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障碍者について

 投稿者:国々所々つとめ場所役員  投稿日:2017年 9月20日(水)20時14分53秒
返信・引用
  多くの方のお叱りや非難、反対意見を覚悟で書かせて頂きます。

近年マスコミやネットなどに取り上げられる『障碍者への対応』についてですが、多くの方は間違っているように思えます。
障碍者をどのように呼ぶかなんて事はどうでもいい事です。
また、補助金や助成金、バリアフリー化への対応などもおかしな点が多すぎます。

中山みき様の教えを紐解くならば「一列兄弟世界ろくぢ、互い立合い助け合い」です。
障碍者だからといって差別されるべき存在ではないのは当然ですが、特別待遇をするのもおかしな社会をうみます。
障碍者にその意志があるのなら、何らかの労働や仕事に参加して貰うようにするのが当然で、その仕事内容や出来具合に関して「生産性の有無に関わらず」世間一般の労働者同様の賃金が支払われるべきでしょう。助成金として支払われるのはその一点位の話で、その他にばらまかれる様なお金の出し方には疑問があります。
障碍者が通勤、外出するのに必要なバリアフリー化についても、健常者を無視して優先的に整備したりお金を掛けたりするのは、平等の精神に反します。健常者からの不満の声もあるかもしれませんし、声には出せなくとも少しづつ「嫌な気持ち」が蓄積されないとも限りません。結果として、それが歪んだ社会を生み出さないとも限らないのです。

この点について一つの例を出すなら、つい最近、乙武洋匡氏の「不倫騒動」と「障碍者を利用した横暴ぶり」がネットを中心に話題になりました。
それまで抑えられていた健常者の感情や気持ちが、5人の女性との不倫事実が公表された途端に噴出し、過去の言動まで記事にされ、非難が集中したことは多くの方がご存知のことと思います。

私個人としては「つんぼ」「めくら」「きちがい」と言った方が親しみを持てるように思っています。「〇〇障碍者」などと括ると、何か違う生き物か特殊な人種のようにも感じるのです。

一列兄弟が助け合うなら、その能力や出来ることに差があるのは当然です。その差を認めて、その後の待遇をできるだけ同じにしてあげるのが「平等精神」ではないでしょうか?
生産性とか出来高払いという、競争と争いの基準で考えるから、余計に差が生じたり差別的な問題が解決できない、言葉一つを取り上げて差別のなんのと騒ぐだけの状態になっているような気がしてなりません。

昨今、ネットで話題になる「障碍者」や「戦争被害者」「ヘイトスピーチ問題」等は、どれも同根の問題というか、既に「ビジネス化された圧力団体」となっており、余計に差別や問題を混乱させて、解決を遅らせているような気がします。

 
 

言葉と時代

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月20日(水)18時08分36秒
返信・引用
  崩壊さん

 ご回答くださる時に「>」を使った引用符などは、できましたら必要な部分だけにするとか、面倒ですが少し編集する
などしていただけましたら読む方にとってありがたいです。スレッドが長くなってしまうので、読みづらくもなりますので、
あしからずご理解いただければと存じます。

>私が四十年程前に、別席の話を9回聞いて、大変違和感を感じたことは数々あるのですが、

 40年ほど前に別席を聞かれたという事は同年代の方かと想像しております。私は自分から志願して話を聞いていた
わけでもなく、仕方なしに行ってたような感じでしたので、まったくお話しの内容も覚えておらずというような感じで
お恥ずかしい限りですが。

>その一つとして、その当時の別席の話の中で、「○×」、「○×○」、「○×○」、という言葉を聞いた記憶があります。

 どの先生がお話しされたのかわかりませんが、「○んば」や「○し」「○くら」は出ていたかもしれませんが、
「○ほう」「きち○い」というのはなかったのではないでしょうか。おふでさきの中に出て来る言葉では

1号31  これまでのざんねんなるハなにの事 あしのちんばが一のさんねん
1号37  このあくじすきやかのけた事ならバ あしのちんばもすきやかとなる
4号91  このつとめせかいぢううのたすけみち をしでもものをゆハす事なり


 上記のお歌が出て来るくらいで、仮に別席のお話でひどい言葉を使っている先生がいたのでしたら、問題ですね。
足の身上に関しては長男秀司さんのことを話しているものですし、4号のお歌にしても話すことができない身上の者
でも話せるように助けるということだと理解しています。

 年代的に近いお方と想像しておりますが、子供の頃は差別用語という感じで使われてたというより、むしろ足が悪い
とか目が悪いといった一つの名詞として使われていたと思います。小学校、中学校くらいで道徳や人権問題などの教育の
中で、こういった言葉は使わないようにとなってきたように思いますがいかがでしょう。

 しかしながら昔の映画や文芸作品なども現実にはあるので差別を助長する意図はなく、作品のオリジナリティを尊重する
という旨で修正されないケースもある
ようです。私は上記のように「おふでさき」に出ていてもおかしいとは思いませんし、
和歌調で書かれたおふでさきを修正するなどもナンセンスかと思います。言葉は時代に影響を受けるものだと思います。
以前、若い警察官が沖縄で「土人」発言をして問題になっていましたが、激昂していたとは言え、言葉には注意しなければ
ならないものだと感じました。

>障がいをお持ちの方やその家族の方々に、つまらない「天理教の因縁話」をすれば、傷口に塩をすり込むのと同じで、
>余計にその方々の心を傷つけるだけだと思います。


 同意いたします。非常にデリケートな部分だとも思いますし、相手の方の気持ちを考えたら怖くて因縁の話など
できません。だからこそ、教祖の教えは本物なのか?間違いのないものなのかと確かめ、検証する必要があると思うのです。
仮に人間の勝手な解釈が混ざっていたり、違う解釈がされていて天理教の信仰者に伝わっていたとしたら大問題です。
私がしつこく教理のことも、この掲示板に書き込む理由の一つがこれなんです。


>たとえ「障がい」をお持ちでも、人として個々の人生を立派に生きておられます。また、「障がい」を持たない
>方々よりもはるかに優れた能力や才能をお持ちの方々も数多くおられます。
>障がいの有無にかかわらず、本来、「人は人として尊ばれるべき存在」であると考えます。


 まったくその通りかと思います。むしろ障碍を持ちながらも特殊な技能を利かして社会に役立とうとしていたり、
家族のきずなの要になっていたりというケースもありますし、同意いたします。ご意見をご投稿くださりありがとう
ございました。

「おかの」考について、まだ調査中です。もうすぐ投稿させていただきます。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

障がいをお持ちの方々について思うこと

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 9月19日(火)19時41分7秒
返信・引用
  > 崩壊さん
>
> >私が「水飲み百姓」という表現を使ったのは、決して農業を営む人々に対する差別的意味合いを込めて使った訳では
> >ありません。

>
>  私の方こそ、いきなり失礼いたしました。もちろん差別的な思いをこめて書かれたなどとは、全く思っておりませんし、
> そのような意図がないことも重々承知しております。ただ、あの時、私が別件で投稿した後、他の人のご意見なども既に
> 書かれていたりして、読んだ人から反応があったように、私もちょっと言葉がきつく感じたものですから、言葉は難しい
> ものだと思って少し書かせていただきました。
>  柔らかい言葉だけで思いを書くことなんてできませんし、私もどちらかと言うと気が短い方なので怒りに任せて
> 書きなぐってしまうことあるので後で自戒しております。何か例の女性国会議員みたいになってしまいますが。
>
>  話題を変えまして、障害の話ですが、今では差別用語とされている言葉も多く、それらが教外者に批判されたことが
> あったようにも思います。時代的な背景もあるとは思うのですが、それはさておいて、障害に関することの教えは
> いったいどうすればいいのだろうと思うことがあります。 特に生まれつきで重度の障害を持った人やその関係する
> 人々に対して。



>
>  なぜならおたすけに行けば、どう話すべきなのか、先人や偉い先生が書いた因縁悟しの本とか参考にお話しするとか、
> いろいろあるとは思うのですが、現実に目の前に障害を持った子供と親の前で因縁とか話ができるのでしょうか。
> それほど自信を持って話せるのでしょうか。私にはできません。おたすけ名人?などといわれている方々もいらっしゃる
> ようですが、仮にそのような場面があっても私は黙って相手の話を聞くことぐらいしかできません。
>
> ちょっとお読みの方からご意見をお聞かせいただければと存じます。



 私が四十年程前に、別席の話を9回聞いて、大変違和感を感じたことは数々あるのですが、その一つとして、その当時の別席の話の中で、「いざり」、「ちんば」、「めくら」、「おし」、「あほう」、「きちがい」という言葉を聞いた記憶があります。今でも、そうした言葉が使われているのかどうか私は存じませんが、「障がい」をもつ方々を蔑視し差別する言葉に間違いなく、「世界一列は皆兄弟」と説く天理教の教えと全く乖離しているのではないかと思いました。
 私は、かねてから、天理教で使われている因縁(本来は全く趣旨の違う仏教用語)という言葉が大嫌いです。障がいをお持ちの方やその家族の方々に、つまらない「天理教の因縁話」をすれば、傷口に塩をすり込むのと同じで、余計にその方々の心を傷つけるだけだと思います。たとえ「障がい」をお持ちでも、人として個々の人生を立派に生きておられます。また、「障がい」を持たない方々よりもはるかに優れた能力や才能をお持ちの方々も数多くおられます。
 障がいの有無にかかわらず、本来、「人は人として尊ばれるべき存在」であると考えます。
 

Re: 言葉は難しいです。

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月18日(月)21時48分9秒
返信・引用
  崩壊さん

>私が「水飲み百姓」という表現を使ったのは、決して農業を営む人々に対する差別的意味合いを込めて使った訳では
>ありません。


 私の方こそ、いきなり失礼いたしました。もちろん差別的な思いをこめて書かれたなどとは、全く思っておりませんし、
そのような意図がないことも重々承知しております。ただ、あの時、私が別件で投稿した後、他の人のご意見なども既に
書かれていたりして、読んだ人から反応があったように、私もちょっと言葉がきつく感じたものですから、言葉は難しい
ものだと思って少し書かせていただきました。
 柔らかい言葉だけで思いを書くことなんてできませんし、私もどちらかと言うと気が短い方なので怒りに任せて
書きなぐってしまうことあるので後で自戒しております。何か例の女性国会議員みたいになってしまいますが。

 話題を変えまして、障害の話ですが、今では差別用語とされている言葉も多く、それらが教外者に批判されたことが
あったようにも思います。時代的な背景もあるとは思うのですが、それはさておいて、障害に関することの教えは
いったいどうすればいいのだろうと思うことがあります。 特に生まれつきで重度の障害を持った人やその関係する
人々に対して。

 なぜならおたすけに行けば、どう話すべきなのか、先人や偉い先生が書いた因縁悟しの本とか参考にお話しするとか、
いろいろあるとは思うのですが、現実に目の前に障害を持った子供と親の前で因縁とか話ができるのでしょうか。
それほど自信を持って話せるのでしょうか。私にはできません。おたすけ名人?などといわれている方々もいらっしゃる
ようですが、仮にそのような場面があっても私は黙って相手の話を聞くことぐらいしかできません。

ちょっとお読みの方からご意見をお聞かせいただければと存じます。
 

Re: 言葉は難しいです。

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 9月18日(月)17時40分16秒
返信・引用
  > 匿名さん
> >知的障害を持たれた住み込み人という言葉は好きになれません。
> >その方が「ありがたい、働かせていただいて嬉しい。」と感じておられれば、そこに幸福はあると思います。

>
>  実は昨日、投稿する時に文の最後の方の鼓雪さんの部分が障害に関係のあるところで気になっていました。
> 一夜明けて「崩壊さん」の文面を読んだ時に、その人に直接、話をしたのか、苦しんでいるといった話を聞いたのか、
> ちょっと気になっておりました。「障害」に関しては自分の経験、また教義の面でもいろいろ思うところもあり、
> いずれまとめてから投稿させていただくつもりでしたが、とても言葉にするのが難しいものだと感じています。
>
> 崩壊さん
>
> >かねがね、私は現在の「天理教教会本部」こそ、教祖の教えから完全に逸脱した「天理教の異端」であると考えて
> >います。それゆえに、多くの信者さん達や末端分教会が悩み苦しんでいるのです。この掲示板が生まれた背景には、
> >そういう理由があると思います。

>
> この掲示板の当初から投稿を読み、自分も投稿して来て、いろいろ勉強させてもらったと思っています。おっしゃる通り、
> この掲示板だけでなく、他のSNSも同じだと思います。
>
> >今の天理教教会組織は時代錯誤も甚だしい封建制度そのものだと思います。一般信者や末端教会は、江戸時代の
> >「水飲み百姓」のように搾取対象ではありません。

>
>  お気持ちは伝わってくるのですが、言葉にちょっと問題あるように感じています。水呑百姓というのは、貧しくて水しか
> 呑めないような百姓を指す言葉で、主に江戸時代の年貢の賦課基準となる石高を持たず、田地を持てない農民を指し、
> 明治政府が1872年に「水呑」の呼称の禁止と、身分からの解放等を規定した法令を出しているようです。もっとも
> 時代は変わっていますが。
>  例えるにしてもちょっと注意が必要だと感じました。すみません。えらそうなことを言える立場ではないのですが、
> ちょっと気になったものですから。 サラッと流していただければありがたいです。
>
> >皆、それぞれに一生懸命、汗水を流して働き生きているのです。働いて得た収入の中から出来る範囲で、なけなしの
> >金品をお供えしているのです。

>
>  お気持ちは伝わってくるのですが、果たして現実はそうなのだろうかという懸念もあります。私は「皆」ではないと
> 思いますし、充分な与えがある人でも嫌々出していることもあるのではないかと思っています。
> 「お供え」に関する私の考えは既に何度もここに書いているので書きませんが、神が受け取らないお供え(金でも物でも)は
> するべきではないと考えています。現実に脅迫に近いような形で要求されているなら大問題ですが、そうではないケースも
> あるのではないかとも思います。問題にしなければならないのは前者のケースだと思っています。
>
> ブルゾン理恵子 さん
> >もはや現行教団本部こそが異端なのです。
> >いい加減末端教会や信者も目覚めるべきだと思います。

>
> 史実から考えて「天理教」の呼称は教祖が現身を隠され一派独立をしてからのことで、明治政府の弾圧も関係し、できたもの
> かとも思っております。そう考えると「天輪教」「天倫教」或いはひらがなのみで「てんりきょう」「てんりんきょう」が
> 本来にふさわしいのかとも思えてきます。結局、教団として呼称もなければならないわけですが、私自身はそんなことより
> 大事なのは個々人が本当の教えを求め、人の見てないところで実践できているかの方が大事な気がしています
> そうは言っても現実の社会では行政との折り合いなど簡単ではない部分もあるとは思いますが。
>
> ichimonji8810@excite.co.jp




> 崩壊さん
>
> >かねがね、私は現在の「天理教教会本部」こそ、教祖の教えから完全に逸脱した「天理教の異端」であると考えて
> >います。それゆえに、多くの信者さん達や末端分教会が悩み苦しんでいるのです。この掲示板が生まれた背景には、
> >そういう理由があると思います。

>
> この掲示板の当初から投稿を読み、自分も投稿して来て、いろいろ勉強させてもらったと思っています。おっしゃる通り、
> この掲示板だけでなく、他のSNSも同じだと思います。
>
> >今の天理教教会組織は時代錯誤も甚だしい封建制度そのものだと思います。一般信者や末端教会は、江戸時代の
> >「水飲み百姓」のように搾取対象ではありません。

>
>  お気持ちは伝わってくるのですが、言葉にちょっと問題あるように感じています。水呑百姓というのは、貧しくて水しか
> 呑めないような百姓を指す言葉で、主に江戸時代の年貢の賦課基準となる石高を持たず、田地を持てない農民を指し、
> 明治政府が1872年に「水呑」の呼称の禁止と、身分からの解放等を規定した法令を出しているようです。もっとも
> 時代は変わっていますが。
>  例えるにしてもちょっと注意が必要だと感じました。すみません。えらそうなことを言える立場ではないのですが、
> ちょっと気になったものですから。 サラッと流していただければありがたいです。


 ご指摘のとおり、言葉というものは難しいと思います。日本にかぎらず、アメリカ合衆国においても、かつては、アメリカ先住民は「インディアン」と呼ばれていました。また、黒人は「nigro」  あるいはもっと差別的な意味合いをこめて「nigger」とも呼ばれていました。「人種のルツボ」とも云われるアメリカ合衆国では、今でも厳然とした人種差別が存在し、白人と黒人の間で根深い対立があり、対立の結果として凄惨な事件も過去から現在に至るまで繰り返されてきているのはご周知のとおりだと思います。現在では、PC(Politically  Correct)用語として黒人はAfrican American(アフリカ系アメリカ人)とマスコミ等の用語として使用するようになっています。またアメリカ先住民はインディアンではなく、Native American(先住アメリカ人)という言葉を使用するようになっていますが、現実問題として、白色系アメリカ人が有色系アメリカ人を差別する事実は厳然として存在しています。アメリカに限らず、白人が多数(Majority)を占めるヨーロッパ諸国においても有色人種がなにがしかの差別を受けていることは、海外に渡航滞在された方であれば、身をもって経験されていると思います。人類学的に言えば、総称して日本人と呼ばれている日本国民も、新生児のお尻にある「蒙古斑」が示すように大多数は蒙古系であり、純粋な日本人はアイヌ系民族であると言われています。
 前置きは長くなりましたが、私が先の投稿で記述した「水飲み百姓」という言葉について私の意見を述べさせていただきます。ご存知のように江戸時代においては、士・農・工・商・穢多・非人という大別して六つの身分制度があり(余談ですが天理教の教会組織と酷似しているようにも思います)、農業を生業としていた百姓は、武士から二番目の階級に属していました。江戸幕府が農民を武士の次にくる高い身分に位置づけたのは、読者の皆様も学校の歴史の授業で学習された通りです。江戸時代の経済は米の生産によって成り立っていました。「加賀百万石」という言葉が示すように、各藩の財政は米の収穫量(石高)により成り立っていました。幕府の財政も然りです。したがって、幕府にとって農民は米を生産してくれる大変貴重な存在であり、幕藩体制を維持存続させていくために必要不可欠であったのです。「百姓は生かさず殺さず」、「百姓と〇〇は搾り取れるだけ搾れ」という諺(?)が今も残っています。幕藩体制を維持存続させるための格好の搾取対象であったということです。私が「水飲み百姓」という表現を使ったのは、決して農業を営む人々に対する差別的意味合いを込めて使った訳ではありません。そうした歴史的意味合いを背景として使いました。私の家も先祖からの百姓です。私自身も現に野菜や米を作っています。人が生きていく為に必要な食糧を生産することは、農業だけに限らず漁業等も含め、大変尊い仕事であると私は考えます。
 大変疲れておりますので、中途半端な投稿になりましたが、ひとまず、筆(キーボード)を置かせていただきます。悪しからずご了承ください。
 

Re: おかのについて

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月17日(日)21時14分15秒
返信・引用
  国々所々つとめ場所役員さんへ

いろいろとご意見、ありがとうございます。勉強になります。ちょっと気になって芹沢氏の 「教祖様」の第一章を読んで
おりました。「かの」の話はあったっけ?と気になったものですから。けっこう「かの」の話はページを割いて書いてあり
ました。
まあ、それはともかく、捏造であれば、誰が何のためにそんな話をする必要があったのか?

教祖を並みの人間ではなく超人として描きたかったから?或いはこれほど慈悲深い人だったと言いたかったから?
逆に真実であったのなら、話が美化しすぎている部分もあるのじゃないか?

 私の正直な気持ちは、真実を知りたいだけなんです。だまされるのは嫌だということに尽きます。ですから
自分で納得のいくように調べますし、掲示板にも書いてご意見を伺ったりしています。

黒疱瘡の話も然りですが、足立照之丞は72歳まで生きていて、実際に様子を知っていた人の話が多く残っている
ようなので、信じられるかなと思っています。

貴重なご意見をありがとうございました。ちょっと「かの」の件はいくつかまた調べなおしてみます。
また、まとまってから書かせていただきますね。

> 事実として、秀司が主導した天輪王講社で日暮有貞を招き説法をさせていた頃に書かれた「おふでさき」には、
>大変な立腹と厳しい内容が多い事からしても明らかではないかと思います。


それと前回もご投稿でもちょっと気になっていたのですが、秀司さんの地福寺へ願い出て始めたのは「天輪王講社」では
なく「転輪王講社」です。以前、神名や講社名についていろいろ調べていた時に「天」が付く名前とそうじゃないものを
調べたりしていたので気になりました。

 そもそも教団の名前からして「天理教」でいいのかと思えてきます。「天理教」という名前の集団が既に「教祖の教えを
守る教団」ではなく異端であるような気もしているからです。そう考えると複雑な気持ちになります。いったい今まで
どれだけ多くの人がかかわってきたのか。教祖が存命でいるのなら、どんな気持ちなんだろうかと考えてしまいます。

やはり、もっと調べて真実を知らなければいけないと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
 

障がい者差別を助長する天理教

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 9月17日(日)16時38分8秒
返信・引用
   昨日のTV番組で、ディスレクシア(識字障害、読字障害)という障害を抱えた子供さんを持つ、ベルギー在住の、日本人の母親の日々の頑張りの様子を見た。(旦那さんはベルギー人)

https://h-navi.jp/column/article/279

https://www.bing.com/images/search?q=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2&qpvt=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2

 子供さんが、小さい頃から本を読もうとせず、母親が何度叱っても、泣いて嫌がったとのことで、病院へ連れて行ったところ、ディスレクシアという病名、そして今の医学では治す方法は無いと告げられる。子供を酷く叱りつけた後悔は、今も母親の心に深い後悔と共に残っているとのこと。しかし、子供さんは母親思いの優しい子供さんに育っている。
 今、母子は、ディスレクシア障がい者の学習指導をしてくれる専門機関へ一緒に通いながら、専門の指導員の学習指導を受け、将来のために、頑張っている。読み書きが困難なだけで、知的能力には秀でた人が多いとのこと。
 同じ障害を持つ有名人も多いらしい。アインシュタインもその一人。アメリカでは10人に1人がディスレクシアという障がいを持つとのこと。意外に多いのに驚く。欧米では自らの病気や障がいをカミングアウトする人が多いのは、周囲の理解度が進んでいることにも拠るのだろう。日本で、自らの障害をカミングアウトする人はあまり居ないように思う。
 ベルギーでは、ディスレクシアという病名は広く知られていて、補助機関も学習の指導をする先生も、きちんと整備されているということ。一方、日本では、その障がい自体、知っている人は殆どいないし、障害者を補助、指導する環境は整っていない状況だと思う。
 授業に付いて行けず、登校拒否になったりするのも、周囲や親も全く知識のない、その障がいが原因だったりすることもあるという。就職が上手くいかない人達もいるようだ。知能には何の問題も無いのに、である。
 欧米などでは、障がい者全般への理解が進んでいるのに比べ、、日本は、障がい者に対する理解も、たすけようとする姿勢も薄いように思われる。TV番組が契機となって、日本でも、その障がいを持つ方達が、一人で苦しむことがないよう、人々の認識や理解が進むことを願って止まない。

 そして、天理教団であるが、増野氏の論説は、教祖直々の意見では無いとのことだが、何と、障がい者差別の偏見に満ち満ちていることだろう。一文字さんが仰るように、今は、そのような意見はあまり聞かれないようになった、というのは、世間的な風潮からも控えざるを得なくなったのもあるのだろう。因縁が悪いと他者を見下す姿は、思い上がり、高慢そのものではないのだろうか。天理教こそ、障がい者を含めた一列兄弟の姿勢を、世間にお手本を示すべく、リーダーシップを取って、障がい者をたすける環境を整えていくべきだと思うのに、だ。
 それを、障害者は因縁が悪いから、徳を積まさねばならないと、お供え金として金を搾取したり、ひのきしんに追い使ったりする考えが、まかり通っているなら、天理教団はこれからも世間に受け入れられることはないだろう。 教祖の仰ったイタチだの、牛馬だの、それらのことが、真実かどうかは、私どものような教理に暗い者には分からない。しかし、もしも真実だとしたって、今の現代に、そのようなことを、真剣に受け取るよりも、本人が自立、生活できるように、補助する方法を考える方が、互いに幸せになるのではないか?

 スピリチュアルや精神世界で言われているのは、人間たちは、あの世で、自分の人生設計を立てて、この世にやって来るそうだ。いろんな経験をし、愛を学ぶ為に。障害者としての人生を生きる、と計画してこの世に生まれ来る意欲的な魂もいるそうだ。
今は、そのような考えが、世に拡がっている。それに比べ、天理教の狭量さは、情けないとしか言えない。天理教は、互い立て合い、助け合い、というが、現実は、他者を貶め、非難し、見下げる世界だ。
 東風Zさんの仰る通り、思い上がった宗教である。
 

おかのについて

 投稿者:国々所々つとめ場所役員  投稿日:2017年 9月17日(日)12時03分25秒
返信・引用
  一文字 さんへ

私も記憶があやふやだったので、改めて「中山みき研究ノート」を読み返してみました。
以下、引用させていただきます。

「中山みき研究ノートP48より」

 二代真柱が昭和25年5月31日に、教祖伝編纂について本部員達に話されたのを、橋本正治本部因果記録しています。それによると「かのの話は芝居の台本を書く人が勝手に書いて、その話が残ってしまったものである。こんな事は何も伝わっていない」と話されています。
「かの」というのは、秀司の娘の名です。これは音次郎の姉で、秀司とおちえとの間に安政年間に生まれた子です(注:松谷武一『先人の面影』77頁、青年会本部、1981年刊)、かのという女中がもしもこの時代にいて教祖を毒殺しようとしたのなら、秀司は自分の母親を毒殺しようとした女中の名前を、可愛いわが子に付けた、という事になってしまいます。そんな事は考えられません。
 これについて戦後、資料編成部の主任であった山澤為次氏は、かのという話がいくつも残っているけれども、どれも確かな証拠は無い。まして、教祖が家の前を通った白い牛を見て、あれはかのの生まれ変わりだなどといった話は、誰かが作って言いふらしたものと思うと、きちんと本部の記録に載せています(注:『復元』三号、42頁)

これはいわゆる「八島教学」ではなく、本部の「復元」に記載されている事の引用で書かれた事ですから、言うなれば「かのの話」をする事も、そこから「牛馬に生まれ変わる」等という輪廻転生の話をする事も『異端行為』となるでしょう。

ご指摘の「おふでさき」に出てくる牛馬2首については、これだけでは「生まれ変わり」を示唆しているとは考えられませんので、私自身もう少し調べてみます。

また、教祖が「五重相伝」を受けたのは事実でしょうが、教祖の教えには仏教的な神仏に祈祷するとか救って貰うという内容はありません。善行やたすけを励行してはいますが、その目的は皆が陽気にくらす事の出来る世界の建設であり、個人一人の魂の救済や極楽浄土への憧れといった内容は微塵も含まれていません。
当時は、今のような学校制度も無く、お寺が教育の場として中心的存在だった事を考えれば、教祖も仏教用語や言葉などは多大な影響を受けたと考えるべきでしょうが、その意味合いや使い方、根底に流れる思想等は『別のモノ』と考えざるを得ません。
事実として、秀司が主導した天輪王講社で日暮有貞を招き説法をさせていた頃に書かれた「おふでさき」には、大変な立腹と厳しい内容が多い事からしても明らかではないかと思います。

 

言葉は難しいです。

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月16日(土)17時45分10秒
返信・引用
  匿名さん
>知的障害を持たれた住み込み人という言葉は好きになれません。
>その方が「ありがたい、働かせていただいて嬉しい。」と感じておられれば、そこに幸福はあると思います。


 実は昨日、投稿する時に文の最後の方の鼓雪さんの部分が障害に関係のあるところで気になっていました。
一夜明けて「崩壊さん」の文面を読んだ時に、その人に直接、話をしたのか、苦しんでいるといった話を聞いたのか、
ちょっと気になっておりました。「障害」に関しては自分の経験、また教義の面でもいろいろ思うところもあり、
いずれまとめてから投稿させていただくつもりでしたが、とても言葉にするのが難しいものだと感じています。

崩壊さん

>かねがね、私は現在の「天理教教会本部」こそ、教祖の教えから完全に逸脱した「天理教の異端」であると考えて
>います。それゆえに、多くの信者さん達や末端分教会が悩み苦しんでいるのです。この掲示板が生まれた背景には、
>そういう理由があると思います。


この掲示板の当初から投稿を読み、自分も投稿して来て、いろいろ勉強させてもらったと思っています。おっしゃる通り、
この掲示板だけでなく、他のSNSも同じだと思います。

>今の天理教教会組織は時代錯誤も甚だしい封建制度そのものだと思います。一般信者や末端教会は、江戸時代の
>「水飲み百姓」のように搾取対象ではありません。


 お気持ちは伝わってくるのですが、言葉にちょっと問題あるように感じています。水呑百姓というのは、貧しくて水しか
呑めないような百姓を指す言葉で、主に江戸時代の年貢の賦課基準となる石高を持たず、田地を持てない農民を指し、
明治政府が1872年に「水呑」の呼称の禁止と、身分からの解放等を規定した法令を出しているようです。もっとも
時代は変わっていますが。
 例えるにしてもちょっと注意が必要だと感じました。すみません。えらそうなことを言える立場ではないのですが、
ちょっと気になったものですから。 サラッと流していただければありがたいです。

>皆、それぞれに一生懸命、汗水を流して働き生きているのです。働いて得た収入の中から出来る範囲で、なけなしの
>金品をお供えしているのです。


 お気持ちは伝わってくるのですが、果たして現実はそうなのだろうかという懸念もあります。私は「皆」ではないと
思いますし、充分な与えがある人でも嫌々出していることもあるのではないかと思っています。
「お供え」に関する私の考えは既に何度もここに書いているので書きませんが、神が受け取らないお供え(金でも物でも)は
するべきではないと考えています。現実に脅迫に近いような形で要求されているなら大問題ですが、そうではないケースも
あるのではないかとも思います。問題にしなければならないのは前者のケースだと思っています。

ブルゾン理恵子 さん
>もはや現行教団本部こそが異端なのです。
>いい加減末端教会や信者も目覚めるべきだと思います。


史実から考えて「天理教」の呼称は教祖が現身を隠され一派独立をしてからのことで、明治政府の弾圧も関係し、できたもの
かとも思っております。そう考えると「天輪教」「天倫教」或いはひらがなのみで「てんりきょう」「てんりんきょう」が
本来にふさわしいのかとも思えてきます。結局、教団として呼称もなければならないわけですが、私自身はそんなことより
大事なのは個々人が本当の教えを求め、人の見てないところで実践できているかの方が大事な気がしています
そうは言っても現実の社会では行政との折り合いなど簡単ではない部分もあるとは思いますが。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

悟りはむずかしい

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月15日(金)22時05分43秒
返信・引用
  国々所々つとめ場所役員さん

 貴重なご意見、ありがとうございます。勉強になります。同じ文を読んでも感じ方や受け取り方が違うこともよく起こると
思いますし、人のことを話す場合でもその人の一面だけを切り取っての印象なので、いい人だと言ったり、悪い人だと言ったり
することがあるのかと思います。ですから、本当に自分とは違う見方や見聞きされたことなどを元にご意見いただくと、
また調べて考え直すきっかけにもなりますので、ありがたいと思っています。

>「おかの」が牛馬の道に落ちたという話は私も昔聞いた覚えはありますが、まず原典である「みかぐらうた」と
>「おふでさき」にはそのような仏教的な輪廻転生と因果応報を示唆するような「おうた」は見当たりません。


年代を調べるとおふでさきを書かれるかなり前の話で中山家に嫁入りしてまだ秀司さんも生まれていない頃の話になります。
おふでさきには5号と8号に牛馬が出てきますが、これを書かれた時、教祖は77、78歳頃です。

「今までは牛馬というてままあれど、あとさきしれたことはあるまい 5号1」
「だんだんと恩が重なりその故は 牛馬と見える道があるから 8号54」


註にはおぢばの近村に住んでいた某女を実例としてお説き下さったものといい伝えられている。某女は邪けんな性質で、
教祖様に数々の御恩を受けながら、お屋敷の前を通っても立寄る事さえしなかった。ということですが、これは明治のこと
ですから「おかの」とは関係ないですね。 ちょっと整理するために年代を書いてみます。

1816年 文化13年 教祖19歳位 善福寺で五重相伝を受けられた頃 おかの事件
         このおかのさんは二本松在住の小百姓傳助の娘と復元29号 P100にあります。
1820年  文政3年  舅 善右衛門が63歳出直し
1838年 天保9年 教祖が神の社となる 立教
  ↓ (この間、約30年近く)
1869年 明治2年 おふでさきを書き始められる 教祖72歳

 「おかの」の話は実際あったのか?創作なのか?おっしゃるような“仏教的な輪廻転生と因果応報を示唆する”ということ
ですが、教祖が月日の社となるずっと前の話で五重相伝を受けられたころなので、私はむしろ仏教的なことも影響してたん
じゃないかとも思えるんですが。復元も含めていくつかの本や資料から考えて、こういう事実があったのは本当のように
思っています。
 ただ口伝えとか、昔の別科などでそれを説いていた先生の話などで多少尾ひれが付いてたりはするのかなあとも想像して
います。

>また中山みき様の教えでは、月日親神は「世界(の人を)余さず助けたい」という神様なのですから、少しくらい悪さを
>したからといって「牛馬の道に落とす」というのも考え難いです。


 そうあってほしいし、そうじゃなきゃ、神経質になりすぎて現代を生きていけなくなるかもしれませんね。ただ本当に
極悪非道なことを繰り返しやったとか、人をだまし陥れるようなことをすれば、やはり畜生道に落ちるのではないかとも
思っています。
 それはともかく、どうしてまつえさんがイタチなんだとびっくりしたので、話題に上げてしまいました。せめて犬や馬
くらいじゃないのか?私の勝手な悟りでしかないのですが、まつえさんはたいしょく天の魂とか切る事などの話から
きつい面もあったということですが、牛馬を越えて、イタチってねえ。あんまりな感じもするし、実際のところはどう
だったのだろうと思ってしまいます。

 まつえさんに関しては写真も残ってなければ、何かしらヒントになるものも少ないようです。松村吉太郎の実母が
まつえさんのお姉さんで生前に残した話などがあるくらいだそうです。現代風に言えば、しっかり者だけどちょっと
きついヨメさんくらいなのでしょうか。

>それなのにどうして「牛馬の道」のような話が伝わっているかを考えた場合、個人的考察ですが、なんといっても
>仏教の素地(輪廻転生と因果応報を信じている)のある多くの人に「分かりやすい」し「勧善懲悪モノはウケがいい」
>からだと考えます。


 なるほど。確かにわかりやすくウケはいいでしょうかね。おふでさきの牛馬の歌をどのように悟るかはやはりこれからも
考えていかなければなさそうですね。他人の解釈ではなく、自分でいろいろ調べてみて納得のいくように。

>また、「政甚さん(本席の息子さん)の話」は嘘ではないでしょうが、『ああ、松枝が帰っているぜ』の一言を
>「松枝が生まれ変わってイタチになった」と解釈するのは早計かと思います。


う~ん、難しいところですね。ちょっとコメントが浮かびません。大平良平が創作したとも思えませんが。

>ましてや秀司亡き後に「天輪王講社」の経営を続けようとした(教祖様の教えを邪魔した)人ですから、厳しく
>後々まで語っても不思議は無いでしょう。


 地福寺に願い出た転輪王講社はまつえさんの出直しですっかりきれいになったわけですが、一つ気になることがあります。
その時の書面がネットにもあったように思うのですが、中山音次郎と山澤為造のサインもあったようなので気になっています。
いろいろ悟りはあると思うのですが、こうやっていろいろ意見をいただくのもいいですね。

 ご意見ありがとうございました。ちょっと回答になってないような部分もありますが、お許しください。また気になる点や
新しい考察があればよろしくお願いします。私もまたいろいろ文献に当たったり、考えてみます。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

(無題)

 投稿者:TOKUMEI  投稿日:2017年 9月15日(金)20時21分44秒
返信・引用
  この宗教において、他人の過去生がわかった人間は、教祖と本席以外にいらっしゃったのでしょうか?  

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 9月15日(金)17時52分43秒
返信・引用
   東風Z様
 信玄袋を担いだ人さらいが出て、人身売買をする。そういう時代がまだまだありました。現代も人さらいはあります。
 夕づとめの時刻は日様と月様の御守護の入れ代わる時間帯なんだろうかと思います。夕づとめ前はまだ少し明るく、夕づとめ後は暗くなります。
 夕づとめ後は必ず暗くなります。この時間帯は特別な時間帯だそうですね。
 戦後の混沌期に人身売買はまだあったでしょう。現代もあるのですから。
 人さらいだけではなく、また狼なども生息していたことでしょう。野犬も。
 守ってくださっていたと思います。
 そして教祖が命をかけておつとめをさせようとしたおつとめの大切さを伝えてくださったのでしょう。
 夕食をぬくのは、天理教に限らず一般的に昔はよくおこなわれたしつけではないかと思います。
 なんと表現するかについてですが、「その人」であろうかと思います。
 その人から出来る仕事を奪いずっと家でこもっていることが幸せではないと思います。出来る仕事を見守りながらしていただく、ここにその方の幸福があると思います。
 

9月14日の匿名 様

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月15日(金)09時49分31秒
返信・引用
  >知的障害を持たれた住み込み人という言葉は好きになれません。

では、どのようにお呼びすればいいのでしょうか。以前は、教会住み込み人のことを「常詰」と呼んでいました。私はこの常詰の子供でした。両親がどのような経緯で常詰めになったのかは、両親は死ぬまで話してくれませんでした。
ただ、私達6人の兄弟姉妹は悲惨な教会生活を送りました。小学生の頃の話です。近所の同年の子供たちと遊び惚けて夕勤めに参拝しなかったとの理由で、会長は夕食を食べさせてくれませんでした。
戦後の食糧が不足していた頃ですから、足はゴボウのように細く常にお腹を空かせていました。その上に夕食を食べさせてもらえなかったひもじさは70年近くを経た今でも忘れることが出来ません。
崩壊さんが投稿されている体の不自由な方の書き込みは、身につまされる思いで読みました。
天理教の教会に常詰など、当人はともかく子供たちにとっては禍以外の何物でもありません。

天理教は、思い上がりの宗教です。思い上がりの宗教が作り出す人間は、正に思い上がりの人を生むだけです。私はそのような人たちを嫌というほど見てきました。
人は、「思い上がったら終わりです。」
 

牛馬の道?

 投稿者:国々所々つとめ場所役員  投稿日:2017年 9月15日(金)06時25分8秒
返信・引用
  > No.3410[元記事へ]

一文字さん。

教義を解釈する上で逆の立場で考察させていただきます。

「おかの」が牛馬の道に落ちたという話は私も昔聞いた覚えはありますが、まず原典である「みかぐらうた」と「おふでさき」にはそのような仏教的な輪廻転生と因果応報を示唆するような「おうた」は見当たりません。「おさしず」については、申し訳ないのですが、全部は精読していないので詳しい方のご意見を頂きたいと思います。

また中山みき様の教えでは、月日親神は「世界(の人を)余さず助けたい」という神様なのですから、少しくらい悪さをしたからといって「牛馬の道に落とす」というのも考え難いです。

また「毒殺未遂事件」と「米盗人事件」等は、二代真柱が、明治後期から大正にかけて全国で上演された「教祖伝のお芝居」の名場面であり作家が演出過剰に書いたものなので伝えてはならないとお話ししていた、と復元に記載されているのではないかと思います。今現在手元に「復元」がないので、お持ちの方に確認して頂きたいと思います。

それなのにどうして「牛馬の道」のような話が伝わっているかを考えた場合、個人的考察ですが、なんといっても仏教の素地(輪廻転生と因果応報を信じている)のある多くの人に「分かりやすい」し「勧善懲悪モノはウケがいい」からだと考えます。今現在の信者さんの中にも、そういう方が多いのではないでしょうか?

また、「政甚さん(本席の息子さん)の話」は嘘ではないでしょうが、『ああ、松枝が帰っているぜ』の一言を「松枝が生まれ変わってイタチになった」と解釈するのは早計かと思います。
松枝の人柄について色々なお話がありますが、その中で「お金にシワく、ケチである」というものがあったと思います。秀司亡き後に家督を継ぐなど、ズルくがめつい所も見受けられます。これらの性格を動物に例えるなら、キツネとかイタチだと言えないでしょうか?

教祖様もそう考え「イタチの事を松枝と言った」としても不思議はありません。
「お優しい教祖様が亡くなった人のことをそんな風に言う訳がない」と思う人も居るかも知れませんが、松枝の性格は教祖様の教えからすれば『真逆のモノ』です。ましてや秀司亡き後に「天輪王講社」の経営を続けようとした(教祖様の教えを邪魔した)人ですから、厳しく後々まで語っても不思議は無いでしょう。

なお、元の理で『月日親神が人間を産み出し、色々な生き物に生まれ変わってきたと書いてあるのだから、輪廻転生ではないのか?」と思う方もいるでしょうが、元の理は(不十分ではありますが)生物の進化の過程を表現したものだと言えるでしょう。一人の人間が生まれ変わるというお話ではありません。

以上、私の個人的考察に過ぎませんが、今現在も証明されていない「輪廻転生」を基本にした解釈より論理的だと考えます。


 

どうしたら牛馬の道に落ちちゃうの?

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月14日(木)21時31分36秒
返信・引用
   以前、この掲示板への投稿で教祖に毒を盛ったおかのさんのことも書きましたが、最後には牛になったということでした。
そういった話が語り継がれているので、本当のところはどうなんだろうと思っていましたが、現代でも男を見つけて結婚して
は保険金をかけて事故に見せかけ殺し、また次の男を狙うという事件を思い出してしまいます。テレビや新聞のニュースを
見るたびに、間違いなく牛馬に落ちるのだろうなあと思うと共に亡くなった男の人が本当に気の毒に感じました。

 しかし、最近、天理教ではこういった話は聞かなくなったなあと思うのですが、どうでしょうか?

 私が小さい時には牛馬の話もよく説かれていたような気もします。もっとも天理教が大嫌いと思っている思春期には興味も
なかったですが。

 牛馬のことをネットで調べているうちにご紹介したいと思うブログが出てきたので書いておきます。

天理教教理を学び神意を悟る
牛馬論考③
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/archives/2015-11.html

 以前、秀司さんの奥さんであるまつえさんのことをいろいろ調べていた時期があったのですが、こちらの牛馬論考を
読んでいて、牛馬ではなく「イタチ」になっていたと読んでびっくりしました。ここに転載すると長くなるので、リンクを
辿って一通り読んでみてください。ちゃんと出典も書かれていて、更に管理人さんの所感なども書いてあるブログで好感が
持てます。

芹沢光治良「教祖様」P365に出ていますが、
 大正時代に天理教本部の修養科に学んだ人々には、「まつえが来生(らいせい)牛馬に生まれ変わる」と修養科で聞かされた
者がかなりあるようだ。 作者(芹沢光治良)が、この作品を発表するようになってから東京都内の見知らない信者が数人、
わざわざ訪ねて来てどの人も、『「まつえが来生、牛馬に生まれ変わる」と、本当に教祖みきが言ったかどうか聞かせて
欲しい』と、真剣に作者に尋ねた。そのある人は、「まつえこそ、信仰について女性らしい疑惑や苦悩を持った、人間らしい
気の毒な夫人であった」ことを熱心に語って、「本当のまつえを描いてくれ」と作者に頼んだ。


 私の中では調べれば調べるほど「まつえさん像」が悪くなっているように感じます。また本当に古い信者さんたちからも
良く思われていなかったようなところがあるようです。ではなぜ、教祖は因縁あるからと小東家から親子ほども歳の差の
あるまつえさんを嫁に迎えられたのか?
嫁入りしてから教祖に対し、よくなかったという話の方が多いように感じています。

次の政甚さん(本席の息子さん)の話も衝撃です。

 松枝さんが亡くなってから一年も経たないうちに、教祖がお湯を使って(入浴して)おいでになり、姉(飯降/永尾芳枝)が
教祖の背中を流しておりますと、葛屋葺(くずやぶ)きの屋根の廂(ひさし)の上に、鼬(イタチ)がいた。教祖はそれを見て
『ああ、松枝が帰っているぜ』 と言われた、という事を聞いております。(中略)
〔新宗教 大正5年1月号「おばさん」飯降政甚〕より


 また増野道興(雅号鼓雪)の話したお話もこのブログの牛馬論考③に出ていますが、一読してもらいたいものです。
少しだけ紹介すると白犬牛馬イタチの順で最後のイタチまで落ちると二度と人間に生まれ変わることはないそうです。
まつえさんはイタチになるまで教祖にどんなひどいことをしたのだろう?と疑問がわいてきます。

 しかし、こういったことも天理教では最近、話されなくなったのはどうしてかと考えてみたのですが、鼓雪さんの説く
話が現代ではやれ差別だ偏見だと批判されやすいからだとも思えます。実際にアクセスして読んでみてください。
どう感じるか、どう受け取るかは個人の問題なのかもしれません。

 言葉は時代と共に変わってきます。おふでさきが書かれた頃とは違います。私が子供の頃に使われていた言葉も今は
差別用語で使ってはいけません。そのへんの事情もあるから、語られなくなり、伝わっても行かなくなるのでしょうか。

芹沢氏が二代真柱から稿本の教祖伝を受け取り読んだ時の言葉が思い出されます。
 

(無題)

 投稿者:TOKUMEI  投稿日:2017年 9月14日(木)20時14分8秒
返信・引用
  奇跡を起こした模範人間を聖人と認定する事を列聖というらしいが、天理教ではそんな制度はないの、あるとすれば誰なんですか?  

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 9月14日(木)12時53分4秒
返信・引用
    知的障害を持たれた住み込み人という言葉は好きになれません。
 その方が「ありがたい、働かせていただいて嬉しい。」と感じておられれば、そこに幸福はあると思います。
 お道のご用をがむしゃらにされている間に御本人の状況が劇的に変わるお話は聞きます。
 何が幸福か決めるのは、御本人だと思います。
 
 

異端とは何か

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 9月14日(木)10時14分54秒
返信・引用
   上記の“教えにないことや教えに反することを、天理教の名のもとに説く”というのは教団の中でいろいろあるのではないか
と感じています。例えば「理の親」「理立て」「親の言うことは絶対だ」などです。甚だしくは教会長が住み込みの人々を
使用人のように扱っているような例も耳にします。

 明治36年の神道理論に基づいた明治教典以来、多くの教師が罷免されたり、おかしな状況があったのではないでしょうか。
大きなそうじ、つまり第二次大戦が終わり、高山がすっかり取り払われ新しい世の中に変わり、教祖60年祭を期に復元されて
きた歴史がありますが、信仰の火は消え、形骸化ばかりが進んできたと言えるのではないでしょうか。

 深谷氏の言葉を借りれば、天理教人として一番やってはいけないのは、教えにないことや教えに反することを、天理教の
名のもとに説いてはいけないということではないでしょうか。そう考えると、今までこの掲示板にあふれている封建的な
ピラミッド組織で江戸時代のような身分制度や上級が部内教会に対しての仕込みと称した行為などいったい何なのか?と
言いたくなってこないでしょうか。

後継者講習会も開かれている現在、若い人たちに本物の信仰とは何か、御供えをして形のふしんばかりに使うのが信仰では
なく、人を助けることが一番教祖に喜ばれることを心に刻んでもらいたいとも思います。 



 一文字さんのおっしゃられている通りだと思います。かねがね、私は現在の「天理教教会本部」こそ、教祖の教えから完全に逸脱した「天理教の異端」であると考えています。それゆえに、多くの信者さん達や末端分教会が悩み苦しんでいるのです。この掲示板が生まれた背景には、そういう理由があると思います。今の天理教教会組織は時代錯誤も甚だしい封建制度そのものだと思います。一般信者や末端教会は、江戸時代の「水飲み百姓」のように搾取対象ではありません。皆、それぞれに一生懸命、汗水を流して働き生きているのです。働いて得た収入の中から出来る範囲で、なけなしの金品をお供えしているのです。天理教教会本部の「お偉い先生方」は、その辺のご事情を理解されていますか? もういい加減に「将軍大名ごっこ」や「皇室ごっこ」は止められたらいかがですか。かつてのイギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚パレードのような意味のない仰々しい結婚パレードは止めるべきだと思います。そんなことをして何になるのですか? もういい加減にしてください。
 私の上級教会に、知的障害をもたれた「住込人」の方がおられます。御多分に漏れず、その方も「召使」のように酷使されています。障害の有無にかかわらず、人間は一人一人、人格をもった「人」として尊重されるべきです。教祖も「世界一列は皆兄弟や 他人というはさらにないぞや」と教えられたはずです。私は天理教教会本部の「お偉い先生方」のみならず、教祖の教えから逸脱した方々はすべからく「異端」であると考えます。





 

Re: 何が異端なのか?

 投稿者:ブルゾン理恵子  投稿日:2017年 9月14日(木)00時16分37秒
返信・引用
  >深谷氏の言葉を借りれば、天理教人として一番やってはいけないのは、
>教えにないことや教えに反することを、
>天理教の名のもとに説いてはいけないということではないでしょうか。
>そう考えると、今までこの掲示板にあふれている封建的な
>ピラミッド組織で江戸時代のような身分制度や
>上級が部内教会に対しての仕込みと称した行為などいったい何なのか?
>と言いたくなってこないでしょうか。

ほんとに一文字さんの言う通りです。

もはや現行教団本部こそが異端なのです。

いい加減末端教会や信者も目覚めるべきだと思います。

国々所々つとめ場所 さんの教会のように
「理の親」に苦しめられている末端教会は、どんどん被包括法人を廃止するべきだと思います。
?
 

(無題)

 投稿者:国々所々つとめ場所役員  投稿日:2017年 9月13日(水)20時51分36秒
返信・引用
  TOKUMEI さま

>本部員の任命に、選挙制を導入する。という案については、どう思われますか?

案としては結構ですが、実際に導入する権限、組織を改変する権限を持っている人達が反対するでしょう。

またご存知かとは思いますが、「本部員、本部準員」には経営上の権限はありません。
私が調べた範囲では、宗教法人天理教の代表役員は表統領(中田善亮)であり、他に責任役員が4名いるだけです。
一般の会社で言う経営者は「取締役」であり、代表取締役が社長とか会長等と言われるのと同様で、宗教法人天理教の経営権を握るのは、たった5名の人物だけです。
その他大勢の「本部員」だの「本部準員」は肩書きだけの役職(何らかの仕事や役割は担っているのでしょうが、法的な経営権限は無い)です。

選挙で選出したところで、天理教は変わりません。
 

何が異端なのか?

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月13日(水)20時33分7秒
返信・引用
  東風zさん
>二代さんは、バチカンの建物は真似をしようと「おやさとやかた」を作りましたが、トップを選ぶ
>コンクラーベは取り入れませんでした。


仰るとおりだと思います。コンクラーベは取り入れなくても、せめて両統領を選ぶのに一週間くらいかけて缶詰状態で
どれだけふさわしい人物なのか「根競べ」くらいは取り入れて決めてもらいたいものです。在籍者でも家柄とかで高低が
あるような印象もありますからね。皆、口には出さなくても。

 話は変わりまして、天理教の異端についていろいろ調べているうちに助造事件、所謂「針ケ別所村事件」について書いた
天理大学おやさと研究所の元所長の文がありました。ネット上に公開されている文です。

「針ヶ別所村事件」深谷忠一
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000w4ev4-att/GT186-Fukaya.pdf

(中略)
たとえば、天理教のことを全く知らないで、似たような教説を言って何処かで新たな宗派を始める人がいるかも知れない。
あるいは、天理教の教理をつまみ食いのように取り入れて、〇〇教なるものを作る人がいるかもしれない。しかし、それらは、
天理教に似てはいるけれども天理教ではない。それは他宗教、別の教団であって、そこが天理教を名乗らないかぎりは
異端ではありません。


 この文言からすると天理教と似たような教義や、或いは天理教の教理をいくつか取り入れて教団として活動しても何も
問題はない
ということになります。「ほんみち」「モラロジー」「おうかんみち」「ほんぶしん」「天命庵」「櫟本分署跡
保存会」など名称さえ違えば異端ではないわけですね
しかし「天理教」を名乗らないかぎりは異端ではないとのことですが、これは既に矛盾しているのではないかと思えますが、
どうなのでしょう。既に教会本部とは被包括関係を解き、独自の法人として「天理教」を名乗って独立している「天理教豊文
教会」のような教会もあるように思うのですが。

(中略)
異端というのは、“ 教えにないことや教えに反することを、天理教の名のもとに説く ” ということなのです。 世の中には、
天理教の教説に同意できない人もいるでしょう。 神の存在を認められないとか、宗教心はあっても教団に帰依はしないなど
と言う人もいます。しかし、そういう人たちは、天理教の信者ではない未信者、無信仰者だというだけで、異端者ではあり
ません。そして、そういう人たちには、将来何らかの 回心体験をして、天理教に帰依する可能性が残されています。
しかるに、もし、疑似天理教、異端を天理教だと信じてついて行ってしまうと、それがその人の天理教なのですから、
その人は本物の天理教に救われる機会を失ってしまいます。ですから、 異端は許されない。異端を糾弾するのは、
生活権云々で争うの とは、全く次元が違う問題なのです。


 上記の“教えにないことや教えに反することを、天理教の名のもとに説く”というのは教団の中でいろいろあるのではないか
と感じています。例えば「理の親」「理立て」「親の言うことは絶対だ」などです。甚だしくは教会長が住み込みの人々を
使用人のように扱っているような例も耳にします。
 明治36年の神道理論に基づいた明治教典以来、多くの教師が罷免されたり、おかしな状況があったのではないでしょうか。
大きなそうじ、つまり第二次大戦が終わり、高山がすっかり取り払われ新しい世の中に変わり、教祖60年祭を期に復元されて
きた歴史がありますが、信仰の火は消え、形骸化ばかりが進んできたと言えるのではないでしょうか。

 深谷氏の言葉を借りれば、天理教人として一番やってはいけないのは、教えにないことや教えに反することを、天理教の
名のもとに説いてはいけない
ということではないでしょうか。そう考えると、今までこの掲示板にあふれている封建的な
ピラミッド組織で江戸時代のような身分制度や上級が部内教会に対しての仕込みと称した行為などいったい何なのか?と
言いたくなってこないでしょうか。

後継者講習会も開かれている現在、若い人たちに本物の信仰とは何か、御供えをして形のふしんばかりに使うのが信仰では
なく、人を助けることが一番教祖に喜ばれることを心に刻んでもらいたいとも思います。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

TOKUMEI さん

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月13日(水)09時01分43秒
返信・引用
  その様な柔軟な発想ができる教団ではありません。
二代さんは、バチカンの建物は真似をしようと「おやさとやかた」を作りましたが、トップを選ぶコンクラーベは取り入れませんでした。せいぜいそのようなところですから、こちらも、適当に付き合えばいいんです。
 

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 9月12日(火)19時51分40秒
返信・引用
   選挙で選ばれたのが国会議員であり、今の国政なのですから、同様に国際資本が入り込むと思います。  

(無題)

 投稿者:TOKUMEI  投稿日:2017年 9月12日(火)10時43分23秒
返信・引用
  本部員の任命に、選挙制を導入する。という案については、どう思われますか?  

過去を調べて何になる?

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月11日(月)21時06分46秒
返信・引用
  ぶたまんさん

 私が「様」付けを嫌がるのは、何か疎遠な感じを受けるからです。「さん」付けにすれば気軽に話ができると感じませんか?
何も構えずに同じ立場で年齢も立場も考えずに率直な意見も言えると思います。「様」付けされると堅苦しい感じがして
文章もかたくなりがちになると思うんです。私はそんなに精微に調べているわけではないですよ。もっと詳しく調べている
人はたくさんいます。掲示板にもっと出てきてほしいですね。


>「独裁体制」というシステムから言って、古い封建制度を引き継いだものになったのですが、そうした制度を持つ教団は、
>それを取り仕切る者にとって、独占・私物化はいともたやすくできるものだったろうと思います。

 「独裁体制」とか「独占」とか「私物化」という言葉が適当であるのかどうか、詳細を調べていかなければわかり
ませんが諸々の事情を理解していく上でちょうどいい言葉が私も見つかりません。更に詳しく調べていけば、また変わって
いくかもしれません。


>そのようにして自らの私利私欲を満足させてしまった者は、すべて「ムシ」と呼んでいいと、私は思っています。
>たとえ、真柱であったにせよ、山澤為造氏であったにせよ、です。


 初代真柱時代は私利私欲にというわけにはいかなかったでしょう。本席がいて全ての事について伺いを立てていた
時代ですから。膨大なおさしづがそれを物語っているように思います。二代真柱以降に関しては生まれた時から御曹司として
育てられ、お金の苦労や信者さんへの心遣いなどとは別の世界で大きくなって来たのだろうと思います。


>二代真柱は「真柱」という宗教家の金看板を掲げていたのですが、彼や山澤為造氏は「人間」だったんでしょうか、
>それとも「ムシ」だったんでしょうか・・?


 二代真柱は明治38年生まれです。教祖が現身を隠されてから18年後です。本席はその2年後、明治40年に出直されています。
二代真柱が生まれた時に赤ちゃんの二代真柱に向かってお久しぶりですといった挨拶をしているようで秀司さんの生まれ
変わりであるとも言われています。二代真柱が生まれた時に本席は72歳、山澤為造は49歳ですから、将来この生まれた人が
道を背負っていく人だと思っていたことと思います。本席としては神の言葉を伝える人としてナライトさんを後継としていた
ようですが、二頭体制ではなく、本席亡きあとは真柱が中心となるように教団を持って行きたかったのかもしれません
このへんはまだまだ研究の余地が大いにあると思います。


>おやさまの業績を横取りしようとした「助蔵」がそうですし、「十人のなかに三人かたうでわ 火水風とも
>しりそくとしれ」の「三人の片腕」、そして、応法のため天輪王講社を開設した修司さんも「ムシ」の一人に
>数えれるでしょう。


 助造事件転輪王講社の秀司さんのことでしょうか?(単純な誤字だとは思いますが)助造事件は教祖がおふでさきを
書き始められる以前の慶応元年の話ですから、異端を考える上で、後に起こっている異端とは諸事情が違うと思います。
助造は最後には詫びを入れて、神名を唱えることは許されたとのことですし。転輪王講社については以前から何度もいろいろ
な方が投稿していますし、史実を見れば秀司さんがどうなったかは説明する必要もないですね。

 「三人片腕」の話は以前にもこの掲示板で書きましたが、正確に誰かとは限定できていないように思います。
6号21のお歌ですが、明治7年頃ですから秀司54歳、まつえ24歳、こかん28歳、山澤良助44歳、為造18歳です。
おふでさき注釈では松尾市兵衛他2名ですが、これは違うと私は思っています。それについては重複するので以前の投稿を
ご覧ください。
「三人片腕続き」
http://6706.teacup.com/5051/bbs/3190


>「ムシ」は自分のことしか考えれません。人間だったら、おやさまの思いをソンタクして、それに従うようにするでしょう。
>そして、自分を犠牲にしてまでもして、教えを後生に残し伝えるよう努力するでしょう。


 山澤良助は金剛山地福寺へは行っていませんし、教祖の言葉に従ったのかと思います。ぶたまんさんの言う「ムシ」の
ような人ではないと思いますよ。片腕三人については今も秀司、まつえ、小寒の三人だと思っています。 「人間」と「ムシ」と
いう表現をされていますが、皆、「人間」です。人間だから情にも流され、間違いも起こし、素直にもなれずに道を誤るのか
とも史実を見ながら感じています。


>そうやって教団の分派分裂を防いだとしても、その上に立つ者が私利・私欲に走って、信者のことを少しも顧みないと
>いうことになってしまったら・・何じゃらホイ♪ ゴキブリホイホイ♪、教団は分派分裂もせず、生きのびることができた
>かもしれませんが、その代わり、教団全体が悪い方に流されていき、全体で破滅していく道をたどることになるのでは
>ありませんか?


 私は私利私欲に走っていたとは思えません。前回、書いたように明治の終わりから大正期にかけては混乱していた時代です。
本席、初代真柱が出直してしまってから、どこへ進めばいいのかと混乱していた時代です。中心となる二代真柱はまだ子供で
継げるような状態ではなく、教祖を慕い、参りくる多くの信者に対し、本部としてどうしていかなければならないか混乱
していた時代である
と思います。結局、舵を切っていった方向が現在の有様だということに過ぎません。

TOKUMEIさん

>問題は未来において天啓者・神格者達が再び現れて、良き時代を再生発展させるのは、いつどのようにしてか?
>という事でしょうか?


 仰る通りかと思います。過去を振り返ってばかりいても仕方がありません。しかし、過去を知り、未来へ繋げていく
ことが大事
かとも思います。「国々所々つとめ場所役員さん」が言うように天啓者や神格者を期待することなく、
歴史から学び取って、今現在銘々が何を考え行動して問題解決を図るかが大事なのかもしれません。

 異端についていろいろ調べていくと、天啓者に関しては井出くには本物だったのではないかとも思えてきます。
今の時代でも大徳寺さんがいますが、本物かどうかは湯河原へ行って自分で会って見極めるしかありません。
仮に親神が降りてきて憑依した人が現れても、教団としては認めることもないでしょうし、狂人扱いされて表にも出て
こないと思います。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

Re: TOKUMEIさま

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 9月11日(月)17時44分7秒
返信・引用
  > No.3394[元記事へ]

国々所々つとめ場所役員 様
全面的同意します。天啓者、神格者を待ち望むことは、救世主を待ち望むことに近いのではないでしょうか
エラソウなことを言ってしまいますが、救世主に助けてもらおうとするだけではなく、救世主の胸の内にまで
思いを寄せ、またそこから学ぼうとする姿勢も大切かと思います。
.........................................

芹沢光治良の「大自然の夢」の中に、こんなことが書かれています。
このころ先生は、天から遣わされた神さまに色々修行をさせられていました。その一つに、イエスの贖罪(しょくざい)
について学ばれるところがあります

その神さまは「イエス様が、十字架にかかったのは、人間の罪を贖(あがな)われたのだぞ」と言いました。
そして、「十字架にかかったイエス様が、どんなに、肉体的な苦痛を耐えて、苦しんだか、一度でも、
考えたことがあるか」と聞きました。

そうして、大きな釘と金槌を出してきて、言いました。
「イエス様は、この釘四本で十字架につかれたぞ。汝は、ただ一本、左の掌(てのひら)に、打ってみろ」
そう言うなり、先生がためらっていると、神さまは遠慮なく、先生の左の掌に、その釘を打ち込んだのです。

その時のようすを、先生は「とたんに、両目から火花がとんだようで、私はベットに倒れながら、タオルを右掌でさがし、
左掌をおさえて、泣き叫びそうな声を一心に殺したのです]と書かれています。(<大自然の夢>P.39)

神さまはこう言いました。
「人間は可哀相な者だ。誰も、助けてもらいたいと言って、助ける側の痛みには、心を寄せない。」

人間は皆、救世主のもとに「助けてくれ」と言ってやってくるのだが、誰も救世主の側の痛みに思いをかけない、
ということです。
そこで、神さまは、修行の一環として芹沢先生に、救世主イエスの痛みを体験させたのでした。

おやさまも目くらの人をお助けされたとき、一時ですが、おやさまご自身目が見えなくなった、ということを
聞いたことがあるのですが、イエスの贖罪もそのようなものなのでしょう。
イエスは「私は、みんなの罪を引き受けて天に昇る」というようなことを言われたと記憶しているのですが、
こういうことは可能だろうと思います。

芹沢先生を指導していた神さまも「(汝も)重い病人から、その病苦をもらい受けて、助けるのだ」と言っています。
TOKUMEIさんも、神格者を待ちのぞむだけではなく、神格者に成ろうと努力してくださいよ・・
 

何を言うか教団本部

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月11日(月)10時41分54秒
返信・引用
  「反省が足らん」は教団関係者の常套句だ。だが、この言葉をそっくりそのまま返上します。

芹澤光治良氏の著書「死の扉の前で」第二章に次の文章がある。
「その後、天理教が戦争にどんな協力をしたか、知らないが、興味もなかった。ただ故郷の古い信者が訪ねて来て、娘夫婦が教団から割り当てられて、半強制的に北満州の天理教開拓村に送られたと嘆くのを聞いたのと、故郷の沼津の岳東大教会で会計係をしている実弟が、戦争末期に、天理教ひのきしん(勤労奉仕)隊の招集に応じて、北海道で石炭掘りに従事中に、冷えと栄養不良とから肝臓病になり、重症だという知らせに、呆れたぐらいで・・・・・」

今月は、「においがけ強調の月」と、2017年9月10日付け天理時報は視点欄で強調しているが、その前にやらなければならないことが、あるだろうぅ・・!と言いたい。
天理大学を卒業した知人が言うには、教団は先の戦争に協力したことに対する反省の言葉を聞いたことがないと言っていた。
これが事実なら、先に書いた通り、反省が足らんのは教団自身ではありませんか。

芹澤氏は著書の最後に次のように書いておられます。
「しかし、これで私は宗教というものから、全く自由になったのだった」と。
 

TOKUMEIさま

 投稿者:国々所々つとめ場所役員  投稿日:2017年 9月10日(日)23時44分30秒
返信・引用
  >問題は未来において天啓者・神格者達が再び現れて、良き時代を再生発展させるのは、いつどのようにしてか?という事でしょうか?

天啓者や神格者を期待することなく、歴史から学び取って、今現在銘々が何を考え行動して問題解決を図るか、でしょう。
本部の人事や欲の塊人間の掃除など、一教会の人間には手の届かない事なのですから、銘々の手の届く範囲で『中山みき様の教え』を実行して形を作る事です。
 

(無題)

 投稿者:TOKUMEI  投稿日:2017年 9月10日(日)15時30分33秒
返信・引用
  問題は未来において天啓者・神格者達が再び現れて、良き時代を再生発展させるのは、いつどのようにしてか?
という事でしょうか?
 

Re: 大正期の動き

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 9月10日(日)02時35分35秒
返信・引用
  > No.3391[元記事へ]

一文字隼人さん 私も注意していたのですが、うっかり「様」付けにしてしまいました。すみません。でも、
ご文章を読ませていただくと、様付けしたくなってしまいます。
それくらい精緻な調査をされて書かれているので、いつも感心しながら読ませていただいております。

まず「ムシ」のことですが、私は例えとして使ったまででしたが・・。
葉が繁り、花が咲き、実がみのる、そういった樹木には、樹液を含めて、それらをエサとして求めてくる虫
が集まって来ます。それは自然の理です。

言い換えますと、天理教という大樹の下に集まって来たのは、誠真実の人もいたでしょうが、虫も多数いただ
ろうということを言いたかったのです。

> 独裁体制になるのは二代真柱時代ですが、・・(略)・・幼少の二代真柱に代り山澤為造が全権を掌握し、
> 現在の天理教の教団が形成されて いった・・・

上のご教示をありがとうございます。私も明治41年から突然真柱独裁体制路線に移行したのではなく、徐々に
移行したものと思ってはいましたが、それがいつごろなのか解りませんでした。
一文字さんはその時期を「昭和の初期から徐々に独裁と言われるような体制になった・・」とされています。
ご説明すべて解り易く、納得いたしました。

「独裁体制」というシステムから言って、古い封建制度を引き継いだものになったのですが、そうした制度を持つ
教団は、それを取り仕切る者にとって、独占・私物化はいともたやすくできるものだったろうと思います。

そのようにして自らの私利私欲を満足させてしまった者は、すべて「ムシ」と呼んでいいと、私は思っています。
たとえ、真柱であったにせよ、山澤為造氏であったにせよ、です。

二代真柱は「真柱」という宗教家の金看板を掲げていたのですが、彼や山澤為造氏は「人間」だったんでしょうか、
それとも「ムシ」だったんでしょうか・・?
...............................................................

「ムシ」はおやさまご在世中にもいました。教団の内にも外にも共にいました。
おやさまの業績を横取りしようとした「助蔵」がそうですし、「十人のなかに三人かたうでわ 火水風とも
しりそくとしれ」の「三人の片腕」、そして、応法のため天輪王講社を開設した修司さんも「ムシ」の一人に
数えれるでしょう。

「ムシ」は自分のことしか考えれません。人間だったら、おやさまの思いをソンタクして、それに従うようにするでしょう。そして、自分を犠牲にしてまでもして、教えを後生に残し伝えるよう努力するでしょう。

> ご母堂さん、山澤為造、為信、松村吉太郎体制で教団を揺るぎないものにしていった・・

と言われていますが、そうやって教団の分派分裂を防いだとしても、その上に立つ者が私利・私欲に走って、
信者のことを少しも顧みないということになってしまったら・・何じゃらホイ♪ ゴキブリホイホイ♪、教団は
分派分裂もせず、生きのびることができたかもしれませんが、その代わり、教団全体が悪い方に流されていき、
全体で破滅していく道をたどることになるのではありませんか?

これでは、教団が揺るぎないものになったとしても、モトもコもないでしょう。
 

大正期の動き

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月 9日(土)20時37分17秒
返信・引用
  ぶたまんさん

>一文字隼人様

「様」付けはやめてくださいね。(しつこいようですが)m(_ _)m

>「明治40年以降は天理教ではない」というつもりはありませんが、神の意思を取りつぐ天啓者がいなくなって
>しまった以上、教団の劣化は免れ得なかったことでしょう。


その時期をちょっとリストアップしてみますと、こういった流れになります。

1907年 明治40年 本席出直し 初代真柱42歳 二代真柱2歳 山澤為造58歳 ナライト52歳
1908年 明治41年 天理教一派独立 天理教教会本部設立
1914年 大正 3年 第一次大戦勃発 初代真柱出直し49歳 二代真柱10歳
1915年 大正 4年 山澤為造59歳 管長摂行者となる
1916年 大正 5年 教祖30年祭 井手クニ教祖殿事件  →(皆が教祖亡き後、30年後に現れると信じていた)

>おやさまが亡くなられると、膨大な<徳の遺産>をめぐって、その甘い汁を吸おうと、ムシが集まって来た
>という感じです。


 それはちょっと違うと思いますね。ムシが集まってきたというより、混乱している時代だと思われます。
この時期の教団について調べると本席は後継として神憑りのあったナライトさんを天啓者として指名していたと言われて
いるようです。初代真柱時代はいわゆる独裁体制ではなく、本席という神の言葉を伝える人がいて教団全体をまとめる
真柱と二頭体制だったと考えられます。独裁体制になるのは二代真柱時代ですが、本席出直しの頃はまだ二代さんは子供です。
ですから本席、初代真柱が出直し後、幼少の二代真柱に代り山澤為造が全権を掌握し、現在の天理教の教団が形成されて
いった
と理解するのが正しいと思います。

>実際は真柱による独裁体制が続いたのではないでしょうか。私メも「真柱のツルの一声さ」というカゲ口を何度か耳に
>しました。

 上の年表を見てもわかると思いますが、本席出直し後、初代真柱が出直すまで7年あります。本席は後継として
ナライトさんを指名しています。二代真柱はまだ子供です。ですから真柱独裁体制となるのは昭和に入り、二代真柱が
東京帝国大学に入り、教祖40年祭が勤められ、それ以降昭和の初期から徐々に独裁と言われるような体制になったもの
と考えるのが自然な流れだと思います。

 大正9年以降の主だった人の動きを調べてみると、だんだん見えてくるのですが、山澤家が大正期に天理教を動かして
いたと言っても過言ではありません。わかりやすく年代順に書きます。

1918年 大正7年 初代真柱夫人たまえさん「おさづけの理の運び」始まる ナライト事件
1920年 大正 9年 正善16歳 玉千代(正善姉)19歳で山澤為信(為造の息子)と結婚。ご分家となる
1921年 大正10年 松村吉太郎による教勢倍加運動始まる 山澤為信30歳本部員となる

 二代真柱のお姉さんである玉千代さんが山澤為造の息子と結婚しご分家となり、山澤家と中山家は親戚関係になり、
初代真柱出直し後は夫人のたまえさんはご母堂様となり、本席伊蔵さんがナライトさんを天啓後継者として指名していた
のに、初代真柱49歳で出直し後、わずか4,5年の間におさづけの理など、すべてが中山家、山澤家の人間で行われるように
なります。
つまり大正7年に第一次大戦が終了しますが、それ以降、二代真柱がまだ子供で、成人するまで、中山家、山澤家が
天理教全体を動かしていたと言えます。それに古参の信者から本部に取り立てられた本部員とで組織が構成されていたと
考えられます。

 この時期を調べるとやはり教祖、本席の亡き後は異端が多く発生しています。本部としては教団を引き締める必要性も
あったのかと思われます。中山家を確固たるものとし、異端として分派しないようにする必要性があったので、ご母堂さん、
山澤為造、為信、松村吉太郎体制で教団を揺るぎないものにしていったのだと思われます。

ichimonji8810@excite.co.jp
 

Re: おつくし考

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 9月 9日(土)13時06分26秒
返信・引用
  > No.3388[元記事へ]

一文字隼人様

なるほど、「天理教の‘良き時代’は、明治40年のご本席様お出直しまでだった」と言えば、言えるかもしれません。
「明治40年以降は天理教ではない」というつもりはありませんが、神の意思を取りつぐ天啓者がいなくなって
しまった以上、教団の劣化は免れ得なかったことでしょう。

おやさまが亡くなられると、膨大な<徳の遺産>をめぐって、その甘い汁を吸おうと、ムシが集まって来た
という感じです。膨大な<徳の遺産>は、ムシたちによって解体され分解されて食いつぶされ、やがて無く
なってしまうことになるのは必然というものなのでしょう。

> 天理教は明治40年本席出直し以降、神の言葉を直接伝える者も不在で明治41年「一派独立 天理教教会本部」となって
> からは本部員の合議制で物事が運ばれる組織と変わってしまいました。

と言われていますが、実際は真柱による独裁体制が続いたのではないでしょうか。私メも「真柱のツルの一声さ」
というカゲ口を何度か耳にしました。

本部員ということですが、本部員という地位は神の承認を経ていません。
いちにだいくのうかがひに なにかのこともまかせおく
と言われているように、本席という地位は神から認められているのですが、本部員はそうではなく、人間が
作ったものです。
 

異常なお供え

 投稿者:古い元会長  投稿日:2017年 9月 8日(金)08時20分59秒
返信・引用
  社会学に
>お供えはします。神様に。したいのです。心を。お金がどう使われたとしても。悔いはありません。
私ができるお供えは3千円です。
収入は一万えんです。二人の子どもがいます。

という書き込みがあった。考えてみれば我らも同じだ。

中間教会から上でこそ、下から上がるお供えから必要経費を抜いて上へお供えしているのであろうが、

例えば末端教会は、3万円のお供えを頂き、上級に5万円のお供えを持っていく。
差額は会長のアルバイトか年金か子供の仕送りで、それを賄っている。
(実際は、もっと多くの請求が上級からくる。)

将来、会長が病気になり、困っても「個人のいんねんだ。」と切り捨てる。

どこかで切り替えないと、全てが駄目になってしまう。
まず勇気を持ってお供えを減らしましょう。
 

おつくし考

 投稿者:一文字隼人  投稿日:2017年 9月 7日(木)20時56分8秒
返信・引用
   「お供え」とか「おつくし」とか言い方はあるようですが、私自身は以前にこの掲示板にも書いた通り毎月、決まった額を
所属教会に御供えしています。以前、「それでは額が多い」とか、「よくない」とかいったご意見をいただいたこともあり
ます 。


 何をするにもお金は必要ですし、教会活動を行っていく上でもお金は必要なものです。しかし勝手に額を決められ、頼み
こまれて支払うというものでもないと思います。ましてや上級教会からおどしのように額が少ないと非難されるべきものでも
ないと思います。


 元々、道一条で人を助けるために一生懸命おたすけに回っている会長さんをサポートする意味でも、また自分がようぼく
としてお助けにはまわれないので、お金にかえて人々を助けるために使ってくださいと自らの意思で出しているものなのか
とも思います。


 問題は「受け取る方」にも「差し出す方」にもあるのではないかと思っています。初代がお道に入り道一条として食うや
食わずの生活でひたすらお助けにまわり、教会も設立した後、信者さんたちから心のこもったお供えが上がったと思います。
受け取る方の会長さんは大変な中、心を尽くしてくれてありがとうと感謝の気持ちで受け取り、差し出す方も少なくて
申し訳ないとの思いもありながら、道一条の会長さんをサポートしたいと惜しみなく出していたと思います。

 しかし現教団の悪しき習慣で実質世襲制で後継者は仕込みも受けず、お助けにもまわらないという事態があちこちで
起こり、信者さんたちから集まる多くの御供えで結構な暮らしをし、自分が後継者だとえらくなったような錯覚に陥り
挙句は信者さんからの心のこもったお供えさえも額面が少ないなどと不満顔になってしまっているように思います。
代を重ねるごとにそれが普通で当たり前だと思うようになっているところもあるのではないでしょうか。もちろんそうでは
ない教会も数多くあると思います。

 ある大教会長さんのご夫人はスーパーや美容院へ行くのにも黒塗りの高級車で青年さんに運転させて行っているという
話を以前聞きました。今時、そんな話があるのかと思いましたが、私が子供の頃は大教会長一家はそうでした。今の時代でも
あるのでしょう。 しかしそれでは間違いなく人は離れますし、行く末も見えています。


 人格的にも求道精神でもこの人ならばと一目置かれる人が会長を勤めたなら、こういったことは起こってこないのでは
ないかとも思います。私も現在の歳になり同級生で教会を後継した者も数人います。しかし、教理の話をするのはタブーです
教理面でどう思うかと話したところで、そんな難しいこと考えたこともないしわからないと言われたこともあります。
名称の上では16.000くらいの教会があるわけですが、そのうちお道の教えがどういうもので、どういった歴史を通って
現在に至っているのかなど探求している会長さんがどれだけいるのか
と思います。


 大教会、分教会を問わず神殿講話を聴いていると、申し訳ありませんが、あまり勉強していないとか、浅はかな知識しか
お持ちでないとか感じます。従って心に訴えてくるものが何も感じられない講話になっていることがあります
むしろ教理など深く知らなくても、がむしゃらにお助けに回って助かってもらった経験を語っている方がよほど胸に来る
ものがあります。しかし、そういった例は稀で、布教もしない、お助けもしない、上級からの当番やお役目だけはしっかり
やっているという会長さんも案外、多いのではないかとも思います。

 天理教は明治40年本席出直し以降、神の言葉を直接伝える者も不在で明治41年「一派独立 天理教教会本部」となって
からは本部員の合議制で物事が運ばれる組織と変わってしまいました。

 そこに軍国主義化している国家が干渉し大正時代に入り、大正3年には第一次世界大戦も勃発し、天皇を中心とした
国家神道の国として天理教は迫害されるのか融合していくのかという道を選ばざるを得なくなり、第二次世界大戦が終わる
昭和20年まで本来の教祖の教えとは違う教えに捻じ曲げられて続いてきたと言えると思います。

 二代真柱の復元も完全に復元されたものではなく東大の宗教学の影響が多大なものになっているようにも感じます。
天理教は学問ではないという人もいますが、深く史実を調べたり、本当の教祖の思いに触れられるように研究していくことは
大事な気がします。しかし、深く知れば知るほど、矛盾ばかり感じてしまうことにもなってしまうのが、今の天理教の
悲劇のように感じます。
 

皆様へ

 投稿者:匿名信者  投稿日:2017年 9月 7日(木)15時20分12秒
返信・引用
  すみません、話が脇道にそれますことをお許しください。

浜市(はまし)分教会中澤隼人先生の「50年後の天理教を思う」の存在を自分が知り得たのは
ネットに書き込んでくださった方々のお陰でした。
以前の書き込みを順に読ませていただくうちに、中澤先生と、テレビドラマで紹介された
横浜の野庭高校ブラバン顧問であった中澤先生は親戚か否かを書かれた方がいます。

詳しい知人に伺いましたところ、お二人は従兄弟に当たられるそうです。
何事かを成し遂げる、熱い思いが伝わっておられる家系かと、感銘を受けました。

ドラマをご覧になれなかった方は、Amazonで検索ください。
本が数冊出ています。「ブラバンキッズ
 

お供え考

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月 7日(木)09時03分12秒
返信・引用
  >日頃のお供えはお金であるならば、もちろん1円でも10円でもいいのである。

であれば、日頃のお供えはともかく、節日のお供えは万頃を持って来いということと解釈します。
とにかく、お供え額を減らそうものなら不機嫌な顔になり、挨拶も返って来ない。更にもっと減らせば、日頃のご恩を何と思っているとカミナリが落ちるんだから、教会に顔を出さなくなりますよね。
それが、今までは通用したのだから不思議な世界でした。これからは、そうはいきません。皆、賢くなったんです。
 

真柱へ質問

 投稿者:いほり  投稿日:2017年 9月 6日(水)15時54分3秒
返信・引用
  真柱へ質問です。今現在の正直な気持ちを番号で率直に答えなさい。

Q1.真柱になって良かった事は?
1.悠々自適の生活が送れる。
2.「私は真柱だ。文句あるか?」で通すことができる。
3.本音を話す相手がいなくなりホッとしている。

Q2.では真柱になって後悔した事は?
1.敷地が広すぎて時々迷子になる。
2.かぐらづとめがめんどくさい。
3.本部員達が自分を騙す。

Q3.今の生活に不満はありますか?
1.お供えが少なくなっちゃって、とても不満。
2.拍子木が重い。
3.教祖殿に住む、はるか昔の身内に会えない。会わせてもらえない。その理由すらわからない。
 

思いっきり拡散しませんか?

 投稿者:いほり  投稿日:2017年 9月 6日(水)14時47分14秒
返信・引用
  ご存知かと思いますが社会学さんの掲示板でこんなやりとりがあります。

「天理教信者」を名乗る人の投稿

日頃のお供えはお金であるならば、もちろん1円でも10円でもいいのである。
大事なのは「その心」をお供えする事にある。
その様な事はあなた方はご存知でしたか?
分からない者が、分からない事をネットを通じて拡散するのは即時辞めていただきたい。



それに対する「教会生まれ」さんの投稿

教会に生まれ育ちながら、そのような事は存じ上げませんでした。
お金以外のお供えはしたことがありませんでした。
お供え=お金、しかも〇千円、〇万円、〇〇万円単位の認識でした。
おそらく、私のように分からない信者さんがたくさんおられると思います。
そこで、真実の周知を図るために、天理教信者さんのお言葉通りに
「お供え、おつくしは心が大事、もちろんお金だとしても1円、10円でもいいですよ!」と
真柱、表統領など天理教代表の然るべき方々からネット通じて拡散していただくことを提案します。
加えて、天理時報で掲載して信者全員へ徹底してくださいますようお願い申し上げます。
必ず多くの信者の「おたすけ」になると確信します。
率先垂範で「ひとをたすけてわがみたすかる」を見せていただきたい。
 

無理が通れば道理が引っ込む

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月 4日(月)08時40分10秒
返信・引用
  おカネのことを心配しなくてもいい信仰の場があればと思う。
毎月毎月、決まった額をお供えしようと思うからきつくなる。人生はいろいろな場面に出くわす。
ボーナスが出れば少しは多くできるだろう。でも、少し待ってほしい。ボーナスが出るとは限らない。
突然の出費にも出くわす。なのにお供えを減らせば、直ぐに不機嫌な顔になる会長が居た。
常に、会長の顔色を見なければならなかった信仰生活って何だったんだろう。

真柱さん、その辺のところを各教会長にしっかりと説いてください。内・外統領なんて目じゃない。トップに求められるのは、指揮権と統率力あるのみ。意見具申をする部下は尊重し、グタグタという部下は切って捨てるべし。匿名信者さんの言われる通りですよ。
 

転載お許しください>退職信者様

 投稿者:匿名信者  投稿日:2017年 9月 3日(日)15時04分35秒
返信・引用
  社会学に退職信者様が以前書かれたものを拝読しました。
今、まさに、現真柱様に申し上げたいこと。
許可を頂くべきところ、転載をお許しください。
(以下全文転載)

退職信者 <time datetime="2016-12-24T19:39:06+00:00">2016年12月24日 7:39 PM</time> <!-- .comment-meta --> <section class="comment-content comment">

数年前の11月、本部の朝勤めに参拝した時の事です。
東礼拝場へ入ろうとした時、目の前を朝勤めに向う真柱一行が通り過ぎました。
その時、私の胸の内にある感情が湧いてきました。

「一体 私は何をすればよいのか。どうすれば良いのか。」

その時の真柱は、とても陰鬱な表情でした。
真柱は、日々孤独な生活を送っているのだと感じました。
胸の内を明かす人は、真柱の周辺にはいないと感じたのです。

本部の内情に詳しい人物から善司さんが真柱職を拒んでいたと言う話を聞いたことがあります。

その理由
女道楽の正善、正善に反発してだらしない生活を送った善衛、その姿を身近で見聞きした善司さんが真柱職を拒んだ
という事だそうです。

善司さんは真柱職に端から魅力など感じていなかったのでしょう。

教務で東京へ出張されたおりは、ご自分から市井に出てパンフレットを配り布教活動をされていると首都圏内の教会長から聞いた事があります。
とても真面目な方だとその教会長は話していました。

私も早く真柱職を引退された方が良いのではと思うのですが。

私が勝手に思う事です。
「現真柱に子供がいない」と言う事実について
善司さんは、この事について思慮すべきであるとおもうのです。
「子供がいない」と言う事の本質をもっと深く考えるべきです。
何もせずに真柱職を引退したらまさしく無能であると思います。

「子供がいない」と言う事は「子供の行く末を考える必要が全く無い」と言う非常に強い立場にあると思うのです。
神が与えた現実を前向きに捉え果敢に攻めるべきです。
斧「よき」となって天理教本部を叩き潰すくらいな事をやってほしいと思うのです。
本部から追い出されてもいいじゃないですか。
子供の行く末なんか心配しなくてもいいんですから。

真柱である前に、親神 おや様を慕う一人の人間としての本質を深く考えてほしいと思うのです。

真柱を辞めるならひと騒動起こしてからにして欲しいと勝手に思っているのですが。

</section>
 

Re: 中島みゆき「四十行のひとりごと」(私個人の解釈)

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 9月 3日(日)13時36分11秒
返信・引用
  > 9月3日掲載の中島みゆき「四十行のひとりごと」
>
> ~東京駅へ向かっていたのに~
>
> (私の解釈)
>
> 懐かしい「おぢば」の風景。
>
> 何も変わっていないように思うけれど、
>
> 何故か昔の道に戻れない。
>
> よく知っている道なのに、
>
> 何も変わっていないように見えるけど、
>
> 古い道は消えたのどろうか。
>
> 歩いている道は似ているけれど、
>
> 新しい住人しか住んでいない。
>
> 「元の場所まで戻れないの よく知っている街なのに
>  何も変わっていないのに 知らない人ばかりで混んでいる」
>
> 「誰か あたしの帰れる道を教えてよ」
>
> と書いてある。
>


 管理人様、お手数をおかけし申し訳ございませんが、数分前、私のキーボードの誤操作により、誤って投稿文を書き始めた途端にEnterキーを押したため、投稿文が未完成のまま投稿されてしまいました。削除をお願いいたします。改めて下記の通り投稿させていただきます。


> ~東京駅(おぢば)へ向かっていたのに~

> 懐かしい「おぢば」の風景。
>
> 何も変わっていないように思うけれど、(全く変わってしまった)
>
> 何故か昔の道に戻れない。 (あたりまえ)
>
> よく知っている道なのに、
>
> 何も変わっていないように見えるけど、 (見えない)
 

>
> 古い道は消えたのだろうか。 (消え去った)
>
> 歩いている道は似ているけれど、 (全く似ていない)
>
> 新しい住人しか住んでいない。 (古い住人はどんどん去っている 新しい住人も重々用心・現状を見極めるように)

> 「元の場所まで戻れないの よく知っている街なのに  (よく知っている街だが、今では全く活気も無く人通りも激減)
>  何も変わっていないのに 知らない人ばかりで混んでいる」 (知らない人ですら混んでいるようには見えない)
>
> 「誰か あたしの帰れる道を教えてよ」  (過去に帰る道は無いのかもしれない)
>
> と書いてある。


 私は。中島みゆきさんのデビュー当初からの大ファンです。いつも友人とカラオケに行けば貴女の歌をヘタながらに歌わせていただいています。上記はあくまでも私個人の勝手な解釈ですので、もし貴女がこの掲示板をご覧になる機会がありましたら、どうぞ、お気を悪くされないでください。
 

(無題)

 投稿者:匿名です  投稿日:2017年 9月 3日(日)13時24分6秒
返信・引用
    私は当日は仕事のため行けませんでした。前夜提灯も旗もなく幕だけがかかっているのを見て、質素さを感じました。
 オープンカーは既にあったものなのではないかと思います。
 質素にされている。それが正直な感想でした。
 

Re: ため息ついています(私は絶望しています)

 投稿者:崩壊  投稿日:2017年 9月 3日(日)09時27分31秒
返信・引用
  > 記事によると、式には信者ら約500人が出席したそうです。
> 「互いに助け合い、陽気に勇んでつとめさせていただく決心です」という誓いの詞が
> 知らなかったのでびっくりしました。
>
> かんろ台の倒壊、天理市長の不祥事。
> 市長は本部直轄分教会でおさづけももらっていて笑顔の数々が貼られています。
>
> ぬるすぎる感覚にめまいがします。
> 現状は明らかに天理教中枢部、本部への親神からのお知らせでしょう。
> 自分たちの結婚は、公人としての立場で執り行うのですから、オープンカーパレードのような
> 枝葉末節な演出を辞退するだけの見識がほしかった。

>
> ネットを見ている一般の方は言います。
> 「天理教は金があるね。今時派手なパレードするのは
>       スポンサー付き優勝チームくらいだろうに。」

> そうです、本部には信者からのお供えが集まっています。
> 借金が残っておいでの古い会長様のように純粋な心の信者からのお供えです。
> 自分で働いて、会社組織の中で苦労して得た結婚資金で支払うのであれば文句は申しません。
> 末端教会までから吸い上げてのお祝い金。

> このような恥知らずの使い方ができる二人。
> 出自を探れば納得もいくような。
> のぶえさんのお母上は井戸田の娘だとか。
> 婚姻を通じた天理教ビジネス界の結びつきがあるのでしょうか?
> ゴルフ仲間の孫娘と息子の結婚?
> 一信者の自分には想像止まりです。
> ウ~ン、期真柱に継承される時が天理教本部の崩壊時期か・・・(>~<)


まさに崩壊の時期を迎えていると思います。絶句するのみ。


 

ため息ついています

 投稿者:匿名信者  投稿日:2017年 9月 2日(土)17時23分36秒
返信・引用
  YOMIURI ONLINE のニュースに大亮さんの写真入り記事が掲載されています。
(ネットニュースなので消されるのが早いから、ご興味がある方はお早めに閲覧ください。)

http://www.yomiuri.co.jp/local/nara/news/20170901-OYTNT50267.html


記事によると、式には信者ら約500人が出席したそうです。
「互いに助け合い、陽気に勇んでつとめさせていただく決心です」という誓いの詞が
代読された???
誓いの言葉って、普通、本人たちが読み上げるんでしょうが、天理教では違うのですか?
知らなかったのでびっくりしました。

オープンカー上の二人の笑顔。


かんろ台の倒壊、天理市長の不祥事。
市長は本部直轄分教会でおさづけももらっていて笑顔の数々が貼られています。

ぬるすぎる感覚にめまいがします。
現状は明らかに天理教中枢部、本部への親神からのお知らせでしょう。
自分たちの結婚は、公人としての立場で執り行うのですから、オープンカーパレードのような
枝葉末節な演出を辞退するだけの見識がほしかった。

ネットを見ている一般の方は言います。
「天理教は金があるね。今時派手なパレードするのは
      スポンサー付き優勝チームくらいだろうに。」

そうです、本部には信者からのお供えが集まっています。
借金が残っておいでの古い会長様のように純粋な心の信者からのお供えです。
自分で働いて、会社組織の中で苦労して得た結婚資金で支払うのであれば文句は申しません。
末端教会までから吸い上げてのお祝い金。
このような恥知らずの使い方ができる二人。
出自を探れば納得もいくような。
のぶえさんのお母上は井戸田の娘だとか。
婚姻を通じた天理教ビジネス界の結びつきがあるのでしょうか?
ゴルフ仲間の孫娘と息子の結婚?
一信者の自分には想像止まりです。
ウ~ン、期真柱に継承される時が天理教本部の崩壊時期か・・・(>~<)
 

何処のこと

 投稿者:東風Z  投稿日:2017年 9月 2日(土)10時05分41秒
返信・引用
  ぶたまん 様

更には、無借金も。
グッスリ貯め込んだ上にも、カネ・カネ・カネ。カネがカタキの世の中や。どこかの戯曲のセリフのようですが。
まさか、天理教団では。イヤイヤ、あながち嘘でもないような。
 

中島みゆき「四十行のひとりごと」

 投稿者:古い元会長  投稿日:2017年 9月 2日(土)09時45分53秒
返信・引用
  9月3日掲載の中島みゆき「四十行のひとりごと」

~東京駅へ向かっていたのに~

(私の解釈)

懐かしい「おぢば」の風景。

何も変わっていないように思うけれど、

何故か昔の道に戻れない。

よく知っている道なのに、

何も変わっていないように見えるけど、

古い道は消えたのどろうか。

歩いている道は似ているけれど、

新しい住人しか住んでいない。

「元の場所まで戻れないの よく知っている街なのに
 何も変わっていないのに 知らない人ばかりで混んでいる」

「誰か あたしの帰れる道を教えてよ」

と書いてある。
 

Re: 本部員に質問

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 9月 1日(金)18時41分56秒
返信・引用
  > No.3371[元記事へ]

> いほり様

江戸時代に「六無斎」という人がいましたが、天理教(正確には中山教)にも六無斎はいるのですかね
曰く、無自覚、無気力、無関心、無感動、無反応、・・そして無信仰、この六っつ。

「あなたの思想はどのようなものなのですか」というインタビューをしたら、ひょっとして、こんな答えが
返ってくるかも・・
「ワシの思想?・・そらもう決まってるよ、ワシは無神論者じゃよ。この世に神などいてやせん」

そうそう、無神論もありました。これで一つ「無」が増えて「七無斎」になりました。新記録達成ですね。
よかった、よかった♪ でも、なんならついでに「無呼吸」も加えてみてはどうです?これだけ「無」が重なったら
生きてるか死んでるか解らんでしょう。

しかし、人のこと言ってる場合ではなく、六無斎にも八無斎にも、私はすぐにでも陥りそうなことでして
 

Re: 2017年 8月30日の匿名 様

 投稿者:ぶたまん  投稿日:2017年 8月31日(木)15時50分1秒
返信・引用
  > No.3370[元記事へ]

> 教会長さんが自殺をされた同じ年に、大教会長さんも自殺をされていると聞きました。

そうだったんですか。そうとは知らず、憶測だけでものを言ってしまいました。お詫びいたします。
早川和廣氏の本は、いずれ読みたいと思っています。

> 三代真柱が一言、無理しなくてもいいよ、と言えば済んだ話でもあるのですが、
そう言っていただきたかったです。当時、競い合ってお供えをされたと思いますが、そのお金がどんちゃん騒ぎに
使われたとなると・・・というところです。

このままでは、いほりさんが言われるように、(天理教中枢部は)悪いことばかりの回答 1~3 に分類さ
れるのかもしれません。

私メの信仰など、どうという程のものでもありませんが、進む方向は間違えたくないと思っています。
方向を間違えると、もう一度通り直さなければならないと思うからです。もう一度通り直すことは、二度手間
であり、ムダな労力を空費するだけだからです。
そのためにも、このサイトや、このサイトから得られる書籍・情報を参考にさせていただいております。

 

(無題)

 投稿者:匿名  投稿日:2017年 8月31日(木)15時48分15秒
返信・引用
  >教会長さんが自殺をされた同じ年に、大教会長さんも自殺をされていると聞きました。

 この自殺された大教会長さんは、また、別の大教会ですね。Y前大教会長は、まだ元気でいると思います。
 しかし、全部内教会の合計にしても、3年千日、毎日100万のお供えとは、気違い沙汰です。それに、信者の多い教会や、信者が殆ど居ない教会も一律に振り分けて、同じ金額を課していたとしたら、随分酷い話です。信者が殆ど居ない教会なら、水呑み百姓に対して重税を貸す悪代官も顔負けの、無慈悲な取り立てです。
 自殺された教会長さん、心ならずも、強盗に入ってしまった教会長さん(郵便局に強盗に入ったものの、何も出来ずにすくんでいて、捕まったとか。)灯油被って自殺された会長さんもおられた(社会学さんブログ)そうで、ほんとに哀れな、気の毒なことと思います。

 天理教は一宗教にすぎません。それも、親神・教祖の思惑に反してつくられた一宗教団体です。天理教世界などに苦しめられ、生活ができないくらいなら、加藤ハルアキさんのブログにもありますが、本部との「被包括廃止申請」されるなりして、天理教という、悪しき泥水世界から脱出されるのも、一方法です。
 加藤さんは、申請手続きのやり方の助言や、申請するにあたっての事情相談にものってくださるそうですので、希望者はご連絡をされることお奨め致します。

 加藤ハルアキさんの  2つのブログ

 国々所々つとめ場所は散歩道
  http://mikagurauta.grupo.jp/blog/

 1/17000 の闘争と逃走
  http://ameblo.jp/kyoukai-sitei   
 

Re: 本部員に質問

 投稿者:いほり  投稿日:2017年 8月31日(木)14時36分40秒
返信・引用
  > No.3368[元記事へ]

ぶたまん様

> どの質問も回答が、1~3 全部、悪い事ばかりではありませんか?

おっしゃる通りです。
ですが彼等には何の自覚症状もないですよ。怒りでさえも。
なにがしかの反応があれば「本部員もああ少しはまともな人間なんだ」と認めるのですが。
だから、つまり、、、、
そういうことです。
 

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