石店で働いている従業員はクレーム対応に追われて、大変な目に遭いますよね?
僕はそれと同じような事なんてしたくもないし、僕の場合、天理教を離れて数年経っているので、天理教の教えをそんなに覚えていないんです。掲示板に書いてる内容を見てたら分かるとは思うけど、天理教特有の言葉もほとんど使ってないでしょ?

僕が言いたいのは、また宝石店の例えに戻るけど、
もし、宝石店の中に創業者の金の銅像が置いてあって、
「この銅像をお客さんが見えるような場所に置いとくのはヤバくないですか?社長室に移しましょうよ」
と提案したり、
お客さんの満足度を高めるにはどうすればいいか、とか、お客さんが気軽に入店できるようにするにはどうすればいいか、とか、
そういう事を過去のクレームを参考にしながら考えて、
従業員の待遇面も改善すべきではないかと言ってるんです。
クレームが殺到しているのに、放置して、
お客さんが近寄りもしない店になってしまいました。
でも、店舗数を減らしていくわけにもいかないじゃあ
結局、従業員の生活が苦しくなるだけで、従業員も働く意欲を失うでしょう。
いくら品質のいい宝石を取り扱ってる宝石店でも、
会社がこういう風になってしまったら、活気がなくなります。
それを防ぐためには、どうするか。
それなんです。
 

一読者B 様

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月14日(日)23時40分20秒
返信・引用
  > No.3132[元記事へ]

一読者B 様、こんばんは。

> そして個人の「信仰心」を高め、心や生き方を高める学びの場や学びを提供してくれるのが宗教組織だと思ってます。

天理教の教会が心や生き方を高める学びの場として、皆から慕われるような存在になる事を僕は願っています。

> 社会学さんの方でも問題となっている年金につきましても、長年に渡り教団に尽くして来られた方が
> 年金もなく困っていた場合、年金の代りとなる援助のような制度がないのも腑に落ちないものを感じます。
> あくまで個人の責任と裁量でのお供えなので、そこまでは考えてないという理由なのでしょうか。

そうなんですか・・・天理教の会長さんって、年金未加入なんですね・・・

> そういうことであれば、お供えする側も「責任」を持った判断が必要になりますよね。

今後の自分の人生がどうなっていくのかを、お金の使い方も含めて、もっと自分自身が責任を持って考えていって欲しいとお伝えしていると受けとめましたが、そういう事でよろしいのでしょうか?
自分の身は結局、自分自身でしか守れないものなんだと。
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月14日(日)23時25分32秒
返信・引用
  色々と難癖をつけるようで申し訳ないのですが、
僕は天理教の教えを批判しているのではなく、天理教のシステムに問題があると言いたいのです。
昔、うちの会長が「○○さんとこの教会も大変なんだなぁ」と話していました。
心配しているような事を言っているし、本当に心配していたのかもしれませんが、
自分の担当でもない事だから、○○さんの方から助けを求めてこない限り、見て見ぬふり。他人事なんですよね・・・
一方、○○さんの側の言い分は(推測ですが)
自分の教会の事情だから『よその教会に助けを求めに行って、迷惑をかけるわけにもいかない』
多分、そういう風に思ってるんじゃないでしょうか?

『よその教会?』同じ天理教の教会じゃないんでしょうかねぇ・・・

僕自身も『××さんとこの信者さん』という扱いだったので、天理教では『天理教の信者』というものは存在しないんだなと呆れましたよ。

信者は、企業で言うなら派遣社員でしょう。その企業に働きに行ってるけど、その企業の従業員というわけではない。派遣会社から派遣されて働きに来ている労働者。
そういう扱いなので、金融恐慌が到来すれば、真っ先に『派遣切り』で切り捨てられてしまいます。

信者という立場は本当に何の魅力も無いなぁと思うようになってはいたけど、お勤め着や法被など様々な必要品を購入しているので、辞めるとは言い出せないんですよね・・・
そんなに嫌なら(不服なら)他宗教へ改宗すればいいじゃないか、は天理教側の言い分で
信者側の立場としては「色々とお金を使っておきながら、嫌だから辞めるだと!それなら始めから、そんなもんしなけりゃ良かったんじゃないか!?」と周りから責められるんです。
所属の教会が固定化されている信者という立場は、助かり方さえ制限されてくるので、
天理教なんて無い方がマシという存在になってましたね。

①所属の教会の会長さんが、
②天理教の教会の神殿で、
③天理教関連の話やおさづけ等によって
信者を救済する。
これが天理教の正統な救済法なんでしょうけど、そんな判で押したような結果になるわけがないでしょう。
『よその教会』の会長さんが助けたとなれば、所属の教会に繋がっている正統な理由が無くなってしまうので、
「所属の会長さんともう一度よく話し合ってみてはどうですか?」
と言って追い払われるだけでしょう。
急患が様々な病院をたらい回しにされて、手遅れになって死んでしまったという出来事を以前、新聞で読んだ事があるけど、天理教も制度上、そうせざるを得ないのでしょう・・・
それに所属の会長さんが教会の神殿で信者さんに、例えばミスチルのCDを貸したとしましょう。
天理教の信者から天理教の教えではなく、ミスチルの音楽や歌詞に感銘を受けて救われた、なんて言い出されても、天理教とは全く関係の無い事で救われたんじゃあ、天理教側にとっては失敗例です。
信者が救われる事が目的ではなく、天理教の手柄がなければ、信者が救われたって意味が無い。
僕が『利用されてる・・・』という表現をしたのも分かるでしょう?
「何なんですか、それ。」と言いたくもなりますよ


 

元信者 様

 投稿者:一読者B  投稿日:2017年 5月14日(日)15時09分25秒
返信・引用
  元信者 様

>信仰は学問では無いので、理屈で色々と解釈するものではない、というのが僕の持論なのですが、

そうですね。私も「信仰心」については、理屈や組織などとは関係なく、それぞれの内面に育ち、息づくものだと思ってます。
そして個人の「信仰心」を高め、心や生き方を高める学びの場や学びを提供してくれるのが宗教組織だと思ってます。

>「やっぱり・・・」と思う事も多数、記載されていましたが、
>正直言って、ガッカリですよ、これは・・・
>信仰心も吹っ飛ぶくらいの『凄まじい内容』に唖然としました。

例えばそういったことが、
>> そういった人々を踏みにじるようなことだけはしてほしくないと思います。
という意味です。

ガッカリするような事実が存在するのであれば、即検討そして改善されるべきだと思いますし、
人の道を説く宗教組織であれば、尚更求められる姿勢だと思います。
社会学さんの方でも問題となっている年金につきましても、長年に渡り教団に尽くして来られた方が
年金もなく困っていた場合、年金の代りとなる援助のような制度がないのも腑に落ちないものを感じます。
あくまで個人の責任と裁量でのお供えなので、そこまでは考えてないという理由なのでしょうか。

そういうことであれば、お供えする側も「責任」を持った判断が必要になりますよね。
そこで、
>> 「知らないほうが幸せ」というのは、自分の判断責任とは何ら関係のないことであればいいのですが、
>> 責任を持った判断をするには、より知ろうとする、知っておく、必要があると考えます。
とコメントした次第です。
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月14日(日)15時00分52秒
返信・引用
  僕は曖昧な答弁をしているので、
末端教会側からは「本部の回し者」のように思われているかもしれないし、
本部側からは「不都合な事を書く人間」と思われているかもしれません。

辞めていった人間が今更、ゴタゴタ言うなよ。辞めれただけでも、まだマシじゃないか。
そんなに精神的に苦しいなら、他宗教に改宗すればいいじゃないか、など。
様々な意見があると思います。

僕は善良な宗教団体も、ある程度は知っていますが、宗教団体の信者になる事自体が嫌なので、
もし、再び始めるとすれば、宗教関係者との関わりのない信仰を望みます。
神道の場合、神社に参拝に行っても、賽銭の金額や賽銭を入れるかどうかを誰かに指定される事なく、本人の判断で決める事が出来ます。
いつ参拝に行ってもいいし、いつ帰ってもいい。行っても行かなくても、別にどちらでもいい。
来る者拒まず、去る者追わず。

「願いをかなえてやろう」とか「願いをかなえてくれ」とか
そういう人間の「助かりたい」という欲望の解決を宗教家と信者が神の前で契約するから、話がややこしい事になるのだと思います。

天理教の場合、教会長は世襲制で就任するものだし、教会長夫婦の間に生まれた子供達は、生まれた時から信教の自由さえなく、宗教施設で生活をしなければならないので、
その生活環境に馴染める人はいいけど、馴染めない人は本当に苦しいだろうなと思います。

僕は結局、この掲示板で何をしたいのだろうと思うようになってきています。
僕は辞めた身なので、恨みや憎しみはあまりありませんが、かつて関わった事のある組織の実態に悲しみを感じています。
自分が不幸だから悲しいのではなく(まぁ、自分の今の境遇も悲しいけど)
この境遇が今後も続く人々(その中で嫌々、続けないといけない人々)がいる事が悲しいです。
宗教は労働ではなく、心の問題なので嫌々するようなものではなく、強制的にさせられるものでもありません。
自発的にするものなのです。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 5月14日(日)05時46分21秒
返信・引用
  個人的なことですが、かねてより取り組んでいる「宗教法人の被包括関係廃止手続き」につきまして、「実行編」の原稿がある程度書き上がりましたので順次公開していきたいと思います。

場は個人のブログにさせて頂きます。

http://mikagurauta.grupo.jp/blog/kate/4511

内容が、教団の意向に逆らうこと、上級の立場や顔を潰すことにもなりかねないこと、等から考え残念ながら「実名」は出せませんがご了承ください。

包括関係に限らず、法人の運営や組織上の事などの情報交換の場にできればイイなとも考えてます。質問等ありましたら遠慮なくどうぞ。

(管理人様 掲示板を個人的なことに利用するようですみません。)
 

(無題)

 投稿者:元信者  投稿日:2017年 5月13日(土)23時37分9秒
返信・引用
  > No.3126[元記事へ]

付け加えておきます。
純真一途に道を求める若者達の想いを踏みにじらないで欲しいという考えの方も大勢おられると思います。
事実をこの掲示板に記載する事は、良いのか悪いのか、
実態を知る手助けなのか、絶望を助長する行為なのか、
実態を知る手助けとなりつつ、絶望を助長しているのが、この掲示板なので、
精神的な貧に落ち切った僕には、苦しい心境を書く事もまた苦しく、
罪悪感を感じています。

 

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