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(無題)

 投稿者:moto  投稿日:2017年 2月19日(日)16時38分46秒
返信・引用
  >>大亮様修理人として初巡教
修理人って一体なんでしょう。その教会のお供えが少ないのでハッパをかけるために行くのか、お礼をたんまりもらうために行くのか。全く意味も意義も理解しかねる行為と思われる。
修理人が素晴らしい話をすれば、教会長がますます勇みお供え集めに翻弄するとでも思っているのか?
末端教会からすれば、日頃の生活が大変な上、修理人が来ることによって料理だのお礼だのますます出費がかさむことがわからないのか?
そんなことより、教団に蔓延しているわけのわからない理の親信仰や拡大教理をなんとかやめて欲しいものだ。
 
 

目次を投稿します

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月18日(土)13時03分33秒
返信・引用
  管理人・ライター・チョキ・崩壊・縁の下 各位
色々とアドバイスを下さり有り難うございます。現在この本、アマゾンで1万円を超える価格がついていますので、うかつに全文掲載は出来ませんね。
でも、皆さんは内容に大変興味を持っておられるようですので、先ずは目次を順次投稿してどのようなタイトルで書かれているのかをご紹介します。
本のタイトルは、すでにご高承の通りですので省略します。

目 次
一章 天理教やめますか、教会長やめますか(1~13)
  ■不祥事続発! 天理教の辞書には反省という文字は無い
    地元住民は天理教の実態にうんざり。カネの使い方は創価学会以上 1
    「貧に落ちきれ」はカネ集めにもってこいの教祖の教え 3
    「ノルマを果たせなかった」だけで教会長たちが自殺する 4
    強盗、自殺した教会長たちを救えないで何が天理教か 5
    都合の悪いことは 〝法難〟 ですませる。宗教って便利ですネ 6
    表統領は不祥事の責任を取ってもらうのに都合のいい真柱のロボット 8
    法を犯しても救われる?それより天理教ではまずカネがないと救われない 10
    教会長たちの焼身自殺、放火事件。「カネ、カネ、カネ」で火の車 11
    カネの不祥事ばかりじゃない。天理教関係者にショックを与えた衝撃的事件とは 12

二章 信仰はゼロ、カネ集めは天才、天理教の裏は闇(14~26)
  ■屋敷を売れ、田を売れ、末端信者はお供え地獄
    組織の上にいくほど信仰がカラッポ。天理教は燃え尽きた灰のようなもの 14
    お供え金百万円なんてザラ。老人の老齢年金、遺族年金までなくなるお供え金地獄 16
    信仰の深さを現金と信者獲得数で計る天理教。中山みきは泣いてますぞ 17
    「おやさとやかた建設計画は金集めの道具に利用した無謀な企み」 19
    宮司のすげ代え、奥野代議士のかつぎ出し。三島神社移転で見せた天理教の手練手管21
    自分の都合のためなら他の宗教団体などどうなってもいいのか 22
    「デラックスな三島会館を建ててやる」!マヒする幹部達の金銭感覚 23
    カネと力で土地漁り。「人を救う」はずの天理教が掲げる地上げ屋の看板 24

三章 天理教をダメにした真柱への不満、不平(27~37)
  ■三代目は世間知らず、四代目は頼りない。お先真っ暗
    豪奢な生活当たり前のお坊ちゃま真柱は、神様と先祖以外に頭をさげない 27
    真柱は将軍、厳しい身分差別。集金システムがおいしい天理教の「江戸幕府ごっこ」28
    神殿を宴会場にカラオケ大会? 信者でいるのが恥ずかしい 29
    古書の購入に二億円。生活費を切り詰めてお供えする信者たちが可哀相 31
    教団内部から聞こえてきた「悪いのは真柱より真柱室長だ」 33
    百年祭で用意した三〇〇万本の記念手拭いが残った。百年祭は失敗だった? 34
    天理教の勉強もしない、苦労もない、自信もないでは期待できない四代目 36
 

鉄の蓋

 投稿者:縁の下  投稿日:2017年 2月18日(土)10時56分41秒
返信・引用
  ふと思い出したけど、その書籍に
親神様と交信した女性信者がいて、親神様から
「天理教団に鉄の蓋をした。」とか言うことを聞いた話があったけど。

どなたか詳しい方いらっしゃいます?
 

大亮氏・初巡教

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 2月18日(土)09時16分32秒
返信・引用
  天理時報に「大亮様修理人として初巡教」と写真入りで報じている。

何か違和感のある写真である。何なんだろうか。

 

天理教・その堕落と悲劇 300万信者の悲劇

 投稿者:縁の下  投稿日:2017年 2月17日(金)21時13分57秒
返信・引用
  > No.2757[元記事へ]

実は私、その書籍、発売当事に購入して読みました。
昭和と平成の狭間辺りのころでしたね。

内容はほとんど忘れましたが、感じたことは「意外」とか「衝撃」ではなく、
「あぁ、やっぱりな」といった思いでしたね。

その後、まだ盲信に近い状態だった母親が、廃棄しちゃいましたけど。

私は読み終えた後、自宅の神棚に向かい
「誰が何と言おうが、私は私なりに信心いたします。」と拝礼しましたよ。

「教団は信じられなくても、神は信じる。」と言う信者はまだまだ存在してるようですね。
この感覚は、人に教わったりなどして備わるものではないですね。
まさに「そこはめいめいの胸しだい」と言ったやつですかな。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月17日(金)20時53分28秒
返信・引用
    その大教会長が亡くなられたことはいつも心にあります。その名前の場所を通るたびに考えます。でもブラジルの詰所もあって、様々な人びとの死を心に浮かべながら通っています。
  亡くなられた方々を思ってその方々のために拝をしています。
   今は神殿で、亡くなった方々のことを考えない日はない。せめても拝をさせていただいています。
 

天理教・その堕落と悲劇 300万信者の悲劇

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 2月17日(金)16時35分0秒
返信・引用
   当該図書については、東京の国立国会図書館で閲覧可能(貸し出しは不可)です。国立図書館関西館(京都府)での所蔵は確認しておりませんが、いづれの図書館を利用するにせよ、運転免許証や健康保険証等の身分証明書を図書館に持参し、利用者登録をする必要があります。詳しい利用方法は両図書館にお問い合わせください。  

東風Z様

 投稿者:チョキ  投稿日:2017年 2月15日(水)22時39分36秒
返信・引用
  そのまま転載というのは現実的では無いでしょうね。
東風Zさんの主導権の握る記事に対して必要性がある部分を引用する程度なら問題ないでしょう。

まあ、今の時代でいうと、全部公開しちゃった上で強制的に削除要請がきてページが消されるくらいで、それ以上はおとがめなしなんてのがざらみたいですけどね。
動画なんかジャンジャン上がっちゃってますし。
倫理的に問題はありますが、グレーゾーンですね。

また、天理時報社じゃなくてあっぷる出版社に相談した方が良いんじゃないでしょうか。
小さな出版社さんみたいですし、廃刊案件ですのでもしかしたら寛大な判断がいただけるかもしれません。

一番現実的なのはこの場に意見交換されている方々で「復刊ドットコム」というサイトで投票することですね。
組織票だとしても需要を訴え、売れるという確証を与えることが出きるのであれば一刷くらいならしてくれるかもしれませんしね。
 

管理人 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月15日(水)17時15分27秒
返信・引用
  お忙しいところ、ご丁寧な返信を下さり誠に有り難うございます。
全てを引用することは、この紙面へのご迷惑にもなると思いますので、著作権法第30条、第31条及び第32条を熟読の上、管理人様はじめ皆様にご迷惑の掛からないように十分に注意しまして、天理時報社に問い合わせる形にしようと思います。御配慮を下さりありがとうございました。

余談ですが、知人が天理市近くに住んでいまして、教団中枢部の人達と接触しています。この知人が色々な情報を知らせてくれています。この知人がどうしてもこの本を読みたいといっていたので、たまたまネット通販で見つけたものですから購入しました。
読後の感想は驚きの一語に尽きます。早川氏が事実でないことを書かれたとは思えません。後述の私の経験からも納得がゆきます。知人が話す内容と突き合わせると、さらに納得できる部分が多いからです。
知人は80歳天理大学卒業、私は79歳になりました。今更ながら天理教のことを書き立てるのもどうかと思うのですが、信仰をしている若い人たちやこれから信仰をしようと思っておられる人たちに金銭的な心理的トラブルに遭わないようにとの思いがあるからです。
曽祖父から信仰を継いできた私が現役中に、教会から給料の2割くらいお供えするのが当たり前だ、といわれた言葉が丁度教祖100年祭の3年千日中のことでした。
それ以来、天理教から距離を置くようになりました。5年前には講社祭りも止めましたが、天理時報の購読だけは教会からのたっての要請で購読しています。
拙文にて失礼いたします。
 

Re: 管理人様へ

 投稿者:ライたー  投稿日:2017年 2月15日(水)13時29分20秒
返信・引用
  > 早川和廣氏著・発行所:株式会社あっぷる出版社・発行者:北原章氏 ISBN4-87177-041-9を全てパソコンに打ち込みました。
> これを順次ここに掲載したいと思っているのですが、著作権の問題もあると思います。また、管理人様にご迷惑を及ぼすことも十分に考えられるますので、掲載を躊躇しています。
> 目的は天理時報がこの内容に対して真偽のほどを検証してくれることを望んでいるからです。
> 教祖百年祭を目前に、こともあろうに自教会の詰所から飛び降り自殺をしなければならなかった大教会長の存在を如何ほどの方がご存知なのか。また、この事態に対する教団本部の対応が余りにも冷酷極まりないものであったこと。これらを多くの教信徒に知っていただきたいからです。
> 30年前の出来事として片づけるにしては、余りにも悲しく、かつ、教団本部に対して腹立たしい出来事であったからです。この事実と思われる出来事があったことを、この本を通じて知ったからです。
> よろしくお願いいたします。


スゴッ!!

めっちゃ楽しみ。
 

東風Z様

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 2月15日(水)12時59分43秒
返信・引用
  東風Z様

早川氏の著作、『天理教・その堕落と悲劇 300万信者の悲劇』という本ですね。
全部PCに打ち込んだとは驚きです。

カインさんも過去(2015年5月4日) の記事で引用されてますね。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=628

著作権につきましては、文化庁が、私的使用のための複製(著作権法第30条)、
図書館等における複製(著作権法第31条)と同様、引用(著作権法第32条)を
「著作者等に許諾を得ることなく利用できる場合」として列挙しております。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosakubutsu_jiyu.html

また、注におきまして、

(注5)引用における注意事項
 他人の著作物を自分の著作物の中に取り込む場合,すなわち引用を行う場合,一般的には,以下の事項に注意しなければなりません。
(1)他人の著作物を引用する必然性があること。
(2)かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されていること。
(3)自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること
(自分の著作物が主体)。
(4)出所の明示がなされていること。(第48条)

とありますので、書籍をただそのままコピーして打ち込んだだけの投稿記事ではまずいということになりますね。
したがいまして、東風Z様が投稿される際には、

『東風Z様の投稿内容と、引用する著作物との主従関係』を明確にしていただく

ような書き方をしていただけますと、当掲示板にても堂々と公開可能になるかと思います。
よろしくお願いいたします。

?
 

管理人様へ

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月15日(水)09時31分50秒
返信・引用
  早川和廣氏著・発行所:株式会社あっぷる出版社・発行者:北原章氏 ISBN4-87177-041-9を全てパソコンに打ち込みました。
これを順次ここに掲載したいと思っているのですが、著作権の問題もあると思います。また、管理人様にご迷惑を及ぼすことも十分に考えられるますので、掲載を躊躇しています。
目的は天理時報がこの内容に対して真偽のほどを検証してくれることを望んでいるからです。
教祖百年祭を目前に、こともあろうに自教会の詰所から飛び降り自殺をしなければならなかった大教会長の存在を如何ほどの方がご存知なのか。また、この事態に対する教団本部の対応が余りにも冷酷極まりないものであったこと。これらを多くの教信徒に知っていただきたいからです。
30年前の出来事として片づけるにしては、余りにも悲しく、かつ、教団本部に対して腹立たしい出来事であったからです。この事実と思われる出来事があったことを、この本を通じて知ったからです。
よろしくお願いいたします。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 2月15日(水)02時47分19秒
返信・引用
  (つづきました・・・)

翌週、父の教会を管轄する法務局(地方の出張所)にて教会(宗教法人)の履歴事項全部証明書(いわゆる「謄本」)を取得(有料)する。必要だったわけではないが、登記がどうなっているかの確認と今後手続きを進めるとしても間違いがあっては困るので、念のためである。
「ふむ、代表役員は父で就任年月日は・・・」
「目的は規則と同じで間違いしないし・・・」
「包括宗教法人名も「宗教法人天理教」だな・・・」
帰り間際にふと気がつき、念のため代表印の「印鑑証明」も取得(有料)する。

帰りの車を運転しながら、父から教会の書類関係を預かった際「金融機関の通帳はない」と聞いた事を思い出した。
「教会(法人)お金を管理するのだから通帳くらいあったほうがいいな。法人でも謄本と印鑑証明があれば作れるはず。」
その場で父に電話し、口座を作る了解を得て銀行(家の近くの地銀)に立ち寄る。

窓口で用件を伝えるとカウンター奥のテーブル席に案内された。応対に出てきたのは40前位のいかにも銀行員といった感じの中年男性だった。宗教法人の口座を作りたい旨を伝え謄本と印鑑証明を出すと、丁寧な応対だが書類を持って席を離れてなかなか戻ってこない。

その間、色々と頭の中に思い浮かぶ事があった。
(なんで親父は銀行口座くらい作らなかったんだろうな?小さな教会とはいえお金を扱うんだから作っておいても良かったはずだが・・・。)

行員「お待たせしました。ところで、代表者様でいらっしゃいますか?」
私「いえ、私は代表の息子です。父が高齢のために来られないので代わりに来ました。」
と言って、私の身分証明証代わりに免許証を差し出す。
行員「コピーを取らせていただいて宜しいでしょうか?」
私が承諾すると、免許証を持って又席を立つ。コピーを取るだけにしてはなかなか戻ってこない。

(もしかして、他の末端教会とかも銀行口座が無いところが多いのかな?これじゃ、お金の出入りとか公式な記録が残らないじゃないか。)

行員「お待たせしました。ところで、今回、口座をお作りになりたい理由はなんでしょう?」
私「理由ですか?父が高齢のために教会の会計を任されたのですが、他所のお金を預かるんですから口座があった方が便利かと思いまして。大した金額ではないですが、毎月の出入りも記録に残せますし。」
行員「そうですね。是非ご利用ください。ところで、口座を作る事は代表者様の了解を得られているんでしょうか?」
私「ええ、ですからこうやって印鑑も預かってきたんです。」
行員「承知しました、少々お待ちください。」と言って、又席を立つ。

(上級も上級だ。こういう口座を作るとか役所の手続きとか教育するのが上の者の役目だろう。そりゃ「お供え」だの「お礼」だのを銀行振込するのはオカシイかもしれないけど、入出金管理くらい法人経営の基本じゃないのかな。)

行員「度々お待たせして申し訳ありません。」
私「構いませんよ。でも、何かと大変みたいですね?」
行員「えぇ、近年、振り込め詐欺などの影響で口座開設の審査が厳しくなっている(心の中で『知ってるよ。』)のですが、私自身、宗教法人の口座開設は初めての事(『また「初めて」か?私のやる事はそんなに珍しいのか?』)なので間違いがあったらいけないと思いまして。」
私「そうですか。で、口座は開設できるのでしょうか?」
行員「大丈夫だと思うのですが、実は、本店に確認しております(『!?』)。もう暫くお待ちください。」

(待てよ。過去の入出金はお袋が記入していたノートで確認できたけど、公的な物ではない。うちや上級くらいじゃ税務署への届出義務である「年〇千万」には届かないだろうけど、大教会はどうだ?本部は毎年届け出て公表してるらしいけど、記録に残らないお金のやり取りが結構ある訳だよな?「お供え」と「お礼」と「お車代」とは別だろうし、大教会の普請や詰所の修繕費などの「ひのきしん」もそうだ。こういったお金の流れが、どれも記録に残らないんじゃ、何かあっても「後で調べること」も出来ないじゃないか?とんでもない話だな・・・)

行員「お待たせしました。承認されましたので通帳をお作りします。カードはどうなさいますか?」
私「カードがあったほうが便利ですね。お願いします」
行員「はい、ではこちらの書類に・・・。」
その後の手続きはスムーズに行き、最後に通帳、各種書類、免許証などを受け取り帰途についた。

(お供えだのお礼だのを払う気はないが、今後、どうしても払わなければならない場合は、「銀行振込しますので口座番号を教えてください」と言ってみようかな?現金で持って来いと言われても、教会のお金は銀行に入れてあるし、持っていく手間も省けるし交通費より振込手数料の方が安い、と言えばいいか?相手がどんな顔をするか面白そうだ。笑)

       (続く・・・かな?)


ぶたまん 様

>みなさんは、天の法廷の存在を信じますか?

信じません。(のっけから厳しい意見ですみません・・・。)

というのは、「天の法廷」があったとして、
1.どのような法が使われているか人間には分からない。
2.どのような刑罰が与えられるのか人間には分からない。
3.実際に刑罰を与えているという事実が人間に見えない。
ということで、つまりは「有ったとしても無かったとしても、人間には関係無い事」な訳です。

その「天の法廷」を基にして「悪い事をしてはいけません」という教育をする事は「アリ」だと思います。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月14日(火)23時23分40秒
返信・引用
    ライたー様

  天理擁護派に人格的に素晴らしい方々は沢山おられます。こういうブログに書き込んでおられないだけです。私など、つまらない人間です。
  そういう方はおられると思います。
 

Re: (無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 2月14日(火)22時05分17秒
返信・引用
  > 天理の教えが素晴らしいねやったら堂々としとったらええのに。
>
> 「教団を辞めるのであればそれも一つの生き方の選択だと思います。親神様はいつでもその人の生き方の通りご守護くださいます。また、天理教に帰って来られたいと思われた際はお気軽にお声をお掛けくださいね。その時はおかえりなさいと笑ってお迎えいたします。」
>
> くらいの器の大きな発言があったら天理教に対する見方も変わるのに。


確かに。
 

(無題)

 投稿者:ライたー  投稿日:2017年 2月14日(火)16時46分37秒
返信・引用
  全然関係のないところから横入りすんません。

っていうかさ、天理の教えが素晴らしいねやったら堂々としとったらええのに。

もし、匿名です。とか、天理教擁護派の人が

「教団を辞めるのであればそれも一つの生き方の選択だと思います。親神様はいつでもその人の生き方の通りご守護くださいます。また、天理教に帰って来られたいと思われた際はお気軽にお声をお掛けくださいね。その時はおかえりなさいと笑ってお迎えいたします。」

くらいの器の大きな発言があったら天理教に対する見方も変わるのに。
 

天理教の崩壊

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 2月14日(火)16時22分40秒
返信・引用
   遅かれ早かれ、天理教の崩壊は目に見えています。後悔しないうちに天理教から身を引くことが賢明だと思います。  

(無題)

 投稿者:TW  投稿日:2017年 2月14日(火)13時21分13秒
返信・引用
  悩みを解消するのが宗教なんだから、悩みを増やす宗教活動などは、無用どころか害物ですね。  

(無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 2月14日(火)07時58分22秒
返信・引用
  末端教会子弟 様
ありがとうございました。

> 教会の建物やお供えなど、これは見た目の、皮相的なこと・・
と、言ってしまったので気になっていました。
軽々しく言ってしまい、お供えによるて害を被(こうむ)られた方々のお気持ちを傷つけたかもしれません。
もしそうであればお詫びいたします。すみませんでした。

みなさんは、天の法廷の存在を信じますか?
日本で言うなら最高裁判所よりもさらに上にある裁判所です。そこでは、どんな案件も必ず受理されて審判を下され、
どんな小さな案件でも見逃されることはないんだそうです。(←カフカの小説より、ですが)

http://()

 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月14日(火)07時38分11秒
返信・引用
    エゴサーチというか、カインさんのブログの方に以前転載紹介されてたと思いますよ。  

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月14日(火)05時31分15秒
返信・引用
    蝋燭様

  蝋燭というハンドルネームがつきささります。どういう思いでおられるのか少し分かります。天理から離れるように勧めることが、本当に鳥貴族のバイト様のためになると思われていますか?
   私は一般信者のできそこないであり、教会の師弟ではない。
    人に寄り添う姿勢も中途半端です。しかし、私には本当にその人を思うなら天理から離れろとは進言できない。
    蝋燭は灯されずとも、細き道はあります。見えにくいけれど道があります。
    また神様は新しい道を下さったように思います。
    鳥貴族様が信仰を続けることで、また道が見えるようになるのではないかと思うのです。    
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 2月14日(火)00時37分26秒
返信・引用
  ぶたまん さま

>住居は「お供え」しているので、明け渡しを要求されても拒否できない

すみません、法律的な言葉で解釈をすると、
「拒否してもいいけど、相手の要求に対して抗弁が難しい」
 ⇒「訴えられた場合、負ける可能性が高い」
になります。

もし、本部と教会(宗教法人)、本部と個人(会長個人)で何らかの契約があればそれに従うことになるでしょうし、無い場合は、民法が適用されるのではないかと思われます。
どちらにしても、一旦お供えした土地建物を取り返すのは、個人では困難でしょう。

そんな争いをするくらいなら、離脱せずに「古い教会長さん」のようなスタイルで続けた方が、信仰の上でも精神衛生上も良いのではないかと思われます。
 

(無題)

 投稿者:蝋燭  投稿日:2017年 2月13日(月)22時28分0秒
返信・引用
  鳥貴族バイト様の抱えていらっしゃる悩みを共有できる立場にないので、その事に対する進言は皆様にお任せして差し控えさせていただきたいのですが、感じたことがあるので一言言わせて下さい。

この場にいらっしゃる皆様は本当に他人思いで親身になって助言を差し上げていらっしゃると思い、とても感動いたしました。
あれほどの長文ならびに具体的な解決策の提案、心理的に悩みに寄り添おうという姿勢にとても人間の持つ真心の優しさを垣間見たような気がいたします。

鳥貴族バイト様はまだまだお若そうなのでどういった判断を下されるのかはわかりませんが、今の天理教組織にここまで心を開いて、親身に信仰うんぬんを抜きにして、人生を生きる上でのアドバイスをもらえるという場は他には無いのではないでしょうか。

擁護派である匿名です様は結局、教団や信仰にとって、天理に対して利己的な言説にとどまり、他の方は本当に鳥貴族バイト様の人生を中心に考えておられるように思えました。

また、教団を批判されている方々よりも明らかに必死にエゴサーチをされていることも証明されてしまう結果となりました。
結局、教団や信仰を守りたい。

他の方は、他人の立場で考えて、純粋に鳥貴族バイト様を助けたいという思いが見えました。

純粋な人助けの思いがある方は誰なのかが一目瞭然に思えました。
 

鳥貴族バイト様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月13日(月)09時50分41秒
返信・引用
  ラーメン様初め一読者様の仰る通りですよ。
あなたにとって今一番大切なことは、心惑わされずに学業に専念されることです。信仰は必要と感じられた時で十分です。年齢に関係ありません。だが、学生は学業が本分です。折角与えられた学業の機会を失することは後々に禍根を残すことになりかねません。
学生会の人達に迷惑をかけることになるかもしれませんが、いい加減な気持ちで続けられることは、最終的には、返って迷惑をかけることになるのではないでしょうか。
心情を吐露されて、サークルの人達に理解を求められれば、後々に後悔されることも無いのではないでしょうか。
酷い言い方になりますが、あなたが書き込まれている「もっと学生会に動員してほしい」「教会を巡回して」「においがけ(布教活動みたいなの)をして」は、サークルを拡大して教団の将来の金づるとしてしか見ていない何よりの証拠ですよ。

 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 2月13日(月)09時01分25秒
返信・引用
  > No.2736[元記事へ]

> 住居部分も「お供え」してますので、明け渡しとなると無理ですね。

住居は「お供え」しているので、明け渡しを要求されても拒否できない、ということですか・・
地上の法律はそうなっているのですね
・・では、天のお裁きはどうなるか。「神が見ている」というのなら、天の法廷ではどのような判決が下るか。
「神が恐いか、律が恐いか」というところですが、しかし、神を恐れる以前に、教会(元自宅)を追い出され
れば行くところがないというのなら、上級よ、人の心あらば返したまえ

http://()

 

(無題)

 投稿者:イシコロ  投稿日:2017年 2月12日(日)20時55分46秒
返信・引用
  天理時報の視点、読んでみたいです。

かといって手に入れるのもバカバカしいので、誰か転載してくれたら嬉しいです。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月12日(日)20時40分27秒
返信・引用
     鳥貴族のバイト様

   冷たい言い方をしてすみませんでした。以前の状況であれ今の状況であれ、そういう思いがあったということですね。
    天理は存在しています。5感で感じてほしいです。教祖は存命でいらっしゃり、話しかけてくださいます。第6感を鍛えるとでもいうのでしょうか。
    私のような一般人が伝えることはおこがましいけれど、天理があるということを伝えたくて書いています。
 

(無題)

 投稿者:匿名教会  投稿日:2017年 2月12日(日)18時32分43秒
返信・引用
  末端教会子弟様
住居部分も「お供え」してますので、明け渡しとなると無理ですね。ありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 2月12日(日)16時38分5秒
返信・引用
  匿名教会 様

失礼、誤字です。
「非包括」⇒×
「被包括」⇒〇
教会の土地建物を本部に「お供え」していると、被包括関係を解消した途端に明け渡しを要求される事になります。ちなみに「住宅部分」の名義はいかがでしょうか?それぞれの名義や契約書関係を確認しないと一概には言えませんが、解消しない方が良いかもしれません。

 

鳥貴族バイト様

 投稿者:一読者  投稿日:2017年 2月12日(日)16時35分45秒
返信・引用
  あなたが心配していることは、主に下記の二点なのですね。

>学生会が潰れてしまうかもしれない。残された人達に申し訳ない。
>私が参加しないと現在の学生会が回らない。

私であれば、自分にこう問いかけます。

自分の貴重な時間と労力を注ぎ込んででも、多少自分が犠牲になってでも潰す訳にはいかない、守るべき価値のある団体
と本当に自分で感じられているのか?

学生時代は、自分の将来に向けての大切な準備期間です。将来人のお役に立ち、また自分の生活力を得るために
技術を身に付けたり、時間を注ぐべきことは、沢山あるでしょう。
自分は与えられた時間を将来に向け、どの様に使うのか。何人にも主体的に考え、選択する自由があります。

もしも、気持ちを押し殺してそこに時間と労力を注ぎ込む選択をしたとしても、そこに有意義な社会的価値を見出せて、
多くの人からの感謝や自己充実感を得られるのなら、豊かさという貴重な経験をいただけるかもしれません。
しかし、それほど働く側にとっても価値ある団体であれば、トップといえども一人が止めた位で潰れるようなことは
ないのではないでしょうか。また、一度無くなったとしても、自然に価値を見出している人達が協力し、続いていくはずです。
心配はいらないのではないですか?

学生時代は、自分の将来に向けての大切な準備期間です。定年後のボランティア活動とは「時間」の価値、意味合いが変わってきます。
自分の「将来」へのビジョンを含めてそういった視点からも考えてみては如何でしょうか。

実務的にも現実的にも、東風Z様がご親切で詳しい、心強いご助言を下さってます。
変化に不安は付き物です。頑張って下さい。
 

(無題)

 投稿者:匿名教会  投稿日:2017年 2月12日(日)15時34分17秒
返信・引用
  当教会も後継者がいない為、可能ならば手続きをして被包括関係を解消したいです。(色々ネットで調べていますが、非と被では、別の意味があるのでしょうか?)
しかし、当教会のように本部に土地建物を備えている場合は無理ですよね。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月12日(日)14時30分24秒
返信・引用
    鳥貴族様へ

  2015年のヤフー知恵袋のほぼコピペですね。
  何故今再投稿をされるのか状況が分からないです。
 

辞めることは簡単です

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月12日(日)11時32分37秒
返信・引用
  鳥貴族バイト さんへ

辞めることは簡単です。天理教学生会のトップ宛に辞任届けを出すだけです。
要点は次の通りです。
1.配達証明付き郵便若しくは、もう少し高度な内容証明付き郵便にて送達することです。
2.内容は、○年〇月〇日付けにて委員長を辞任します。と書くことです。
3.辞任の理由は必要ありませんが、敢えて書くとすれば「一身上の都合により」と書くことで十分です。
4.宛先は、詳しい組織の名称を存じ上げませんが、例えば、天理教学生会委員長 〇〇〇○殿と書いてください。
5.ご家族や会員の方への迷惑を心配しておられますが、これ以上深入りすると、ますます抜け出せなくなりますよ。
最後は、勤めに出られるようになった時、必ずといっていいほどお供えの催促をされるようになります。就職が出来たのも親神様・教祖のお陰だと耳にタコができるくらいに聞かされてうんざりした記憶があります。
挙句の果てに教会から給料の2割はお供えするのが当たり前だといわれたことがあります。
何故、このような乱暴な言葉が、いとも簡単に出てくるのでしょう。
あのバカでかい建物群、広大な土地群を見れば、いかに固定資産税が非課税だといいながらも維持管理費は莫大な額になるでしょう。例えば、エレベーターひとつをとっても、使っても使わなくても毎月定期点検が必要です。むろん費用が必要です。馬鹿な建物を建てておいて、将来のある若者からもお供えという名目でお金をむしり取る魂胆が見え見えです。
信仰は教祖の教えを胸に収めて、自分の癖性分を取り去る努力をされて日々を感謝の気持ちで通られるだけで十分です。
中田善亮表統領が「お供えは命のつなぎ」と脅迫じみた言葉を発した時点で、現行天理教団がどのような宗教かがお分り頂けると思います。
終わりになりましたが、内容証明郵便は一枚の便せんに書き込める字数に制限があるなど取り扱いに煩雑な点があります。また、費用も2千円近くの費用が必要となりますので、一度郵便局へお問い合わせ下さい。あるいは、配達証明付き郵便で送られても目的は達せられると思います。
まさか、天理教学生会が受け取っていないなんて言わないでしょうから。
委員長を続けるか、続けないかの判断はあなたの心ひとつですよ。
 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 2月12日(日)09時18分50秒
返信・引用
  やっぱり不毛ですね。
自分で読み返しても焦点が見えない。
本来の目的に戻します。



過日、某役所文書学事課の応接テーブルにて(1回目の面談)。

担当者「宗教法人の非包括関係解消をする規則変更手続きについてのご相談でしたね。こちらをご覧下さい。」と、数枚の書類を渡してくれた。
私「ありがとうございます」(なんだ、マニュアルがあったのか。HPにでも載せておいてくれればいいのに、他の所から探してしまったじゃないか。)
担「今回のケースでは3枚目になりますね。」といって紙をめくる。私もめくる。
担「まずは、必要書類ですが、原紙はここのHPにありますけどご覧になりましたか?」
私「はい」と言って、鞄から書類を取り出す。
私「作成して、後は署名捺印だけの状態にしてあります。」
担「では、説明の必要はありませんね、拝見します。」といって、ペラペラとめくりながら書類の中身を確認する。
担「ほぼ揃ってるようですね。記入もされてますから、これはこちらでお預かりして精査させて頂いてよろしいですか?」
私「どうぞ、そのつもりで持ってきました。」
担「分かりました。ところで、今回の規則変更の理由はなんですか?」
私「理由、ですか?」
担「えぇ、実は、こちらには宗教法人関係のお問い合わせから申請が年に2~3件程度あるんですけど、殆どは解散か合併のお話なんですよ。非包括関係解消のお話は私の知る限り初めてなのでお聞きしたいと思いまして。」
私「そうですか、理由としては・・・」から、現状の教えが教祖中山みきの教えからかけ離れていること、教会組織が縦型社会で上下関係が厳しいこと、尽くし運び(金銭と無償奉仕)の要求が厳しいこと、等を説明(天理教用語をその都度一般的な言葉に置き換えるのに面倒な説明になった)し、この状態では、私(父)のような小さな末端教会は立ち行かないことを説明した。
担「なるほど、では、それを書類にして申請の際には一緒に提出していただけますか?審査担当も知りたがるでしょうし、こちらでは珍しい相談なので、場合によっては文科省に問い合わせなければなりません。簡単でいいので。」
私「珍しいかもしれませんが、歴史的に見て天理教は分派独立が多い宗教団体なんですよ。最近でも〇〇とか△△とかで申請して許可されているはずです。」
担「なるほど、それでは全国の申請から調べてみますね。」
私「ありがとうございます。理由書は事前に確認していただきたいので、メールか何かで送らせていただいて宜しいでしょうか?」
担「結構ですよ。」
私「ありがとうございます。しかし、年2~3件でもそういう申請があるというのは驚きです。全国なら結構な数になるんじゃないですかね?」
担「そうかもしれませんね。そちら様が天理教ですから正直に言えば、その殆どは天理教関係なんですよ。」
私「やはりそうですか。」
担「やはり、というと天理教さんの内部では何かあるんですか?」
私「えぇ、・・・」と、ここ2~30年の信者の高齢化と減少ぶり、教会の後継者不足などを簡単に説明した。
担「なるほど、噂には聞いていましたがそれ程ですか。」
私「はい」
その後「宗教法人の認証書」と「規則謄本」(共に有料)を発行してもらい、帰途についた。

           (つづく・・・かな?)



*全国なら、年200件前後の教会が「解散、合併」で消滅してるんじゃないかと思います。
まぁ、大半が事情教会だと言われているのですから、教会の整理は遅々として進んでないって事でしょうかね?
 

Re: ぶたまん様

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 2月12日(日)03時20分56秒
返信・引用
  > No.2724[元記事へ]

つぶやき様
レスをありがとうございました。

まず誤字の訂正を。「短刀直入」と打ってしまったのですが、「単刀直入」が正しいです。
それから、正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)に引用した人名「藤原頼道」は「藤原頼通(よりみち)」
が正しいです。お詫びして訂正させていただきます。

「正法眼蔵随聞記」に引用した話は、今読み直しまして「これじゃ、解らんよ」と思いました。つぶやき様の
頭が悪いのでは断じてなく、私の書き方が悪いです。
それよりむしろ、このようなクレームをつけていただいたことは、つぶやき様がよく読んでくださっていること
の現(あらわ)れですので、深く感謝しております。
そこで、解りやすく書き直してみたのですが、話はちょっと脚色したものになってしまいました。
--------(脚色ハジメ)-----------------------------------------------------
関白・藤原頼通が、ある日宮中の湯殿に様子をうかがいに行きました。たぶん湯加減を見に行ったのでしょう。
そんなわけで、その時着ていた服も下着のような肌着のようなものだった、と考えていいかと思います。
すると、湯殿の役人がやって来て「用もないのにこんな所をうろつくな!」と言って、関白様を湯殿から
追い出してしまいました。
そこで、頼道はおごそかな関白の装束に着換えて、また湯殿にやってきました。それを見た湯殿の役人は、
今度は畏れ入って逃げ出してしまいました。

頼通は部屋に帰って、その関白の衣装を竿にかけ、衣装に向かって深々と礼拝をしました。
側の者が「なぜそのようなことをなさるのですか」と聞きましたら、「今まで皆が頭を下げてくれるから
自分は偉い者と思っていたが、そうではない。私が偉いのではなく、この服が偉いのだ。だから私はこの服に
拝をしたのだ」と答えました。
--------(脚色オワリ)-----------------------------------------------------

人って見た目に惑わされやすいです。私もよく見た目に惑わされるのですが、皆さんは天理教についてあれ
これ言われる場合、見た目の範囲で言われていることはありませんか?
例えば教会の建物やお供えなど、これは見た目の、皮相的なことと私は思います。それより、おやさまの言われた
ことを我が身に照らし合わせ、反省すること。それによって、我が身を整えることが大切だと思っています。

http://()

 

鳥貴族さん

 投稿者:ラーメン  投稿日:2017年 2月12日(日)01時01分33秒
返信・引用
  やめたい気持ちを素直に出せばいいんですよ。何も気にせずもう行かないって伝えて引き止められても誘われても無視すればいいんですよ。
結局みんないい人のままで誰も傷つかず抜けたいとかやめたいとか都合のいい風に考えてしまいますがそれが結局のところ一番悪い方向に向かう原因です。
はい、いいえ、しっかり意思表示しなきゃダメ
 

(無題)

 投稿者:鳥貴族バイト  投稿日:2017年 2月11日(土)23時34分59秒
返信・引用
  天理教から助けてほしいです。

天理教学生会を辞めたいです。

私は今大学生で天理教の学生会というものにスタッフとして入っています。初めは楽しくやっていたのですが、スタッフとして係っていくうちに学生担当の先生(学生会をサポートする大人の方)や青年会(天理教では15から30、40あたりの人は青年として布教などをするそうです)の人たちから、「もっと学生会に動員してほしい」「教会を巡回して」「においがけ(布教活動みたいなの)をして」と言われるようになってきました。

親戚一同(親も含む)は天理教を信仰していますが、私自身信仰心は全くありません。
神様も信じられないし、信じたくもない。
自分のためじゃなくて人のために信仰するものだと言う人もいますが、人の為になることは天理教じゃなくとも出来るわけで、宗教自体、絶対にしなければならないものではないと思います。

親が天理教をしていた、一歩天理教に足を踏み入れただけで抜け出せなくなり、布教をするように迫られるのは、信仰心のない身として本当に苦しいです。

そこで天理教を辞めたいと考えたわけですが問題点が出てきました。

1つ目は学生会のこと。
今学生会の委員長と呼ばれている方が大学4年で、もう卒業していなくなってしまいます。そこで次期委員長に選ばれたのが私です。私以外のスタッフはまだ学生会に入ったばかりで、学生会についてほぼ無知の状態です。
今私が辞めてしまうと、学生会が潰れてしまうのではないかと思っています。
私自身、別に構わないのですが、残されたスタッフのことを考えると申し訳ない気持ちになります。

行事も、委員長が4年で卒論などが忙しく来れないので、私が参加しないと回らない。
でも参加すれば憂鬱になります。

自分のこういった気持ちを押し殺してまで、宗教はやらなければならないことなのでしょうか?

これを見てもらい、聞いてもらえるだけでも十分ですが、どうやったら天理教学生会を辞められるか、いい考えなどを教えていただけたら幸いです。
 

社会学コメント欄より

 投稿者:末端教会育ち  投稿日:2017年 2月11日(土)23時24分39秒
返信・引用
  社会学コメント欄より末端教会さんからの投稿転載


末端教会

2017年2月11日 10:40 PM


この掲示板を時々見ている教団上層部の方々に。

この教団は本当に恐ろしい組織です。「宗教」は表向きの顔で、内に向いてはやくざ組織となんら変わりません。この組織の実態は教祖の教えからは程遠い上下関係による「いじめ」そのものです。
末端教会はお金と精神的理不尽を飲み込むことばかり。お金がないこと、自尊心を踏みにじられること、がどんなに辛いことか、権力にあぐらをかいている人には分からないでしょうが。

例えば、巡教はこちらが頼んでいるのではない。そちらから来るなら日程なりをこちらに聞くのが常識。〇月〇日にあんたの教会へ行くと通告。こちらの都合などは無視。
経済的に迷惑千万なのに、なぜお礼まで渡す必要があるのか?末端教会は信者もいない、建物は老朽化、雨漏りも直せず、子弟の進学はもちろん出来ず。
(大教会子弟は信者の血と涙のお供え金で留学までしてますね。これが教祖の望む姿ですか?当たり前ですか?信者子弟は進学資金をお供えに上げろと恐喝にも似た仕込みを受けております。その結果進学を断念せざるを得ないのです。)

この掲示板を時々こっそり見ている教団上層部の皆様方に申し上げます。偽情報に注意など、教団の保身に走っておられますが末端教会の実態をご存じですか?先ほど申したような巡教でお礼をもらうような悪習慣を断ち、巡教で地方の末端教会の疲弊した状況をつぶさに把握し、親なら親らしく、むしろ「金一封」を渡すくらいの気持ちを使う方がよほど教祖の気持ちに近い。ただ私は金一封は要らない。むしろお礼は要らないと固辞する姿を見てみたい。そうすれば教団に対する見方も変わるかもしれない。巡教が迷惑と感じている教会は相当数ありますよ。(金出せ泥棒となんら変わりませんから。)

我々教会長も代を重ね、初代の時代から受けた精神的、経済的、上からのいじめを家族ぐるみで体験し、「いじめ後遺症」で今だに苦しんでおります。教団は後継者を育てることに躍起になっておられますが、実態を余りにも知らなさすぎます。だれがこのような集団に自ら飛び込もうとしますか?人間の心とは常に傷つきやすいものなのです。後継者講座で人を育てると言うが、あなたがた上層部は人を見る目が余りにも甘すぎる。後継者を育てる前に、教団中枢部のあなた方が人間として誠実に「生き直し」をし、自らを育てなおし、後継者がついて行きたいと思えるような「魅力ある集団」を作り直すことです。

育てる順序を間違わないでほしい。本部と言う「土台」が人間思案の空虚な砂上とすれば、後継者という柱を何本立てようとも、所詮無理な話だ。本部よ。もっと大人になれ。
そして、偽情報だとおびえる前に、本部こそ真実の情報を出すべきだ。復元もせず、偽情報で信者一同をだましているのは、そちらの方ではないか。信者はだんだんに目覚めて来ている。この教団が行きつく先は目に見えているではないか。猛省せよ。
 

ぶたまん様

 投稿者:つぶやき  投稿日:2017年 2月11日(土)17時48分13秒
返信・引用
  <私も短刀直入な表現の方が好きです

すいません。
ちょっと気になったんで。

再生様への返信のコメントに道元様のお話を引用されていますが、
これで何を伝えたかったのかわかりません。

自分が頭悪いのかもしれませんが、ぶたまん様も遠まわしな表現していて
よくわからない。

まあそんなもんなんだろうな。ひとは。
 

無題

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 2月11日(土)11時09分14秒
返信・引用
  皆さん、自分自身の日頃の行ないや心遣いの中で何が欠点なのかを、教祖の教えに照らして考えましょう。
私は若い頃から「面倒がりや」でした。それを直すために、毎日家のトイレと風呂の掃除は自分の役目と決めて実行してきました。時には面倒だと辞めた時期もありました。でも、私がしなければ誰がするのかといえば家内しかいない。
やはり一旦心に決めたことはやり抜こう。続けるうちに悪いクセが抜け出しました。80歳になった今でもこの二つは楽しく実行しています。
お陰で交通違反・事故は40年間ありません。面倒だと思う心を取り払ってくれたのは教祖の教えの一端なのかもしれません。
どうか皆さん、時には厳しくとも仲良く語り合いましょう。
 

末端教会子弟 様

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 2月11日(土)10時43分22秒
返信・引用
  火の鳥 様
>泥仕合も良いところ。
>もう少し建設的な話はできないものなのかね。
>もう少し皆さんで大義を共有し合って有意義な会話をしていただきたいものです。

 仰る通りのことと思います。すみませんが、今回だけ。

末端教会子弟 様
 私はあなたの文章を読んで、ほんと感心します。自分に都合の良いように、巧みな書き方をするものだと。
>一連のことで、さっちんさんが私に対して憎しみのような感情を持たれてるのは承知してますが、
私の、あなたに対する感情は、「可哀そうな人だ」「メンドクサイな~、この人は」ぐらいです。いかにも私があなたに対して憎しみを抱いているように、読者に思わせる書き方、実に巧みです。
 私は、末端教会子弟様の文章を読んでいて、ある言葉すら浮かんできます。「洗脳」という言葉。私は「洗脳」がどのように成されるか、勿論知りませんけども。 末端教会子弟様は、そのような意図はないのかもしれませんけども、あなたの「文章術」といいますか、人を誘導する書き方、あなたの意見が正しいように思わせる書き方、感心します。それとも学校で「ディベート」のクラブにでも入られてましたか?

>出来るなら誰かに全部教えてもらいたい、一緒に考えてもらいたい、でも無理だろうから、参考になるような話でも引き出したい、、。こういう気持ちをあんな言葉で否定されたら・・・。

 あなたは、自分と考えの違う意見は、攻撃して叩き潰さねば気が済まないのでしょ? 私が社会学さんの方で、あなたとの「談じ合い」で経験したように。そして、済んだ後まで、「書き捨て」という名目で、何だかんだ否定すること書かれてたように・・。だからね、心にもないことを書かない方がいいですよ。
 皮肉や嫌味?あなたにそれだけのことを言わせてしまうところがあったからでしょう。ご自分は自覚が無いのかどうか知りませんけど。 確か、自覚がなくやる方が罪が重いって仰ってたましたが・・。

 ガッカリ様に対しての投稿で最後に、

>居なくなった方の事を後から言うのも失礼かもしれませんが、春風様が私を責めた書き込みに乗じて蒸し返し、「日本兵が~」のエピソードを正当化しようとする意図が見えました。
 改めてここにお詫びいたします。』

 改めてお詫びいたします。と書きながら、「エピソードを正当化しようとする意図が見えました。」と、まだそれ以上断罪しようとする、あなたの意図の方が露骨に見えます。
あなたは刑事、裁判官ですか?それにあなたは、人の心の奥まで分かるのですか?
武士の情け、惻隠の情という言葉はご存じない?

火の鳥様の、至言に従い、もうこれで終わりにします。火の鳥様、すみませんでした。
 

(無題)

 投稿者:一読者  投稿日:2017年 2月11日(土)09時01分31秒
返信・引用
  >この掲示板は、勝ち負けを競ったり、論争したりの場所ではないと思います。勿論、時によってはそうなってしまう場合もありますが、末端教会子弟様は、最初から、対決モードのようです。

そういった、あられもない解釈、思い込みこそが、「対決モード」に思えるのですが。
申し訳ありませんが、個人への決め付け、挑戦、レッテル貼りのような言葉に、第三者として見ていて正直いささか嫌な気分になりました。

ご本人も、失礼なことを言われても、それもご自分の不徳と捉え、「ごもっともです。」と相手に歩み寄っているではないですか。
もう個人を煽るような「嫌味」はいいのではないですか?
この人にだけは、悪者扱いをしてもいいとでもいうような空気感。
正義を振りかざして相手を貶める「ハラスメント」や「いじめ」という言葉が思い浮かびます。

「テクニックや技術」といえば、一番狡猾なのは、「被害者」になろうとすることだと言われています。
しかし、自立している人はこういった技術やテクニックを用いることはありません。
今まで読ませていただいてきて、少なくとも、末端教会子弟様は、どんなことを言われようと決して「被害者」になったりはせず、
理解されなくとも、過分な悪口を言われようと、腐らず逃げずに、不器用で辛口調だとしても自分の言葉を用い、いちいち相手にわかってもらおうと、
誠実に説明されてますよね。そういったところにはテクニックや技術どころか逆に馬鹿正直な(失礼)ストレートさを感じましたが。
また、反対意見に対しては白黒はっきりしすぎる位の反論や意見はしていますが、個人にレッテル貼りをしたり、指示をしたり悪口を言うようなことはしていないのではないでしょうか。

情に流され、形に囚われ過ぎて「本質」を見失うことはしたくないという思いからのあくまで一読者の感想です。
議論や論争は為になり、勉強になりますが、「いじめ」や「ハラスメント」は見ていて気分が悪いです。
余計なことだったかもしれませんが、気になった為、失礼しました。

古い教会長様

洗練された素晴らしい詩の紹介を、どうもありがとうございました。
読んでいてとてもほっとさせられる素晴らしい内容の詩だと思いました。
 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 2月11日(土)08時46分59秒
返信・引用
  > No.2719[元記事へ]

末端教会子弟さんのご投稿ですが、拝読いたしまして「この方は‘おみち’を、真っ直に通られた方だ」と言う
印象がありました。「真っ直に」というのは、逃げることなく正面から‘おみち’に取り組まれているというこ
とです。それは私にはないことでした。

その分、末端教会子弟様は天理教の矛盾の多い現実に対しても「血の出るような思い」で受け止められたこと
が多々あられると思わされました。そのために表現が赤裸々な単刀直入なものとなって表れているところがあ
るかもしれないなと思います。
それは、末端教会子弟様は真っ直に通られているため、その分私等には見えなかったものが見れたんだと思い
ます。
しかし、私はそうした表現が気に障るということはありませんでした。そうした言い方をされているのは、他
の人にも多く見られることでした。

私も短刀直入な表現の方が好きです。いわゆる「なりけりあらんや」という言い方はイライラさせられること
があります。「~~じゃないんじゃないかと思うこともないではないですが、実際、~~じゃないんじゃない
んじゃないのではないんじゃないでしょうか」と言われると、「どっちやねん!」と聞き返したくなります。

それともう一つ、言葉は「そう言った以外のものをこぼしてしまう」という性質があることも注意しまけれ
ばならないと思います。
例えば「AさんはBである」と言った場合、「AさんはCでもなくDでもない」というふうになりがちです。
といって、「AさんはBである。時々CでありDでもあるがEであることはほとんどない。たまにはFのところも
みせてくれるが、Gになることはまずない」なんていちいち書くわけにはいきません。

http://()

 

(無題)

 投稿者:末端教会子弟  投稿日:2017年 2月11日(土)00時30分14秒
返信・引用
  さっちん 様

酷いな、なんでそんな言い方をするんですか?

私は、「議論しよう、かかって来い」なんて言いましたか?
「練り合い」も「論争」もやることは同じでしょ。
意見の対立が小さければ穏やかだし、大きければ激しい応酬になるだけです。

「議論の技術やテクニック」だって、
誤解の無いように明確・簡潔な言葉を使う、
勘違いされないように個人によって解釈に幅のある言葉は意味を限定して使う、
論点を明確にして結論へ繋げる道筋を考えて進める、
程度の事で議論の場では当たり前です。

以前のやり取りの中で、さっちんさん、春風さんから返ってくる、嫌味や皮肉を込めた言葉や言い回しに、自分自身「キツイ事を言ったかな」と考えた部分はありますが、誤解や勘違いをされるよりはマシだと思っていたのも事実です。私は嫌味や皮肉の通じない人間ではなく、議論を進める為にあえてスルーしてたんですから。
とはいえ、結果ヒートアップしてお二人を傷つけたことは、改めて謝罪します。

みかぐらうたやおふでさきの国語的解釈から意味と文間の内容の把握、かんろ台とかぐらつとめの意味と役割・効果、それら教義を現代社会に当てはめる場合の解釈と方法、具体的な教義の実践段階、等々・・・。
以前から言ってるように「本当の教祖様の教え」を知りたい、解明したいというのは若い時からの想いです。同じように考えている方もいらっしゃると思います。

その為にこの掲示板と社会学掲示板は大変参考になりました。また、拙い内容でも書き込みさせて頂くことで自分の考えをまとめ、次の思考に進めるのにも役立ってくれました。

でもまだまだ足らないんです。出来るなら誰かに全部教えてもらいたい、一緒に考えてもらいたい、でも無理だろうから、参考になるような話でも引き出したい、、。
こういう気持ちをあんな言葉で否定されたら・・・。

そりゃぁ「優しい心」「苦しむ人に心を寄せること」も教祖様の大事な教えの一つでしょう。
私もそう思います。でもそれが全部ではないんじゃないですか?
苦しむ人、辛い人に、
「よしよし、可哀想に。社会が悪い、世の中が悪い。でも仕方がないから我慢しなさい。」
ですか?

教祖様の教えは違いますよね?
「よしよし、可哀想に。社会が悪い、世の中が悪い。その悪い所を改善改革するために一緒に考えよう、行動しよう、誰も同じような苦しみを味合わなくて済むように。」
じゃないんですかね?
本部が、少なくとも真柱がこう言ってくれれば、天理教組織どころか世の中全て変わるのに・・。

父の教会についても、身内には厳しく「お供えは出さない」「教義はこうだ」と言ってます(厳しく言わないと影でお供えやお礼を渡してしまうので)が、上級に面と向かって言ったり批判した事はありません。
「信者さんのお供えは教会修繕、地域の人助けに使いたいと思いますが、どうですか?」
「(信者さんと教義の解釈を練り合いして)会長さん、どう思いますか?なにかご意見ありますか?」
こういう態度や言い回しは、さっちんさん基準の「やさしさ・人を傷つけない」でどの程度なのか評価してくださいよ。

一連のことで、さっちんさんが私に対して憎しみのような感情を持たれてるのは承知してますが、間接的・逆説的にしろ「真剣さ、真面目さ、誠実さ(に欠けている・無い?)」なんて言い回しをされたら、ショックと、情けなさと同時に怒りまで感じます。

いっそのこと「ここへは来るな」とでも言ってくれませんか?


古い教会長 様

>正しさと正しさとが 相容れないのは一体何故なんだ

絶妙な引用をしますね、流石です。

個人的には、割合は違えど正誤善悪全てを持ち合わせているのが普通の人、だと考えてます。
勿論、正誤善悪の判断基準も「人間」が決めたし、時代とともに変化する。
だから、私は普遍的な「正しい基準」と思える教祖様の教えを求めてるのかもしれません。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 2月10日(金)18時49分37秒
返信・引用
     天理から離れたある分教会で神殿で教会長奥様と信仰に関する真剣な話をしておりました。神殿を前にしながら少し斜めになって真剣な話をしていた時に「教祖がここに立っておられる。」と感じました。
    結婚式も教祖は自ら行かれていたのではないかと思うのです。

  
 

(無題)

 投稿者:moto  投稿日:2017年 2月10日(金)17時48分3秒
返信・引用
  天理教組織の目的はなんだろうか?
建物を建てまくって、その維持費に追われ信者からたくさんの金をむしり取ることだろうか?
大教会はもとより、それを見習って末端教会までも普請、普請とまるで普請することが教会のスペックアップのような雰囲気だ。
 しかし、普請をするには金がいる、金がいるから信者を作る、教会維持にも金がいる、金がいるから匂いがけ、社会に出て働いていないので収入源は宗教稼業で稼ぐしかないのである。
 親神は、普請をした綺麗な各教会を望んでおられるのか?
 お供えイコール真実と宣伝し、信者の生活をも脅かすお供えを望んでおられるのか?

本末転倒も甚だしく感じられる。
壮大な大教会、中間教会の建物を見るたび立派というより、どれだけの信者がどれだけ金を毟り取られたのかと考えてしまう。
 

(無題)

 投稿者:火の鳥  投稿日:2017年 2月10日(金)17時10分11秒
返信・引用
  純粋に興味深く見ていたこの掲示板も遂にオワコン化したなと正直思いました。

次はTwitterあたりかな。

あっちの方が自由に情報をピックアップできるし、匿名で情報を垂れ流せるからなぁ。

2ちゃんやブログからSNSに移って行くのなんて…何年前の世の中の流れや。

そもそもこの教団界隈は世の中の10周遅れくらいで情報伝達手段が移り変わっているみたいやね。

最近の天理教社会学研究所のコメント欄は教団内の噂話のリアル版がやり取りされてるみたいで興味深いね。

 

河原町

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 2月10日(金)09時00分20秒
返信・引用
  (天理教社会学研究所コメントからの転載)

教組の前で結婚式をあげたかった様のコメントです。皆さんはどう思われますか。


河原町の人は本部で結婚式を挙げることができません。なぜなら、河原町の人間は本部で結婚式を挙げるほどの徳がなく、理がないからです。

これは偉大なる大教会長様が決められた大変ありがたい宗教の自由の制限なのです。はっきりそう上級会長に言われました。

私も本部で、教組の前で結婚式を挙げたかった。教組に見て頂き、御礼したかった。河原町部内に嫁いで唖然としました。カインさんは本部や本部員の異常さを指摘していますが間違ってる。本当の異常は大教会。

管理する人も指摘する人もいない大教会長を教組とした独裁国。誰の目も入らない、大教会長一家のやりたい放題。教えより「大教会長様が言ったから」とわけがわからないルールばかり。部内の直属会長たちが「このままだと140年祭までに河原町は潰れるから引きずり下ろせ」と言われている人が表統領候補など、教えよりも組織しか見てない人ばっかり。

私達は詰所のふしん費という年貢を押し付けられているだけ。河原町を出て外の系統にお嫁に行った人は本当に「河原町から出て行けて楽だよー お道が楽しくなった」と皆いうのは本当羨ましい。こんな組織にいるくらいなら死んだほうがマシだと最近つくづく思う。
 

Nobody is Right  

 投稿者:古い教会長  投稿日:2017年 2月10日(金)08時42分56秒
返信・引用
  中島みゆきさんの詩です。

悪い人などいないだなんて あいにくですが頷けません
正しい人こそいないんじゃないか 完璧正しいってどういう人だ

争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
その正しさは気分がいいか 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか

辛いだろうねその一日は 嫌いな人しか出会えない
寒いだろうねその一生は 軽蔑しか抱けない

正しさと正しさとが 相容れないのは一体何故なんだ
 

末端教会子弟 様

 投稿者:さっちん  投稿日:2017年 2月10日(金)00時21分23秒
返信・引用
  >勿論、意見や主張を否定されたり反対されても、それは「視点や考え方、教えの解釈の違い」ですから、個人を否定したり馬鹿にしたりするものではないし、納得がいかないならどんどん言い返すべきだ、という条件ですが。

 この掲示板は、勝ち負けを競ったり、論争したりの場所ではないと思います。勿論、時によってはそうなってしまう場合もありますが、末端教会子弟様は、最初から、対決モードのようです。掲示板の主旨の「天理教のことであればなんでも談じ合ってください」の「談じ合い」は、論争することを指してはないと思います。主旨から外れていないでしょうか?  又、

>確かに議論のための技術やテクニックは駆使しましたが、これが否定されれば一切の意見の主張や議論が難しくなります。

と書かれておられましたが、「お供え」掲示板に、【議論の為の技術、テクニック】等、不要と思います。必要なのは真剣さ、真面目さ、誠実さ、あと付け加えるなら、「相手への思いやり」でしょう。「技術、テクニック」が必要というなら、春風さんが以前書かれた、「相手を傷つけない技術」、それのみと思います。
 

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