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Re:「神」と「上」

 投稿者:海外より  投稿日:2018年 1月21日(日)18時46分59秒
返信・引用
  一文字隼人さん

早速に回答いただき有難うございます。

読み直してみましたが、やはり個人的には「上」の部分を「政の上層部、高山」に置き換えて読む方が違和感がなく、胸に治まり、納得が出来るように思います。

むしろ「秀司、山澤良助、守屋筑前守、吉田神祇管領」として読む方が意味が通らないお歌の方が多いのではないでしょうか...。

例えば、
「上たるハ 世界中をままにする
 神の残念 これをしらんか」 第三号121
ですが、「秀司、山澤良助、守屋筑前守、吉田神祇管領」らは決して世界中をままにはしていないように思います。「屋敷の中をままにする」であれば納得出来ますが…。^^
また全体の流れ的にも「上」の近くには「高山」が多く詠われているようにも感じます。

あくまでも個人的な見解ですが、「上」の中には守屋筑前守、吉田神祇管領などの既存宗教の上層部はある意味、含まれていると思いますが、「秀司、山澤」等のお屋敷内や教祖の近くにおられた方々は含まれてはいないと思うのですが、いかがでしょうか。お手数ですが、もう少し教えていただきたく思っています。

仰られるようにおふでさきにおいて「から」と「にほん」をどう解釈するかが、大きなポイントであることは激しく同意致します。
ただ学校教育で受けた知識や一般常識とされている観点からのみで解釈すると、本質は見えて来ないようにも感じています。

一文字隼人さんは「から」と「にほん」をどのように解釈されますか?
 
 

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2018年 1月20日(土)23時34分59秒
返信・引用
  天理時報社の建物って商業施設に変わったと聞きましたが倒産したんじゃないですよね?
どなたか詳しいことご存知の方いませんか?
 

「神」と「上」

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2018年 1月19日(金)19時31分54秒
返信・引用
  匿名信者さん

>教祖の教えは「中山みき」という傑出した人物が説いた、究極の人の生き方を教えたものなのですね。

 こちらこそ、↑仰る通りかと思いました。ただそれを個人個人が胸に納めるより教団として組織だって大きく
動こうとするところに問題が起こるのかなあ?とも感じております。

海外よりさん

>いつも熱心に研究されている方と存じておりましたが、以下の点、ご教示下さい。


 ご教示だなんて、人にエラソーに教えられるそんな立派な人間ではないので、分かる範囲で、調べた範囲で
御返答させていただきます。私個人の見解としてご理解ください。

 以前、おふでさきをとにかくしっかり読まなくてはと調べていく内に「かみ」と発音する言葉が気になり、
パソコンで検索して数を調べたりしていたんです。数え間違いもあるかもしれませんが、私のパソコン上では
「神」は224個、「上」はわずか33個です。そしてその33の歌をワードに全部、書きだして、一つ一つのお歌を
読んでみて「上」の意味を考えながら時代背景と合わせて自分なりに吟味してみたんです。
「上」が出て来るのは主に2号、3号、4号で、あと5号、7号にも少し出ています。

 具体的には「神」と「上」ですが、「上」というのは、私はずばり「秀司さん」「秀司さんに追従する人」
のことではないかと思っています。一度、おふでさきの「上」のお歌を洗い出して、すべて読んでみてください。
パソコンとネットを使えば、簡単な作業です。

 そして「上」の部分をおっしゃられる「政の上層部、高山」に置き換えて読んでみてください。意味が
通らなくなる歌がたくさん出てきます。
今度は「秀司さん」もしくは「秀司さんに追従する人たち」の意味で
読めば、すんなりと全ての歌が矛盾なく読めると思います。


 ワードにそれらの歌を全部書き出してあるのですが、この掲示板に書きだすとかなり長くなるので控えます。
更にもっと具体的に名前を挙げれば秀司さん、山澤良助、守屋筑前守、それから吉田神祇管領だと思っています。
それらの方々やグループがいわゆる「上」に当たると思います。ただおふでさきの中にある歌を一つ一つ吟味して
いくと秀司さんを指している歌もあれば、秀司さん一派とでもいうか、関連する人も指しているのではないかと
感じられます。メールくだされば、添付でワード書類も送りますよ。

>どのようにおかしくなるのでしょうか。明治初期の時代になぜお屋敷において上層部が既に存在し、
>を「上」と呼ばれたのか根拠を教えて下さい。


 明治2年からおふでさきは書かれているわけで、その2年前の慶応3年に秀司さんたちは吉田神祇管領に願い出て
います。教祖がみかぐらうたを作成され始めた頃です。明治元年に政府の動きとして神仏分離令を出しています。
そのような時代背景がある頃の話です。先ほども書いたように「上」が出て来るのは主に2.3.4号です。

 つまり明治2年~明治7年の頃です。神道国教化政策、三条の教則は明治6年です。赤衣を着はじめられる
少し前です。そうすると海外さんのおっしゃる「政の上層部」「高山」と解釈するには、本格的に弾圧が厳しく
なる前の時期に当たり、「政の上層部」と解釈するには無理があるようにも感じます。

>個人的には「上」とは政の上層部、高山と同等に解釈するべきではないかと思っています。

 私もずっとそう思ってきました。ですから「おふでさき」をいくら読んでも違和感が残っていました。
まだまだおふでさきの中の「上」「かみ」に関しては深い考察が必要なのかもしれません。私は学者じゃないので、
専門の学者さんに意見を聞きたいところです。

 おふでさきに関しては「神」と「上」、それから「から」と「にほん」をどう解釈するかが大事なポイントの
ように感じています。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

Re: (無題)

 投稿者:海外より  投稿日:2018年 1月18日(木)20時44分38秒
返信・引用
  一文字隼人さん

いつも熱心に研究されている方と存じておりましたが、以下の点、ご教示下さい。

〉「上」という漢字の「かみ」は秀司さんをはじめとするおやしきの上層部の人々と解釈して読まないとおかしくなります。

どのようにおかしくなるのでしょうか。明治初期の時代になぜお屋敷において上層部が既に存在し、それを「上」と呼ばれたのか根拠を教えて下さい。
個人的には「上」とは政の上層部、高山と同等に解釈するべきではないかと思っています。

 

なるほど!

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月18日(木)15時50分18秒
返信・引用
  >また教祖が現身を隠す明治20年の翌年に神道直轄天理教会の認可を受けているのですから、この段階で教祖の
教えというより神道の一派に変わったと考えた方がいいのかもしれません。「天理教」という名称にこだわるから
神道ではないとなりますが、明治21年以降、昭和20年終戦までの間は国家神道に追従した一新興宗教団体という
のが実体だと思います。

一文字さん、ありがとうございます。
「なるほど!」のご指摘ですね。
分かりやすく納得できました。
その様に見ると現状も理解できますね。

教祖の教えは「中山みき」という傑出した人物が説いた、究極の人の生き方を教えたものなのですね。



?
 

Re: (無題)

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2018年 1月17日(水)22時08分41秒
返信・引用
  匿名信者さん

>教祖は応法の道をとることに反対していたことは揺るぎない事実なのですから、此の一点は絶対に外せない
>だろうと考えます。


 そうですね。応法に流れたのがよくないのは確かなのですが、日本は国家神道をもとに富国強兵路線を進んでいた
わけですから、新興宗教で平等とか、天皇を崇めないというのは不都合極まりなかったでしょうね。
だから厳しい弾圧があったのだと思います。水屋敷の大道教もそれは同じ道を辿っているようです。 その時代で
生き残るための方便だったのかとも思います。

 明治2年頃、長男の秀司さんに若い嫁をもらってこれからしっかりやりなさいと教祖がおふでさきにも書かれて
いるわけですが、このおふでさきの書かれた明治2年~明治15年という13年間というのが気になります。以前にも
書きましたが、秀司、小寒をはじめとするおやしき内の人の話ばかりです。人間思案ばかりで神の計画通りには
何も運ばなかったという印象が強いです。だからくどい位に残念な気持ちを表したり、怒っているようような歌が
多い
のかとも思えます。

 以前にも書きましたが、おふでさきを読む時に「神」は神様と理解すればいいですが、「上」という漢字の
「かみ」は秀司さんをはじめとするおやしきの上層部の人々
と解釈して読まないとおかしくなります。
このおふでさきが書かれていた13年間はまだ「天理教」ではないですね。そんな名称もない時代だと思います。
おやしきの中が教祖を慕いついていく人と秀司・まつえ夫婦をはじめとする神道融合派と混在しているような状況
だったと思います。
 明治13年秀司さんが金剛山地福寺傘下に入り、明治15年甘露台の没収があり、教祖在世中の最後の最後である
明治17年~20年は監獄に入ったり、本当に御苦労の連続だったと思います。しかし、そのご苦労より教祖を真に
理解している者が少なかったこと
を教祖ご自身は一番残念がっておられたのではないか
とも私は思います。

>応法の道を取らざるを得なかった時代をやり過ごした後の時代には、最も大切な点、天理教は神道ではないことを
>真っ先に唱えて復元にかかるべきでした。


 おっしゃる通りかと存じます。GHQの影響もあったでしょうね。まずは神道色を払拭することが大事だったとは
思うのですが、国民が国家神道で教育されてきて、ヨーロッパのキリスト教のように国教のようになっていたわけ
ですから、なかなか神道色から離れていくことも難しかったこともあったと思います。

 また教祖が現身を隠す明治20年の翌年に神道直轄天理教会の認可を受けているのですから、この段階で教祖の
教えというより神道の一派に変わった
と考えた方がいいのかもしれません。「天理教」という名称にこだわるから
神道ではないとなりますが、明治21年以降、昭和20年終戦までの間は国家神道に追従した一新興宗教団体という
のが実体だ
と思います。 戦争協力などを指摘する人もいますが、まさにその時期です。

>復元と言いながら、神道の装いを脱ぎ捨てることができなかったのは、漏れ聞くところ、教団内の神道派の
>力が強かったからとか。さらに言えば現在もその流れは強いとも聞きます。


 明治24年には神道直轄一等教会に昇格し、明治26年には神道本局職員篠森乗人が本部勤務していますね。
それ以前も山澤家など神道と関係のある人はいたでしょうし、切っても切れない関係なのかとも思います。

 私の個人的な意見を述べさせてもらいますと、私は教祖の教えが日本中にくまなく広がり、日本の教育の中でも
政治の中でも、日常生活の中でも、すべての国民の心の中に教えが息づくようになることが、世界平和にもつながる
のではないかと思っています。

 宗教団体の名称なんて、どうでもいいことです。大事なのは人々の心の中に教祖が望んだことが息づいて日々を
暮らしているかだと思います。

 残念ながら今の天理教は形を追うことが大事で、教えが形骸化して、教えられていることと真逆に実際は運営
されているように感じます。これとは逆のことをやっている地方の教会などの方が充実していっているのではないかと
想像しています。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

Re: 切なくなる…。

 投稿者:崩壊  投稿日:2018年 1月17日(水)17時12分19秒
返信・引用
  >
> 天理教組織は。
> ほんと、罪作りの教団だ。
> 本当に、宗教団体と言えるのだろうか。
> もう、ヤクザ社会以下の、宗教団体に天理教は成り下がっている。
>

  本当にその通りです。天理教組織は行政上、法律上、宗教団体に位置づけられますが、実質はとても宗教と呼べるシロモノではありません。行政側も「信教の自由」という日本国憲法の大前提上、宗教法人として安易に認可していることも一因にあります。もっと宗教団体の実態を十分、調査し、把握し、宗教としてふさわしくないと客観的に思われる宗教団体は、宗教法人の認可を取り消すべきだと思います。具体的にどのような方策で取り消せばよいのか、大変、難しい問題なので、私には直ぐには思い浮かびません。読者の方々の中で何か良いアイデアをお持ちの方がおられましたら、ご投稿願います。憲法で謳われている「信教の自由」は、世界でも類を見ない素晴らしい理念だと思いますが、行政もその理念を濫用してはならないと思います。
 

(無題)

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月17日(水)16時18分32秒
返信・引用
  >クリープを入れないコーヒーが不味いかどうかは当人次第でしょうが、コーヒー豆が古すぎたら、不味いどころか健康に良くないでしょう。昨今の教会本部はそんなところでしょう。
天啓者不在のお地場なんて、、、豆が古すぎるコーヒーと同じです。
取捨選択に苦労しますね



RO様ありがとうございます。
ぴったりの例えに思わず笑ってしまいました。
森永さんの秀逸なコピーは長生きしていますね。

>取捨選択に苦労します。

ズバリの表現です。
一文字さんのご指摘にも繋がって、現在の信仰者の悩みを言い得ています。

一文字さん、又もや年代順にまとめて頂き、分かりやすく整理していただき
ありがとうございます。
水屋敷や朝日神社に行かれて、ご自身の目で耳で直接入手された情報は、お陰様で読ませて頂く私たちにとっても
貴重な情報となっています。
後で振り返って見て、
「130年祭前後を境として新たな信者群がネット上に発生した契機となったのは、『お供え掲示板』の存在による。」
そのようになるやもしれませんね。

>これらの史実をもとに考えていくとそもそも「異端」とは何か?教祖みき様の教えとは違うのが「異端」とは
言えなくなっているようにも感じます。むしろ神の言葉を封じ込め、教団としての生き残りの為、国家神道に追従し、
国の政策に加担し、生き残ってきたのが現在の「天理教」ではないでしょうか。 時代的に新興宗教が生き残っていく
には応法に甘んじることも必要だったのかもしれません。しかし、復元と言いながら戦後、復元されるどころか、
ますます本部にとって都合のいいことばかりが整備され、末端へ行くほど苦労するような体制ができあがってきたと
言っても過言ではないと思います。


教祖は応法の道をとることに反対していたことは揺るぎない事実なのですから、此の一点は絶対に外せないだろうと考えます。
応法の道を取らざるを得なかった時代をやり過ごした後の時代には、最も大切な点、天理教は神道ではないことを真っ先に
唱えて復元にかかるべきでした。
復元と言いながら、神道の装いを脱ぎ捨てることができなかったのは、漏れ聞くところ、教団内の神道派の力が強かったからとか。
さらに言えば現在もその流れは強いとも聞きます。
テレビの情報番組で神社での参拝方法を紹介しているのを見るにつけ、天理教側の神道方式礼拝を苦々しく感じます。
せめて自分だけでも神社方式を無視してやろうと、2礼などというお辞儀を拒否しています。
高齢の教会長夫人の中にも同じように2礼をしない方たちがいることに意を強くしています。
 

切なくなる…。

 投稿者:風鈴はぐれ雲  投稿日:2018年 1月16日(火)23時07分25秒
返信・引用
  お供え掲示板、社会学ブログ…。
多くの方々の声が聞こえてきます。
読んでいると、切なくなります。

天理教組織の問題点は、何十年も前から挙がってます。
でも、本部、上層部は。
耳を傾けることもなく、一向に反省の色もなく。
見ても聞いても、知らぬふり。
人が人を踏みにじるピラミッドに、あぐらをかいている。

僕の人生。
振り替えると、後悔しか残っていないし、後悔しか思い出せない。

崩壊した家族はいたけど。
家族家庭の有り難み、温かさをに。
僕は未だ、触れたこと、感じたことがない。

もし、僕の家が天理教の教会でなく。
一般の崩壊した家族だったら。
母親も、ギャンブル狂の親父と離婚してくれただろうし。
兄弟の起こした、問題行動も違っただろう。

そして、僕自身の人生も。
もっと、後悔の少ない、現実に希望の持てる人生になっていただろう。

天理教組織は嫌いだし、恨みしか残ってないけど。
天理教のせいで、人間嫌いにもなった。

でも、天理教信仰する方々が、全て嫌いなわけでわない。

26年前に修養科で、出会い、少し話をした。
今でも想うKちゃんも。
今も、天理教を信仰していると思うし。

純粋に、天理教を信仰している方々も沢山にいると思う。
末端の少人数の教会でも。
温かい、教会活動をしているところもあると思う。

天理教組織は。
ほんと、罪作りの教団だ。
本当に、宗教団体と言えるのだろうか。
もう、ヤクザ社会以下の、宗教団体に天理教は成り下がっている。

人が人を、寄り添って支えあって。
縦横関係なく、手を差しのべて。
助け合い、陽気ぐらしをするべき教えが。

湾曲と嘘と闇で塗り固められた、天理教本部。
天理教本部のわがままに。
末端が、苦汁を飲まされてる。

もう、天理教は原点に戻ることは不可能だろうか。
願わくば、一度ぶち壊して、原点に戻って欲しい。

現行天理教に、苦しみ、壊される方々が沢山いる。
現行天理教に、悩み、鬱になる方々が沢山いる。
現行天理教の中でも、笑顔で純粋に信仰している人も沢山いる。

光と影。
太陽と月、
真っ直ぐな筋と、理不尽。

天理教でも、社会でも。
不公平であり、不平等だ。
でも、それをみんな、色々な形に変えて、笑顔に変えていく。

現行天理教にすがっても。
不公平も不平等も、さらに苦汁になっていく。

本部の方々へ。
人として、心を持っていますか?
あなた方の発言は、心がないよ。
派閥争いや、立場、権力、支配欲。
嘘まみれの言葉には、心は響かないよ。
あなた方の伝える教えって、相手のことを想っていますか?
自己陶酔しているだけではありませんか。
今まで、どれだけの人々が犠牲になってきたのか。
切なくなりませんか?
切なくならないなら、心はない。

天理教の中は。
白も黒も。
正も悪も。
渦巻く世界だ。

天理教のどれだけの方々が。
お供え掲示板、社会学ブログを読んでいるでしょう。
ツイッターで、こえを挙げてる方々もいる。
もっと、もっと、声を挙げ言って欲しい。
声が行動に変わって行って欲しい。
これ以上、犠牲者は増やしてはいけない、
末端だから、何もできない訳じゃない。

宗教に関係なく。
人を想う気持ちは、平等です。
何が出来るかどうかは、人それぞれの形だけど。

天理教が、少しでも改心していくように。
声を挙げ続けて行って欲しいと思います。

そして、若い世代の人生を。
天理教、後継者、教会、信者関係なく。
立場や天理教体裁を押し付けずに。
人一人の人生として、考え想ってあげてください。

天理教は、欲に飲み込まれた。
白と黒が、ドロドロに入り混ざった。
とても、切ない教団だから。

若い方々へ。
若い声を、もっと沢山。
発信していってくださいね。
天理教に、悩むより。
もっと、身の回り、仲間や友達の為に。
自身の心をつかってください。

天理教には、陽気ぐらしも人助けも。
そんな、心も気持ちもない。
自分の仲間や友達を、想い支えてあげてください。



 

洗脳の恐ろしさ。

 投稿者:古い元教会長  投稿日:2018年 1月16日(火)20時14分34秒
返信・引用
  洗脳され大金を失った辺見マリさん。『しくじり先生』
天理教のお供えと、そんなに差異はない。
『辺見マリ 中島知子を語る「戦慄の4ステップ」』で検索。
https://www.youtube.com/watch?v=uag1w6TM2g0
 

Re: (無題)

 投稿者:崩壊  投稿日:2018年 1月16日(火)19時02分46秒
返信・引用
  > 「我が家のことを後回しにして・・・」はひどいですね。天理教には学者金持ち後回しという教えがあったはずです。本部や大教会は金持ちなので後回しにするのが神の正しい教えです。親神様は宗教法人を作れとか入れと教えているわけではないのですから。

> マザーテレサは「まず自分の周囲の人のために尽力しなさい。それをせずにボランティアは偽善です」と教えていました。
>
> 21世紀の初めにイラクで日本人三人が拘束されて大騒ぎになったとき、「ボランティアをしにわざわざイラクくんだりまでいかなくても、日本国内でする場所がいくらでもある」と唐沢俊一が批判していたのを思い出しました。
> 自分の家や地域を後回しにして、本部や大教会を優先するのは、まさしく日本国内でのボランティアをせずに、イラクくんだりまでのこのこ行く三人と同じです。


    全くその通りだと思います。
 

都合の悪いことは隠すべし

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2018年 1月16日(火)17時58分17秒
返信・引用
   教内では異端に関しては詳しく取り上げられていない印象がありますが、なぜか「助造事件」だけはしっかり
取り上げられている印象があります。歴史的に見て教祖在世の頃の事であり、教祖なき後に起こってくる異端問題とは
本質が違うのかもしれません。天理教の教会長、後継者が教理を深めよう、勉強しようとしても隠されてきた事実や、
研究することもタブーになっていて勉強もできないというような風潮もある
ように感じています。
また「異端」という言葉に対し、教内では拒否反応があるようにも感じています。

 今までは教会本部というフィルターを通った書籍しか手に入らず勉強するにも偏っていたように感じます。
ネットが発達した現代ではいろいろな資料にも触れることができるようになりました。水屋敷朝日神社など
天理教では異端とされているところへも足を運び資料を集めると隠されてきたことが浮かび上がってくる感じが
します。逆に今の「天理教」自体が異端ではないのかという疑問さえ浮かんできます。

いくつかの事件などを時系列で並べて整理していきます。

1865年 慶応元年 助造事件 つとめ場所が完成した頃、
          人足社の飯田岩治郎は8歳で既に水のさずけ
1887年 明治20年 教祖が現身を隠される 飯降伊蔵が本席となる頃、
         飯田岩治郎 30歳 茨木基敬 33歳 井手クニ 25歳 ナライト 25歳 大西愛次郎 8歳
1888年 明治21年 神道直轄天理教会認可
1894年 明治27年 飯田岩治郎に神憑りあり 日清戦争勃発
1896年 明治29年 内務省秘密訓令により厳しい弾圧 神名も天理王命から天理大神へ 教祖10年祭の頃
1897年 明治30年 安堵の水屋敷事件 控え柱の前川菊太郎がお道から離れる
1907年 明治40年 飯降本席、飯田岩治郎も出直し、ナライトが後継でおさづけを渡す 平野楢蔵も出直し
1908年 明治41年 天理教一派独立 天理教教会本部 井手クニ46歳で神憑り 初代管長、山澤為造体制
1912年 大正元年 山田梅次郎事件(おうかんみち教祖) ほんみち開教
1914年 大正3年 第一次大戦勃発 真柱眞之亮も控えの前川菊太郎も出直し ご母堂・為造体制の始まり
1916年 大正5年 教祖30年祭 井手クニ教祖殿事件
1918年 大正7年 第一次大戦終了 茨木基敬事件 ナライト事件 御母堂がこれよりおさづけ
1921年 大正10年 教勢倍化運動など松村吉太郎が実権を掌握し、教勢を伸ばしていく時代に入る

 天理教は本席出直し後、神と人間をつなぐ天啓者と教団全体の真柱で運営される形でナライトを後継にして
いたが、国家の弾圧もあり、国家神道追従の体制になってしまった。そして明治41年に一派独立を果たし、
教祖の教えとは離れた現在に続く教団体制になっていったと言える。「天理教」と人々は口にするが、
「天理教」って何なんだ?と調べれば調べるほどわからなくなってくる
ような気がします。

現時点で自分の調べたことなどを簡単にまとめると次のようになるかと思います。

明治20年~30年 政府の弾圧も厳しい。本席が天啓を伝えていたが、本部内の人事は複雑だったようだ。
明治30年~40年 水屋敷事件も起こり、天啓を伝える本席も出直して、天理教が国家神道化する段階
明治40年~   国家神道化した天理教から離脱、分派が増える頃 松村吉太郎によって現在のような
        天理教体制が確立していく段階 もちろん中山家、山澤家などの親戚関係の者が中心

 これらの史実をもとに考えていくとそもそも「異端」とは何か?教祖みき様の教えとは違うのが「異端」とは
言えなくなっているようにも感じます。むしろ神の言葉を封じ込め、教団としての生き残りの為、国家神道に追従し、
国の政策に加担し、生き残ってきたのが現在の「天理教」ではないでしょうか。 時代的に新興宗教が生き残っていく
には応法に甘んじることも必要だったのかもしれません。しかし、復元と言いながら戦後、復元されるどころか、
ますます本部にとって都合のいいことばかりが整備され、末端へ行くほど苦労するような体制ができあがってきた

言っても過言ではないと思います。

 教会本部のフィルターのかかっていない資料も読んでいかなければ真実は見えてこないのかもしれません。
道友社から出ている本ではフィルターがかかり過ぎていて真実の教えが見えてこないようにも感じます。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

匿名信者様へ

 投稿者:RO  投稿日:2018年 1月16日(火)11時57分44秒
返信・引用
  > 一つ質問をお許しいただけますか?

須藤さんは次の天啓者に関しては何か、予言めいた事を話しておられたのでしょうか?
現在、芹澤先生のご本にも書かれていることからも広く知られている天啓者として
大徳寺氏がおられますね。
本席様とナライト様の時代を見てもわかるように、天啓者は「一時代に一人」という
ことではないようですね。
むしろ控えを用意されていたかのような気もします。

こかん様やナライト様をいれると、教祖、本席様を合わせて四人の天啓者が天理教には存在した訳ですが、茨木一派からは御当人をいれると七人の天啓者を輩出し、現在も存命の方が存在されている様です。

天啓者が永続し且つ増え続ける事が、道具衆他、お地場の人衆の自己証明の道でもある訳です。

クリープを入れないコーヒーが不味いかどうかは当人次第でしょうが、コーヒー豆が古すぎたら、不味いどころか健康に良くないでしょう。昨今の教会本部はそんなところでしょう。
天啓者不在のお地場なんて、、、豆が古すぎるコーヒーと同じです。取捨選択に苦労しますね。



http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/6-naraito.htm

 

(無題)

 投稿者:通りすがりの人  投稿日:2018年 1月15日(月)17時26分55秒
返信・引用
  「我が家のことを後回しにして・・・」はひどいですね。天理教には学者金持ち後回しという教えがあったはずです。本部や大教会は金持ちなので後回しにするのが神の正しい教えです。親神様は宗教法人を作れとか入れと教えているわけではないのですから。

マザーテレサは「まず自分の周囲の人のために尽力しなさい。それをせずにボランティアは偽善です」と教えていました。

21世紀の初めにイラクで日本人三人が拘束されて大騒ぎになったとき、「ボランティアをしにわざわざイラクくんだりまでいかなくても、日本国内でする場所がいくらでもある」と唐沢俊一が批判していたのを思い出しました。
自分の家や地域を後回しにして、本部や大教会を優先するのは、まさしく日本国内でのボランティアをせずに、イラクくんだりまでのこのこ行く三人と同じです。
 

天理教社会学研究所さんよりの転載です。

 投稿者:匿名  投稿日:2018年 1月15日(月)01時34分48秒
返信・引用
  東風Z
2018年1月1日 12:00 PM
匿名教会さん(2017年12月30日 10:08 PM)の投稿

>「女子青年として大教会に2年足らず住み込んだ。大教会家族・子供のお世話係が主な仕事だった。住み込んで生活する中で大教会の裏表がすべて見え、納得いかないものを感じた。一列きょうだい、良い教えだと思っていた。しかし、なぜ、大教会家族のお世話係(大教会長夫婦の幼い子供達の世話と大教会家族の食事の世話、提供、汚れた皿の引き取り伺いなど)をさせられたのか。それも少ないお手当で。若い娘盛りで欲しいものもあった。結局お供え含めて大教会に居る間に数百万使ったんだよ。あそこにいたら裏も表も何もかもが見えた。」そしてこうも言った。「天理教って、うす暗いよね。」<

これを見た大教会長一家は、多分こう言うだろう。こうして陰徳を積むんだ、と。便利な言葉だねぇ。
 

天理教社会学研究所より転載です。

 投稿者:匿名  投稿日:2018年 1月15日(月)01時32分6秒
返信・引用
  匿名教会
2017年12月30日 10:08 PM
>天理時報元旦号で飯降伊蔵の特集を載せている。伊蔵が「我が家のことを後回しにして、お屋敷を第一に」ということで、現在の末端教会の教会家族に対しても「我が家のことを後回しにして、ご本部・大教会を第一に」ということを言いたいのだろうか。信仰の喜びを話す大亮さんのインタビューも、本人はノリノリで話しているが、読んでいて・・<
全く同感です。「我が家の事を後回しにして・・」の下りで私も同様の感想を持った。我々末端教会への当てつけかと。ページを開くと能天気なアホ顔の大亮の大写真。目が汚れると思って、早速閉じた。
一体全体、能天気な彼らは衰退の一途を辿る教勢をきちんと認識しているのか。我々末端教会の現実を認識してるのか。

話は変わるが、30年前に信仰を止めると言って当教会を去っていった元信者さんに偶然会った。会長の代も変わり改めて何故信仰をやめたのか聞いてみた。答えはこうだった。
「女子青年として大教会に2年足らず住み込んだ。大教会家族・子供のお世話係が主な仕事だった。住み込んで生活する中で大教会の裏表がすべて見え、納得いかないものを感じた。一列きょうだい、良い教えだと思っていた。しかし、なぜ、大教会家族のお世話係(大教会長夫婦の幼い子供達の世話と大教会家族の食事の世話、提供、汚れた皿の引き取り伺いなど)をさせられたのか。それも少ないお手当で。若い娘盛りで欲しいものもあった。結局お供え含めて大教会に居る間に数百万使ったんだよ。あそこにいたら裏も表も何もかもが見えた。」そしてこうも言った。「天理教って、うす暗いよね。」
先代会長は娘同様に可愛がっていた彼女が去った理由を知らずに亡くなった。やめると言う決心を綴った手紙には理由が書かれていなくて、会長を死ぬまで悩まし心配させた。

30年たって「大教会の腐った現実」が原因だったことを始めて知った。ピラミッドの頂点に立つ階級。人を救い上げる役目の人が、ほこりを被せてまじめで一途な彼女の心を傷つけた。

金集め、人集めにご執心の現教団。大教会も同様だ。情熱を持った信仰初代が夢を持って大教会に住み込んで、傷ついて去る。
天理教教団よ、大教会よ、何やってんだ。何がしたいんだ。人が減る元凶は本部や大教会の異常な姿ではないのか。何が一列きょうだいだ。神を見ているのか、それとも自分の首と教団維持しか見えてないのか?
だから人が去るんだ。
 

(無題)

 投稿者:RO  投稿日:2018年 1月14日(日)14時10分25秒
返信・引用
  岩治郎氏は本部準役員。茨木基敬先生は本部員ですね。神がかり時の本部での役職は。
一も採らず二も採らず。とは岩治郎氏の主張も、本部側の主張も、神の意に沿っていないという意味なのでしょうか?

http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/6-naraito.htm

 

(無題)

 投稿者:通りすがりの人  投稿日:2018年 1月14日(日)07時58分2秒
返信・引用
  信仰の継承がなされないのはどこも一緒です。創価学会でも幹部クラスの子供たちがどんどん棄教している状況なのですから。
下から搾取すればするほど、下にいる人間は「もうこんな組織はだめ」と見限ってしまうのは当然です。今はまだ下に多少はいますが、ほどなくして全滅するわけです。
大教会は下からの献金で潤っていたわけですが、そろそろ金欠になるでしょう。
 

末端 様

 投稿者:つとめ場所  投稿日:2018年 1月14日(日)01時46分8秒
返信・引用
  多少の差はあれ、多くの末端教会・事情教会の直面している現実の問題かと思います。

私の実家もそうでした。

一言申し上げます。

『奇跡を待つより地道な努力』

https://ameblo.jp/kyoukai-sitei

この道は拝み祈祷ではないのですから、他人任せ、神様任せでは何も変わりません。
 

Re: ゴルフ場役員は辞任すべき

 投稿者:  投稿日:2018年 1月13日(土)21時31分31秒
返信・引用
  > No.3926[元記事へ]

>


> しつこく再度申し上げます。
> 表さんは天理教の公職。
> 天理教を代表して宗教界の会議にも出席する身です。
> 教内の重要ポストにある人のプロフィールをネット検索すると、このような記述がヒットします。
>
> 考えてから引き受けたのでしょうか?
>
> 奈良ゴルフ場株式会社
>
> 中田善亮 年齢: 54歳 (2016年12月31日現在)


>
>

1962年3月5日  誕生
>
> 2015年3月  宗教法人 天理教表統領 (現)
>
> 2017年3月  当社取締役 就任  


>
 

(無題)

 投稿者:末端  投稿日:2018年 1月13日(土)17時14分2秒
返信・引用
  末端教会です。教会運営にはお金がかかります。しかしここ数年、信者は出直しで年々歳々減る一方です。現在数人の信者さんのお供え総額3万円を収入とし、その中から最低限、月次祭費用、支部費、上級積立金、上級お礼、巡教お礼、灯油等の神殿暖房費、大教会行事への参加旅費等、これら外せない出費があります。
まだあります。少年会費、婦人会費、青年会費。少年も青年も現在居ません。だから信者さんからの会費はありません。これらの会費はすべて教会長個人の負担となります。3万円でこれら全てが賄えるはずもなく、ため息ばかりつく教会長の両親の嘆きを後継者の子供達が見ている訳です。女鳴り物も破損したまま修理するお金がありません。壊れたまま月次祭に出しています。まあ弾く人も居ないので。
後継者講習に我が子を誘っても、ノーの一言です。当たり前です。こんな理不尽で惨めで陰気な生活を望む理由がない。
全国的に激しく信者が減っているのに、婦人会費も、青年会費も、少年会費もずっとそのまま減額されることなく教会長一家の個人の財布に重くのしかかってきています。
これが末端教会の現実です。各種行事にかり出されるのでまともに働くことも出来ず、生きるための最低限のお金も無い。だから子供達に働かしてその給料に教会家族が群れる。人権などあったものではない。このままでは3万円もいずれゼロになる。
今後は収入源も無く、上納金や必須教会行事の旅費等がのしかかり静かに消滅するのを待つばかりです。
下がつぶれ、段々に上がつぶれ始める。最後は、本部の崩壊。天の理通りに事は運んで行くのでしょう。








 

Re: (無題)

 投稿者:崩壊  投稿日:2018年 1月13日(土)17時07分52秒
返信・引用
  >  しかし、教会本部に登殿すればその違和感に気づかされる。神殿内には、これでもかというくらいの賽銭箱を目にするのである。遠く離れた子供がやっと故郷へ帰ってきたかと思えば、即、金の徴収である。
>
>  教内には、さまざまな名称を使って金を徴収するシステムが出来上がっている。月次祭のお供えに始まり、教務費、支部費、日々の理、理だて、お尽くし、運び月などあげればキリがないほどである。
>
>  宗教団体を維持するには、それなりに費用が必要だと思うが、あまりにも金に執着しすぎである。
> 百日のおさしづにおいて親神は、律に逆らえないという人間の意見を鑑み譲渡されたのであるが、宗教団体を設立し未来永劫維持するために教祖の口を通して教えを伝えたのではないのである。
>
> 現教団は、まさに宗教団体維持のための宗教に成り下がってしまい、既得権益の持つものだけが潤うシステムを作りあげているに過ぎないのだ。教祖の教えを求めれば求めるほど、天理教団から離れなければならないのが今の現状なのだ。
>

   昔、天理教とは全く縁もゆかりもないイギリス人とアメリカ人の友人が、天理教教会本部の神殿を見てみたいというので案内したことがあります。おっしゃる通り、神殿内の至る所に設置された賽銭箱の数の多さや、神殿の大屋根を支える巨大な円柱にまで「お供え」を放り込む四角い穴が設けられているのを目にして、日本のカルトの集金システムは凄まじいと言って、驚嘆し呆れかえっていました。外国人に限らず、初めて本部神殿を訪れた日本人でも驚き、呆れかえることでしょう。そもそも宗教団体を組織し、巨大な建造物を建築し維持していく為に、また、集まった金を悪用する人間がいるので巨額の金が必要になるのです。初めから宗教団体なぞ作らなければよかったのではないでしょうか? 宗教団体を維持するための宗教なぞありえない。それは宗教と呼ぶべきではないと私は思います。
 

Re: (無題)

 投稿者:信仰継承は苦痛の連鎖  投稿日:2018年 1月13日(土)14時17分4秒
返信・引用
  > 詳細は不明ながら、4日、お節ひのきしん者たちを前にしての善司現真柱の話の中で「自分はいままで気が付かなかった」と反省の言葉を述べられたそうです。

このお話というのは、本部在籍者たちを前にしての真柱の念頭挨拶のことではないでしょうか。
真柱さんは後継者講習会について言及されたそうです。
天理教の後継者が育っていないという現状に対して、「こんな状態になっているとは・・・」という感慨を述べられたと聞きました(もちろん、また聞きで)。

後継者講習会もかなり無理して人集めをしています。
所属の教会長から、いつのまにか参加者の頭数に入れられたという文句も、若い人が言ってました。
天理教は子だくさんなのに、なぜ教勢が衰退してきているかといえば、こんな講習会はじめ修養科や三日講習会やひのきしん隊やらで、人間を鋳型にはめようとしているからではないでしょうか。
こういう会に出て、「すっごく楽しかった」「充実してた、イエーイ」なんてVサインを皆でしている若者たちの集合写真を見ると、完全に鋳型にはめられていると感じて、ぞっとしてしまいます。

鋳型にはめると言えば、根本的なことをあえて言わせてもらえれば、おつとめが大体そうです。
信仰のない人間から見れば、あのような複雑な所作を伴う盆踊りを毎日朝晩歌って踊らなければならない(毎日やらなければ確実に忘れてしまう)なんて、すごく手間のかかる宗教団体だなと思われているのです。
自分が信仰で助けられたという人が、おつとめを毎日でもしたいと思うのは、分からなくもないです。
しかし、自分の家を教会や布教所にして、子供や孫も全部天理教に囲い込んで同じようなことをやらせようとするのは、明らかに無理があります。
しょせん江戸時代末期のおかげ踊りを元に作った中山みきの創作舞踊じゃないですか。
しかも世の中は明治以後近代化しているにもかかわらず、天理教は江戸時代よろしく封建的なお家制度のような教会制度を守っています。
本部員の家系はいつまでも本部員、大教会長の家系はいつまでも大教会長、末端教会はいつまでも末端教会、お供えは常に下からポンプのように吸い上げる仕組みです。
今年は明治維新から150年目ですよ、天理教は時代が一世紀半遅れています。

信仰継承は苦痛の連鎖になっているというのが、今の天理教の偽らざる現実です。
おつとめしても世の中は良くなりませんし、おさづけをしても病気は変わりません。
このことをある教籍の高い人に言ったところ、人をたすける心が大切であり、真実誠が効くのだと答えをはぐらかされました。
人をたすける心が大切なら、ちゃんと世の中のニーズに応えるようなボランティアや奉仕活動をすればいいのに、ひのきしんとボランティアは違うんだといって、教会奉仕ばかりさせるのはなぜなんですかね。

後継者とされる人たちは、親子兄弟姉妹、親戚ぐるみで天理教をやっているために、やめるにやめられず苦しい思いをしています。
善司真柱さんならこの苦しみを分かってくれると思うんですが。
「自分は今まで気が付かなかった」とおっしゃったそうですが、気付きは遅くてもかまわない。
その気付きから一歩進めて、天理教で苦しんでいる人たちから信仰の重荷を取り払い、陽気ぐらしにしてあげてほしいと願っています。
また一名一人の信仰という原則からいって、代々の惰性的な信仰という苦痛の連鎖を断ち切る思い切りとそのための勇気が、若い世代の側にも必要です。
 

(無題)

 投稿者:健一  投稿日:2018年 1月13日(土)07時35分28秒
返信・引用
  天理の町に降り立つと「ようこそ おかえり」という用語が目に飛び込んでくる。人類の宿仕込みがなされたぢばは、人間にとってのふるさとという意味である。また、親里とも称されている。子供たち人間は、故郷へ帰るのである。
 しかし、教会本部に登殿すればその違和感に気づかされる。神殿内には、これでもかというくらいの賽銭箱を目にするのである。遠く離れた子供がやっと故郷へ帰ってきたかと思えば、即、金の徴収である。

 教内には、さまざまな名称を使って金を徴収するシステムが出来上がっている。月次祭のお供えに始まり、教務費、支部費、日々の理、理だて、お尽くし、運び月などあげればキリがないほどである。

 宗教団体を維持するには、それなりに費用が必要だと思うが、あまりにも金に執着しすぎである。
百日のおさしづにおいて親神は、律に逆らえないという人間の意見を鑑み譲渡されたのであるが、宗教団体を設立し未来永劫維持するために教祖の口を通して教えを伝えたのではないのである。

現教団は、まさに宗教団体維持のための宗教に成り下がってしまい、既得権益の持つものだけが潤うシステムを作りあげているに過ぎないのだ。教祖の教えを求めれば求めるほど、天理教団から離れなければならないのが今の現状なのだ。

 
 

(無題)

 投稿者:通りすがりの人  投稿日:2018年 1月13日(土)06時57分42秒
返信・引用
  表棟梁がゴルフ場の役員に就任したなら給料はそこからもらえばあ?
信者が減りまくって財政難なの一番よくわかっているわけじゃない。
教団の仕事はボランティアでやってね。
 

人足社をどう考えていたのか

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2018年 1月12日(金)20時09分58秒
返信・引用
   史実を調べ、年表を作り、そこから真実は何なのか考えようと努めていますが、現時点で本当に複雑な思いに
かられます。「月よりの神言」須藤花井も親しい友人から手に入り、一通り読んでみました。文体が普通の本とは
違います。感想としては一世を風靡した「ノストラダムスの大予言」を思い出しました。

 もう一冊「飯田岩治郎御伝記」一瀬幸三 初子(非売品)も友人から提供してもらい読んでおりました。
天理教がいつからおかしくなったのか、歴史的にターニングポイントはどこにあるのか等、調べることが信仰を
深めていく上で大事だと思っています。今の時代、ネットでもかなりいろいろな情報は集めることはできますが、
古い書籍などはなかなか手に入りません。持つべきものは友だと改めて感じています。

 「人足社」というのは具体的には飯田岩治郎、上田ナライト、山本吉五郎の三人と言われていますが、現在の
天理教では人足社という言葉さえもあまり使われず、ましてや史実を調べようとする者以外、一般の教会長、
ようぼく、信者には知られていないようにも思います。所謂タブーになっているように感じます。

 水屋敷事件は明治30年の事ですから教祖が明治20年にお隠れになって、10年後の本席時代の出来事です。本席は
40年に出直していますから、その当時の本部の様子がこの時代の資料を読むとよくわかってきます。

 教祖が特にかわいがって何度もおたすけに足を運び、後に本部員にもなった飯田岩治郎について詳しく調べることが
大事だと思い、水屋敷と言われる安堵町にある現在の大道教本部にも以前、行ってみました。
そこで大道教「教祖畧傳」もいただき、現在の飯田尚管長にもお会いしました。「教祖畧傳」というのは中山みきの
ことではなく大道教の教祖「飯田岩治郎」の略伝ということです。ここに書いてある内容は「天理の霊能者」に
書かれている内容と同じですが、「飯田岩治郎御伝記」一瀬幸三 初子を読んでみて、いろいろ認識が変わって
きました。

 天理教が現在のような金権主義、拝み祈祷の宗教へと変わっていく最初のターニングポイントが安堵の水屋敷事件
だったと言えます。水屋敷に関する資料などを読んでいくと、松村吉太郎、平野楢造、板倉槌三郎、梅谷四郎兵衛、
桝井伊三郎、仲田儀三郎、山本利三郎など天理教人なら教典、教祖伝などを通して知っている人の名前がどんどん
出てきます。

 「飯田岩治郎御伝記」の著者である一瀬幸三氏は本のはじめに「天理教の草創期には重要な役割にあった方で
ありながら、のちに本部の意に沿わないとして抹消された不当な処置に憤りを覚えた。それを正すのが後世の者の
努めと思えて…」
と述べているように、正しい史実を伝えようと伝記を書かれたようです。

 天理教では「水屋敷事件」あるいは「安堵事件」というと飯田岩治郎の謀反とか異端の事件として片づけられる
ようですが、そんな単純な問題ではなかったと思います。明治20~40年頃は天理教という教団で天啓者を排除し、
中山家の世襲制度にし、その親族で固め維持していこうとした時代
であり、ここに現在の天理教の問題につながる
ポイントがあるように私は思います。

 事実は一つしかありませんが、それにかかわる人の立場、見方で大きく後の史実が変わっていくのかとも思えます。
松村吉太郎、平野楢蔵からすれば飯田岩治郎はやっかいな存在、飯田岩治郎など教祖派の人間から見れば、国家神道
融合派の連中はとんでもない連中だと思っていたと思います。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

ゴルフ場役員は辞任すべき

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月12日(金)14時09分49秒
返信・引用
 


しつこく再度申し上げます。
表さんは天理教の公職。
天理教を代表して宗教界の会議にも出席する身です。
教内の重要ポストにある人のプロフィールをネット検索すると、このような記述がヒットします。

考えてから引き受けたのでしょうか?

奈良ゴルフ場株式会社

中田善亮 年齢: 54歳 (2016年12月31日現在)

1962年3月5日  誕生

2015年3月  宗教法人 天理教表統領 (現)

2017年3月  当社取締役 就任 

 

匿名信者 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2018年 1月12日(金)10時03分42秒
返信・引用
  >「自分はいままで気が付かなかった」
というより、間違ったこと、嫌なこと等の耳に痛いことは、誰も上げなかったのでしょうね。真柱はいいことばかり聞かされていたのでしょう。
 

今更ながらに泣けてきます

 投稿者:源次郎  投稿日:2018年 1月12日(金)08時43分28秒
返信・引用
  退職信者様

この掲示板で「須藤花井」さんのことを初めて知りました。
私も25年前専修科生でした。
当時須藤さんのことを知っていたらお会いできたのでしょうか。

専修科生として日々、信仰と教団について疑問を持つようになりました。

教団がなくても信仰できるのでは?と

教会後継者として極貧の毎日でしたので、兼業でもいいから普通の暮らしがしたかったことが、
現在の生活(資格を取り手に職をつける)につながっています。
ただ、大学に行った時の奨学金はすべてお供えに消え、
学費は自分でバイトして支払いました。奨学金返済も勤めだしてから返済しました。

教会長である父は、至極当然のことのようにお供えを運んでいました。
自分のことをこれからから「会長さん」と呼ぶようにと言われたこともあります。
その時は「なにいってんだこいつは、そんなこと言うわけないだろ」と思い事実「会長」とは呼んだことはありません。

専修科を卒業してからは大教会長に言われるままに大教会青年勤めに。
たこ部屋に押し込まれ御用という名の下働きの日々。
(下働きを否定しているわけではありせん)
何かおかしい。
天井を見つめては「何やってんだオレ・・・」
半年後、大教会長に直接

「青年勤め辞めます」

それでも自教会に戻ってからは教会の手伝いをしていましたが、
それも10年前大教会長に、

「教会後継者辞めます」

人生というのは選択の連続です。
その時の判断が正しいかどうかなんてのはわかりません。
教会後継者=教団を辞めるということは、
身が切られるような痛みだったと今でも覚えています。

天啓とまではいきませんが、身上・事情の時は、世に言う閃きのような声が天から降ってきます。
つまり自分が神様とつながっていればよいということ。
陽気暮らしは遥か彼方にあるのではなくて、心ひとつで実現可能であるということ。
皮肉なことですが、教団の外にいるほうがよほど陽気暮らしができるのではないかと思います。


須藤さんに会ったことはありませんが、

「ほれ、言ったことに間違いはなかったやろ」

と言われたような気がしました。
 

(無題)

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月11日(木)15時37分15秒
返信・引用
  詳細は不明ながら、4日、お節ひのきしん者たちを前にしての善司現真柱の話の中で「自分はいままで気が付かなかった」と反省の言葉を述べられたそうです。
いずれ、何らかの文書中で内容は確認できるのかもしれませんが、各教会でこの話を聞いた方もおられるでしょうから、この際、確認できる方は確認されてはいかがでしょうか?
ネットに書かれたことなどを読んでおられるのではないかと思いました。
 

不透明な本部人事の根

 投稿者:RO  投稿日:2018年 1月11日(木)10時23分55秒
返信・引用
  ナライト様も出直すまで精神病だった訳ではないのに、どうして代理のたまえさんに替わって、オサズケを渡す立場に復帰されなかったのでしょうか?
天啓者は追い出す、その候補者は疎んじるって、徳ある中山家とその周辺の魂といえども、お家の都合の為に、お地場のヨロズタスケの根源地としての成長を害するとしたら、その悪因縁、神の残念の返しを考えると、怖き危なき道を案じざるを得ませんね。

http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/6-naraito.htm

 

(無題)

 投稿者:転石人  投稿日:2018年 1月11日(木)10時16分45秒
返信・引用
  >私も神の代理人が「真」で人間思案組織が「虚」だと思うんですが、なぜか「真」の方が遠避けられる
みたいです。

そうですね。
それだけ人間と言う生き物が「虚」に惑わされやすいと言ったところでしょうか。
 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2018年 1月10日(水)02時51分41秒
返信・引用
  > No.3915[元記事へ]

> 神の代理人 対 人間思案組織 ということになりそうですね。
> この関係は根が深いですね。

私もそう思います。
不思議なことは、神の代理人の方が人間思案組織の方によって追い出されてしまっていることです。

<天理の霊能者>によりますと、明治二十九年のある日の真夜中に、赤衣を着たおやさまが飯田岩次郎の
枕元に現れて、「本席・飯降伊蔵の啓示は伊蔵本人の人情に流された考えが混じっているので、すべてが純粋
な啓示ではない」ということを言われたそうです。
これを聞くと、飯降翁も本部の取り巻き連からかなり圧力を受けていたんじゃないかと思います。

「大工が(エラソウに)何を言いよる」と言ったりした者もいたようです。飯降翁の言葉を軽んじている者も
いたようです。それに対して「日本一の大工や」というお言葉が下りましたが。

私も神の代理人が「真」で人間思案組織が「虚」だと思うんですが、なぜか「真」の方が遠避けられる
みたいです。
 

つけ加え

 投稿者:風鈴はぐれ雲  投稿日:2018年 1月10日(水)02時38分52秒
返信・引用
  僕が、天理教というものを通して、思った言葉がありました。
「卑怯」でした。

これからも、若い天理教人が、天理教を通過していく。

現行の天理教では、若者も離れていくだろう。
それでいいと思う。

宗教に縛られず、若い時間を精一杯に使って欲しいと。
願い思います。
 

消えない怒り

 投稿者:風鈴はぐれ雲  投稿日:2018年 1月10日(水)02時13分36秒
返信・引用
  婿養子に来て、ギャンブル狂で、信仰もせず。
借金ばかりを作る父親。
家事もろくにせず、天理教体裁ばかりをきにして。
昨日言ったことも、次の日には平気で手のひらをかえす、跡取り娘の会長の母親。
夫婦喧嘩の毎日、ろくに育児もせず。
極貧を越す貧しさを味わった幼少~成人期。
問題行動ばかりをおこし、借金を作ってくる兄弟。

ギャンブル狂の父親や兄弟には、一切説教もせず。
後継者だからと、僕ばかりに天理教を押し付けてくる。
上級、同部内の天理教な大人たち。
両親、兄弟には。
散々に、裏切続けられてきた。

前現上級会長には、散々に騙された。
同部内の各々の会長達や、天理教の大人達には。
会った時、酒の席、集まりで、言いがかりをつけられ。
言い返して、散々に争った。

僕が、家庭の崩壊具合を話しても。
本心で聞いてくれる大人などいなかった。

家族崩壊してる家庭が。
教会を隠れ蓑にして、いびつな家庭を過ごしてきた。
家族崩壊してる家庭が。
陽気暮らしを唱える、天理教の教会をしてきた。
嘘八百の教会をしてきた。

天理教に。
人助け、陽気暮らしなんて心はない。
口に出すだけ、恥を知った方がいい。

「自分さえよければ、それが天理!」と、スローガンを変えた方がいい。

全部の天理教人が、悪いわけじゃない。
でもね。
天理教人が天理教人を、助けられない現実。
派閥争いや、天理教体裁ばかりで。
身内のことさえできてないのに、社会に何を伝えていくの?
恥を知って欲しい。

僕が、十代の終わりに事故で障害者になった。
その事故さえも、天理教が関係してる。

天理教は、障害者さえも、平気で追い込む。
多くの健常者が独りの障害者を平気で追い込む。
人として、どうなの?
天理教人って、案外に表面だけで。
中身は、言ってることとはまるっきり別人です。

人助け、陽気暮らし…。
もう、天理教が、語る資格はないよ。

末端が苦労してるけど。
その末端の中でさえ、格差ができている。
末端であっても、裕福な教会はある。

天理教の本部は、何をしてるの?
上に立ち、上納金集めばかりして。
レーザービームと花火を上げて。
そして、何を隠してるの?

この掲示板、社会学ブログ…。
いろんな声が届いています。
天理教の本部も上層部も、上級も。
みんな、読んでいるでしょう。

会議も沢山あると思います。
掲示板ぐらい、熱い討論があれば。
天理教も、こんな風にならなかったんじゃないかなぁ。

本部や上層部や上級は。
どうして、掲示板で答えてあげられないのかな?
都合が悪いから、読まないようにしてるのかな?

誰が、誰の、尻拭いをしているかな。
本部の尻拭いを、末端がしているのです。
役職だ先生だ会長だ、と言われても。
くだらない派閥争いしていても。
贅沢三昧、高級車、苦労知らず、わがまま放題…。
末端が苦労して、尻拭いしているのですよ。

僕は、両親も他界して、独り身。
昔に家の天理教も整理した。
でも、天理教や家族にさせられてきた、尻拭いの怒りは消えない。
頭や心の中から消えない。
生涯消えることはないだろう。

天理教によって。
多くの人々の人生が、狂わされ壊されてきた。
天理教の本部から、もちろん末端まで。
考えなくては、ならないことが。
教え以外にも沢山ある。

そして、天理教本部の人達も。
掲示板で一緒に語るべきだ。

人は人でしかないのだから。
真柱だろうが、先生だろうが。
人は人でしかないのだから。

同じ土俵で、語り合う時ではないのでわないのだろうか。



 

無題

 投稿者:風鈴はぐれ雲  投稿日:2018年 1月10日(水)00時53分53秒
返信・引用
  > 「天理教は、中山教だ。本部員達は座敷乞食だ。次の大掃除で本部員達の三分の二はさらしてしまう」
>
> 更に、女狂いの正善は、神殿の回廊で「須藤花井」に九字を切られて倒されて一週間ほど後に亡くなってしまったのです。本部員達の目の前で起きた出来事です。
>
> 私は、天理教は中山教というより「座敷乞食教」と呼ぶほうが似合っていると思っています。
>
> 改革などあり得ない。滅亡する事が至極当然の成り行きと思っています。
>
> 須藤花井さんは次のように話していました。
>
> 神さんはね 今の天理教は潰してしまうと言ってるよ。
> 新しい天理教は掃除の後で高知で話し合う。
> それが 十一下りの 屋敷の土を掘り取りて ところかえるばかりやで だよ。
> ここ天理で話し合ったら元の形になってしまう。
> だから天理で話し合う事は無い。
>
> 親神は、既に天理をそして現行天理教を捨てていると言う事ですね。

退職信者さんの、数々のご投稿。
何回も読み返し、感慨深いものがあります。

親神さまは、天理も現行天理教を、捨てている…。
僕もそう思います。

修養科時代に。
本部に朝勤めに行くと。
祈りや思いよりも。
この、膨大な建築物を建てるのに。
どれ程の人達が、犠牲になったのか…。
と、すこし切ない気持ちになりました。

昔、家にあったお社にも。
祈りや思いよりも。
怒りや恨み、辛みが溢れ返り。
神殿を、壊したい衝動にも、借られる時もありました。

もう、何十年も昔から。
親神さまは、現行天理教に、見切りをつけたと思います。

現行天理教には、神様はいない。
支配欲と上納金集めしか、頭ない。
天理教体裁とは、建物や天理教ブランドの表面しか、守ろうとしていない。

本来の、守るべき、大切なものは、何なのでしょうか?
支配欲にまみれて、見失ってしまっています。

天理教本部にも、派閥があるのですね。
私利私欲の塊が、いくつもあるのですね。

退職信者さんの、ご投稿を。
また、楽しみにしております。
 

(無題)

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月 9日(火)13時34分39秒
返信・引用
  二重投稿はエチケット違反なので、恐縮ですが下記参考までにお読みいただければ幸いです。

http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?page_id=405#comment

青年会のTwitterに関して社会学さんがTwitterでコメントしています。

Twitterは短文なので情報が限られますが、とはいえ、「青年会公式」と名乗る以上は
基本的な情報を漏れなく記載するべきでしょう。
安易なTwitter発信は外部の方に天理教の知的レベルを疑われる可能性すらあります。

 

(無題)

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月 8日(月)18時36分30秒
返信・引用
  ぶたまんさん、本部中枢と天啓者が敵対関係になるということは、

神の代理人 対 人間思案組織 ということになりそうですね。

この関係は根が深いですね。

ところで大亮さんの生物的父親である方に申し上げます。
新年度(4月)から、ゴルフ場の役員を辞任する決意は固まりましたか?
多数の方々が注視しています。
天理教を代表して教外で発言する機会がある地位の方なのに、身を律することが
できないようでは、天理教を代表しての発言はお控え願いたいものです。
現代はネットで情報収集が簡単にできる時代です。
他宗教の方や関係する文化人・ジャーナリストの皆さんが参加者のプロフィールを
事前にチェックしてから会議などに臨むことは最早常識です。
最低限の体面は保っていただきたいものですね。





?
 

(無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2018年 1月 8日(月)13時04分40秒
返信・引用
  > 本部中枢部は決して組織上、天啓者ポストを頂く考えなど、おそらくないでしょうね

本部中枢と天啓者は敵対関係になります。(←この結論を書くのを忘れていました)
 

教祖のお供という名目

 投稿者:健一  投稿日:2018年 1月 8日(月)12時06分32秒
返信・引用
  上級教会は、普通車3台くらい買える値段のする高級車を所有している。その高級車は、年に数回部内巡教に使われるだけで、名目は教祖のお供である。腕には高級時計を服装はオーダーメイドで一着数十万もするスーツもしくは羽織袴である。また、本部からや大教会からのお入り込みと称して山海の珍味を用意し、たんまりとお礼を渡すのである。教祖という名目があれば、お供えをどう使おうと許されるのだ。
 各教会には、目標と称して社が作られ神床にお鎮りくださっている親神様と祭文で読まれる。
そして、大きな教会になればなるほど豪華なお供え物が供えられる。仮に社に親神が鎮まっているのなら、末端教会や布教所、信者宅の社の親神は差別されているのであろうか。
 お筆先に

人間を始め出したる 証拠に甘露台を据えて置くぞや

と、甘露台でさえ神名を与えて、人間創造の証拠としてその地点が存在しているだけである。どこに鎮まっているというのか不思議でならない。
 また、教祖殿では決まった時間に食事を供え、風呂まで沸かしている。教祖は現身を隠されているのでなぜ食事や風呂を用意する必要があるのか?存命の理であるなら、決まった一つの場所に留まることなく世界だすけに奔走されているのではないのか。
 教祖という名目を借りれば、全てが通るのが現在の天理教教団であるように思われる。
二代真柱の50年祭と言われているが、その魂は生まれ変わることがないのであろうか?
出直しの教理があるのに、死んでもいつまでも崇められることの方がいいのであろうか?
よく冷静に考えて見れば、全てが中山家と既得権益を享受する者たちのための教理であり、教祖の教えの一部を利用しているだけなのであろうと思われる。

 有名な先生が人は魂の徳で立つと言われていた。しかし、
お筆先には

高山にくらするものも 谷底にくらするものも同じ魂

と歌われている。徳という言葉を使えば、教祖の名を借りて贅沢も許されるというのはおかど違いも甚だしいのではないだろうか。このままの状態では、もうこの教団の将来の繁栄はないどころか存続自体も難しいと思われる。
 

Re: (無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2018年 1月 8日(月)08時00分42秒
返信・引用
  > No.3911[元記事へ]

<天理の霊能者>を読むと、天理教にはこんなに多くの霊能者がいたのかと驚かされます。
そもそも、天理教は天啓宗教でありますから、おやさまの後を継ぐ人も天啓者でなければ、都合が悪いんじゃ
ないかと思います。

つまり天理教は、例えば仏教などとは違って神さまが開いた教えですから、神さまは最後まで責任をとらな
ければならない、と思われて、飯降伊蔵、上田ナライト、井出クニといった人々を作られました。
神の意思を告げるリレーのランナーは途切れることなく用意されていたのです。

その一方で、本部にいた人たちは真柱を立てて教団の組織化を始め、自分たちを「本部員」と名乗りました。
神さまはこの事に危機感を覚え、「本部員、本部員と言っているが、それは神が決めたことではない」という
警告のおさしづを告げられました。「神は本部員を認めない。それは人間が勝手に決めた地位だ」というのです。

真柱を長に組織したのですから、当然、教団組織は中山家が主体になります。
それは最初は小さいものであったと思いますが、次第に大きくなっていき、一つの集団のなかでよくある
ように婚、力関係(オレのほうがオマエより偉いと競うこと)や、それに伴う権謀術数が発生してきました。
「婚姻」で中山家と親戚になるのです。

確か、松村吉太郎も中山家と姻戚関係を結んだのではなかったかな?・・まァ、それはそれとして、いいでは
ないですか。オトナの事情(=愛以外の理由)で結婚したとしても。
「恋人同士、愛し合った二人は窓辺に寄り添い、やがておもむろに男性が女性にプロポーズをする。その時、
窓辺は月の光を浴びていなければならない」と、ロマンチックなことを考えるのは子どもデス、子ども。

こうしてみると、おやさまが亡くなられた当時や、それ以降は何かギトギトした欲望があったのじゃないかと
思います。上田ナライトがよく本部を抜け出し実家に帰っていたのを、神さまが呼び戻されていますが、
そうなったのも、一因に本部の重苦しい汚れを感じたからではなかったでしょか。

さて、本部の中にできた二つの流れは中山家と飯降家の確執となって現れていたようです。
中山家は組織派を代表し、飯降家は天啓派を代表します。
私らは、天理教が天啓宗教であるために、天啓者の方が本部員や真柱より上だと思いますが、どうでしょうか。

実際、飯降伊蔵の言葉は絶対であったため、それを煙たがる本部員は多かったのではないでしょうか。
松村が茨木を追放したのは、茨木がホンモノの天啓者であることを確信したからではなかったでしょうか。
飯降翁亡き後の本席の座に座わられたら、自分の立場は弱体化するからです。
 

(無題)

 投稿者:匿名信者  投稿日:2018年 1月 7日(日)20時41分19秒
返信・引用
  退職信者様からの須藤さんに直接聞かれた話は貴重な一次情報として、ありがたく読ませていただきました。
たしか、以前、黒門前に死体が重なるというような予言を紹介して下さっていたかと記憶しています。
本部関係者もこちらの「御供え」板を読んでいるからなのでしょうか(笑)
黒門が工事されるようですね。
別の場にどなたかが書かれていましたが、改修?なのでしょうか。一時撤去されるそうです。
予言が成就したら困るとでも思ったのか、偶然なのかは神のみぞ知るところでしょうか。
退職信者様の今後の書き込みを期待しております。

一つ質問をお許しいただけますか?

須藤さんは次の天啓者に関しては何か、予言めいた事を話しておられたのでしょうか?
現在、芹澤先生のご本にも書かれていることからも広く知られている天啓者として
大徳寺氏がおられますね。
本席様とナライト様の時代を見てもわかるように、天啓者は「一時代に一人」という
ことではないようですね。
むしろ控えを用意されていたかのような気もします。

大徳寺氏の他にも現れる(もしくは既に現れている?)か、知りたいものです。

しかし、本部中枢部は決して組織上、天啓者ポストを頂く考えなど、おそらくないでしょうね。
自分たちは神に仕えるのだという意識が無い限り、邪魔者扱いするだけで終わるでしょうね。
理由は皆様が既に書かれている事につきます。

天啓者のありかたと言ってはおかしいかもしれませんが、
「現実的に神の力を引き継ぐ者」ということで、いわば教内での地位を求めず、
ただ、教祖のお力を借りて日々のお助け活動に使っていただく人材というような
低い心のままで生きていく天啓者。
陽の当たる場に出ることは無くても、その存在は周囲の信者たちに、さざ波のように
伝わっていく、これでも本部は潰しにかかるでしょうか。

以前、おさづけでお助けが上がっている教会が在るのなら公表すべきという意見が
見られました。その際、私が受けた感じではおさづけの効能に疑問を持つ側からの
意見のように見受けられ、そのご主張に賛成するには引っ掛かりを感じたものでした。

現に世界の各種宗教では心を救うだけではなく、奇跡も実際に起きていることを
実際に見聞きする経験の有無で考え方は変わるでしょう。
「奇跡」には大小もありますが、天理時報に時折見られる、枕詞のように使われて
いる「手前味噌な」奇跡では勿論ありません。本物の神の働きでしかなし得ないような
事象を指しての事です。
勿論、時報記事の中にも本物の奇跡経験が有ったことは否定しません。

すみません、私は書き方が稚拙で、どうも偉そうな調子になってしまいました。
これは簡単な話で、教祖がお隠れになる以前の昔の信者さんたちは経験したからこそ、
そのご恩返しに自身が助けて頂いた経験を人様にお伝えしていたそうですね。
天理教以外の場で助けて頂いた不思議な経験を私自身しています。
身バレを避けるために詳細はご容赦ください。

話題は変わりますが、
会長講話で手前味噌のつじつま合わせのような話も聞きます。
例を挙げると、
お助けに出かける際にバスに乗って、一つ空いている座席を教祖にお座り頂くため、
他の人が座らないように一生懸命ガードしたという教会長夫人の美談を披露した
北陸地方の教会長がいました。
教祖のお姿が感じられたからということではないのです。
話を聞きながら疑問に思いました。
教祖は現身が無いのだから、どなたかに座っていただく方が教祖の心にかなったのではないかと。

婦人さんの講話でも、お助けに出させて頂く際の経験として、この手の話はまだあります。
「教祖に同行していただく決意のまま、ぬかるみを避けるため、おんぶの姿勢でずっと歩かせていただきました。」等々。
これは気持ち的には美しい、立派なお助け人だなぁと感心はしますが・・・。
教祖が現身を隠したのは、時空を超えて軽々と世界を移動してお助けするためだったはずですね。

また、とりとめのない話に流れてしまいました。お許しください。
?
 

(無題)

 投稿者:健一  投稿日:2018年 1月 6日(土)21時05分34秒
返信・引用
  天理教の教会、特に末端教会で生まれ育つということほど理不尽なことはないよう思う。自身の自発的で自由な選択権は無視され、幼少から生きるために信仰しなければならない、信仰しないという選択肢は家族の離別、自身の生活基盤からの決別を意味するのである。押し付けられる教義が、本来の教祖の教えであるならばまだ救われる余地があるのだが、天理教団、特に中山家や既得権益を享受するために作られたものを信じ込まされるのである。
 教内を見回すと大教会、中間教会と言われる会長の痛風、糖尿病という俗にいう贅沢病がいかに多いことか、それに引き換え末端教会における中高年、未婚、職なしで年金も納めていない後継者の割合もかなり多いと思われる。
 また、みかぐら歌に
よくにキリない泥水や心すみきれ極楽や
とうたわれているにも関わらず、本部は法人になった全国の教会の土地の権利をお供えという名目で所有し、全国に天理教会館と言われるビルまで所有し、現表棟梁は奈良のゴルフクラブの役員でもあるという。
 まさに、下の者から搾取し自分たちの存続のために利用しているとしか感じられないのだ。
いくら、表で綺麗事を述べたところで自分たちが撒いた強欲のつけに押しつぶされる日が来ると思われる。
 

(無題)

 投稿者:通りすがりの人  投稿日:2018年 1月 6日(土)08時57分15秒
返信・引用
  >天理教では、真柱や大教会の会長…質問
>天理教の教会…回答

これ笑っちゃいましたw。すり替えもいいとこですよね~。
真柱や儲かる大教会は世襲で、それ以外の教会(事情教会が大半)では、世襲させようにも子供たちが棄教してしまって、信仰の継承すらないのですが。
それこそ世襲しようにも、教会長自体が極貧で結婚しなかったという人も少なくありませんので、事実上の出家者となってしまい、世襲が発生することが絶対にありません。
 

Re: 真柱や大教会の会長が世襲?

 投稿者:棄教希望者  投稿日:2018年 1月 6日(土)00時57分22秒
返信・引用
  古い教会長様

> 大分以前、青年会関係の雑誌に同じような質問と回答が書かれていました。その回答は確か・・・
>
> <回答>
> 天理教の教会は決して世襲ではありません。現実に多くの教会長は実子以外が継承していますし、女性の会長も多くいます。
>
> というニュアンスの回答をしていました。 どう思われますか?
>

もちろん、小さな分教会では、そういうことは良く見聞きします。
私が、以前所属していた田舎の小さな分教会では、私が物心ついた頃には、年配の女性(その頃でもかなりお年を召した寡婦でした)が教会長をしていました。
その会長が亡くなると、その娘さん(すでに寡婦になっていました)が教会長の座を引き継ぎました。
その方も、すでにお年を召していて(私よりずっと年長でした)、10年程度教会長を務めたあと亡くなると、その娘さん夫婦がやってきて、娘婿の方が会長を務めていました。

その後、その会長さんが事故で亡くなると、その息子さん(どこか都会で就職されていたようです)ではなく、一つ上級の分教会から、会長の息子が教会長に任命されて来て、現在に至っています。
この会長さんは子沢山なので、おそらく次期分教会長はその息子さんになるだろうと思います。

この分教会の上級の大教会は、西日本のある都市にあります。
この教会(最初は大教会ではなかったはずです)を始めた方は、女性だったと聞いています。
それを継いだのは(当時の会長とは姻戚関係のない)男性で、私の目から見ても立派な教会長さんでした。
大教会になったのも、この方の尽力によるところが大きいようです。
(この辺のことは、私が物心つく以前のことですから、又聞きです。)

ところが、その後は、この大教会長の息子が後を継ぎ、その人が(アルコールの飲み過ぎで)50代で亡くなると、20代だったその息子が、後を継いで大教会長になりました。
この息子(現大教会長)が、次期大教会長(若様と呼ばれていました)と目されていた頃、結婚式を執り行いました。
都会の真ん中にあるので、今回のように花火の打ち上げなどはやらなかったようですが、かなり派手な式典をやったようで(私は見ていませんが、大教会が出している月刊の情報誌にその様子が写真添付で出ていました)、心ある信者からは、顰蹙を買っていたようです。
(蛇足ですが、結婚式から半年も経たないうちに子供が生まれましたから、「デキちゃった婚」は見え見えでした。)

このように、最初は世襲でなかった教会も(事情教会でなければ)、次第に世襲になっていくケースが多いと感じています。
特に、「大教会」では、その傾向が強いと思います。
現在、会長が世襲ではなく、姻戚関係から呼んでくることもない「大教会」が存在するのであれば、教えていただきたいくらいです。

「真柱」に関しては、完全に「世襲」を制度化しているわけで、大教会にしてみれば、上がそうするのだから自分たちも世襲にしようと考えるのではありませんか?
大体、社会に出て苦労をしたこともない20代の若者が、「世界一列を救おう」としている天理教の先頭に立って引っ張っていくべき「真柱」としての力量を持ち合わせているとは、とても考えられません。

今後、「本気で」現天理教の立て直しをやるとすれば、先ず第一に「真柱」、「大教会長」、「本部員」などの「世襲」及び「姻戚関係からの取り立て」をキッパリと廃止することが先決でしょうね。


 

Re: 一文字さんへ

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2018年 1月 5日(金)21時06分15秒
返信・引用
  退職信者さん
ご丁寧に詳しくお話くださり、ありがとうございます。とても興味深いお話です。

>「世界は平らに成るんだ。人の身分も地形も平らに成るだ。ろくじに均されるんだよ」と須藤さんが話ていたのです。

 昭和から平成に変わり、「平らに成る」時代であったのに、教内は平らに成るどころか何も変わらずに教祖の
百三十年祭も終わり、相変わらずピラミッド型の特権階級組織は変わっていないようです。あと半年もたたない
うちに「平成」も終わろうとしていますが、「平成」でいる間に大掃除は始まっちゃうのでしょうか?

 それは大津波?大地震?或いは核戦争?昔あった映画のような日本沈没?昨今の世界情勢、国内の自然災害などを
見ていると、もう何が起こっても不思議な感じがしないくらいですが、いざ起こってしまったら本当に世の中はどうなる
のかと思います。

>例の名字は島村だが中身は山澤の高知大教会ですね。


さらに言えば、今の中身は山澤ではなく永尾ではないですか。山澤の方はその弟さんの方ではないですか。

>数日前、天理の知り合いから「月よりの神言」の復刻版が昨年末に印刷完了したらしいとのメールがありました。
>それによると 1月26日に配布するらしいとの事でした。場所や時間、値段などはまだわからない。
>わかったら知らせるとの事でした。


 復刻版が出るのですね。信じる信じないは別として多くの人がきっと読むのでしょうね。私もまた詳しく読んでみます。
ありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2018年 1月 5日(金)19時24分21秒
返信・引用
  誤字です。お詫びして訂正させていただきます。

3行目  <仮眠の微笑>のP.158 → <神の微笑>のP,158
 

(無題)

 投稿者:通りすがりの人  投稿日:2018年 1月 5日(金)17時44分7秒
返信・引用
  >現在の天理教本部は、中山家とその姻戚関係にあるものたちだけが「陽気暮らし」を出来るようなシステムに固めてしまって、カトリックにおける「コンクラーベ」のように、立派な聖職者を民主的な方法で選出することを否定した結果が、現在の教勢の衰退に繋がっているのだろうと思います。

天理教はそもそも出家制度がありませんし、カトリックを見習って本山にいるトップの人はコンクラーベで選びましょうということには絶対にならないと思います。
中山家と周囲にいる天理貴族だけがいい思い「陽気暮らし」ができるシステムを作ってしまったのですから。こんなおいしいシステムを中山家と貴族たちが手放すはずがありません。出家しないので世襲が発生し、自分の子供には自分と同じようなおいしい生活をさせたいと考えるのは当然のことです。中山みき開祖が最初の時点で「聖職者の立場にあるものは出家」という戒律をうち立てていれば、カトリック並みに健全な組織になっていたことでしょう。
聖職者の出家制度はやはり世襲を発生させないためにも必要不可欠なものなのです。
 

真柱や大教会の会長が世襲?

 投稿者:古い教会長  投稿日:2018年 1月 5日(金)17時16分13秒
返信・引用
  棄教希望者様

>以前、「天理時報」に「天理教についての疑問・質問をお受けします」というコーナーがあって、インターネットで質問を受け付けるようになったことがありました。
その時、私が「天理教では、真柱や大教会の会長が世襲になっているのはどうしてでしょうか?」と質問を書いて送りましたが、それに対する返答は全く無くて、その後、そのインターネットのサイトも抹消されたようです。

大分以前、青年会関係の雑誌に同じような質問と回答が書かれていました。その回答は確か・・・

<回答>
天理教の教会は決して世襲ではありません。現実に多くの教会長は実子以外が継承していますし、女性の会長も多くいます。

というニュアンスの回答をしていました。 どう思われますか?
 

一文字さんへ

 投稿者:退職信者  投稿日:2018年 1月 5日(金)11時04分56秒
返信・引用
  も少し書かせていただきます。

55年の3月、須藤さんから初めて話を聞いた時はその内容が余りにも酷く全く信じられませんでした。その頃の私は、天理教どっぷりでしたから本部員達は座敷乞食だと聞いた時は、なんて酷い人だと腹が立ってきたのを覚えていますその後、須藤さんの事はすっかり忘れてしまいました。

58年の5月 ある事が切っ掛けで も一度話を聞いてみようと思い、8月に須藤さんの下を訪れました。その時に聞いた話は、以前にも投稿した記憶があります。

それは、陛下に関する事です。その時の話は次の様な事です。

あんた、たてま棟梁は誰だか知ってるかい。あれはね皇太子だよ。
皇太子はね 先いったら自分から位を降りると言う時が来るからね。
それが切っ掛けで世界の王侯貴族達が位を捨てるようになるんだ。
皇太子は、世界が上もない下もない平らな世の中に成る切っ掛けを作る人だ。

昭和64年1月7日 テレビの画面に「平成」の文字が書かれた紙を持つ小渕官房長官を見た時、全身が総毛立ったような気がしました。
「平らに成る切っ掛けを作る人」を思い出したのです。「平らに成る」です。
「世界は平らに成るんだ。人の身分も地形も平らに成るだ。ろくじに均されるんだよ」と須藤さんが話ていたのです。

そして、一昨年の7月、テレビで陛下に譲位の意思があると報道されたのです。33年も前にきいていた話が遂に出て来たのです。本当に驚きました。

59年の頃だと思います。須藤さんが次の様な事を話していました。

私が、天理にきて間も無いころだと思う。教祖殿に行ったら目の前に紋付羽織袴の人がいてね そしたら神さんがあの男何処の大教会長か聞いてこいと言うから 失礼ですが何処の大教会長さんですかと聞いたら堺大教会だと言うんだ その場を下がったら神さんがあの男は掃除のときさらしてしまうと言ったんだよ。

翌60年の秋の大祭から戻って来た会長が、8月の例の日航ジャンボ機に堺大教会の息子さんが乗っていたらしいと話してくれました。それを聞いた時「えー父親より先に息子さんが・・・」

須藤さんの話を半信半疑と思う事は普通だ思います。わたしもそうでした。
いつも時期が明らかにされていません。「みえてきたればみなとくしんせ」なのです。
平成9年に亡くなられたのですが、その後も聞いた事が事実として次々と現れてくるのです。
まだ見えていない出来事は、中ロの紛争です。いつ始まるかはわかりませんが、季節は秋だと話してくれました。いつの秋か全くわかりません。5年先か10年先か 50年先かわかりません。見えて来た時 得心するばかりです。

須藤さんは、「おさづけだけは貰っておけと神さんは言っている」と言いながら、束になった別席運び中の人の席札を見せてくれたのを覚えています。
須藤さんが高知にいた時、隣に天理教の分教会があったそうです。その教会を通して高知大教会から運んでいると話してくれました。だから高知大教会系統には須藤さんから話を聞いている人は沢山いるはずです。須藤さんは、当時の高知の詰所主任の先生とも ごく親しくしていたと思います。
例の名字は島村だが中身は山澤の高知大教会ですね。

数日前、天理の知り合いから「月よりの神言」の復刻版が昨年末に印刷完了したらしいとのメールがありました。それによると 1月26日に配布するらしいとの事でした。場所や時間、値段などはまだわからない。わかったら知らせるとの事でした。

「月よりの神言」は、本当に信じられない内容です。
でもこれは山澤為造や為信、ヒサノ達 山澤兄弟が、長い間待ちに待った神からの言葉なのです。

おや様の周りの大和の土民どもが、親神のいう事に逆らって信者達を騙し続け莫大な金を懐にため込み贅沢三昧な生活を送り、鏡やしき・じばを強欲と高慢が渦巻く真っ暗闇な場所にしてしまった。だから「月よりの神言」が出て来てしまったのでしょう。

17号57 このみちハどふゆう事にをもうかな 月日ざんねんいちじょの事
  58 このざねんなにの事やとをもうかな かんろ大が一のざんねん
  59 このざねん一寸の事でハないほどに どんなかやしを月日するやら

  60 どのような事が有ってもわしを恨むなよ みな自分達で勝手な事をしておいたんだろう
 

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